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4.風呂

「あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁ」

 疲労したおっさんの如き声を吐くのはニトロ―ナ・ヴィルブランド。

「はああぁぁ……」

 対して、小さな艶色に染まった声を漏らすのはセリン・ヴィルブランド。

 彼女らは伯爵邸にある浴室で身を清め、湯を張った浴槽で体を温めていた。


 

 戦場帰りのニトロ―ナの抱擁により色々な意味で汚されたセリンは、姉共々身を清めることにしたのである。

 普段はお湯に浸した布で侍女に体を拭かせる程度だが、ニトローナの戦場帰りのときなどは、労をねぎらう為に浴槽に湯を張ることにしていた。湯を沸かして浴槽に貯める重労働をさせた侍女たちを休憩させ、ニトロ―ナとセリンはお互いに体を洗いあい、浴槽に隣り合って身を沈めた。外からの視界を入れないために、最低限の光しか入れていない浴室は少し薄暗く、壁に備えられた蝋燭が二人を紅く照らしている。


「セリン」

「何ですか?」

「私が戦場へ行った後、何か変わったことはあったか?」


 ぼんやりとした視線を天井へ向けていたニトローナが妹へ問いかける。


「いいえ、何も変わっていません。トルエンは平和なままです」

「そうか。しかし父上の手紙に自身の物を同封するほど心配だったのか?」

「当たり前です!」

 

 セリンは立ち上がってニトロ―ナの正面に立つと、姉の両肩に手を当てて見下ろすように睨みつけた。


「いつもなら五日で済むところを、今回は十日も帰ってこなかったんですよ。心配になります」

「そうか、それはすまなかったな、セリン」 


 ニトローナは右手を上げ、睨みつけてくる妹の頬を撫でる。眉間によっていた皺が少し緩んだ。


「私が死ぬとでも思ったのか?」

「少し、そう思いました。姉様は自分のことに無関心すぎますから、無理をしてるんじゃないかと心配になります」


 セリンは自分の頬を撫でる姉の手に自分の手を重ねた。セリンの指は姉の手の甲からざらついた感触を感じ取る。ニトロ―ナが初陣で負った傷痕だった。


「私はそう簡単には死なないよ。お前に会えなくなってしまう」

「姉様はいつもそうです。私のことばっかりで自分のことは二の次。少しは自分自身のことも考えてください」

「お前といると、とてもいい気分になれる。私にはそれで十分だよ」

「またそんなこと言って……」


 セリンは不貞腐れたように呟くと、ニトロ―ナに正面から抱きついた。


「抱きつかれたので忘れておりました。おかえりなさい、姉様」


 戦で十日も不在だった姉が帰ってきた。そんな安堵が込められた「おかえり」だった。


「ただいま、セリン」


 そんな愛しい言葉を口にしてくれる妹をニトロ―ナは抱き返そうとするが、セリンは抱擁を解いて視線を下へ向ける。そこには二つの山と一つの平原が存在した。胸囲の二子山と、胸囲の地平線である。

 自分の体の一部に視線が向けられていることを感じたニトロ―ナは、試しに乳房を下から持ち上げてみた。するとセリンの視線も釣られるように上がる。視線には何とも言いがたい感情が込められているようだった。

 その感情を何となく予測してみたニトローナは口を開く。


「吸うか?」

 

 問われたセリンの顔は一瞬で硬直、そして湯で赤らんだ顔がさらに真っ赤に染まった。蝋燭とわずかな外の光しかない薄暗い浴室でも見えるほどだ。相当真っ赤になっているのだろうとニトロ―ナは思った。


「すす、吸うわけないじゃない! 何言ってるのよ!?」


 口調が乱れるほど慌てるセリンを見て、ニトローナは首を傾げた。


「乳房は吸うためにあるんだろう? 赤子は皆吸って育つのだから、遠慮しなくていいぞ。まあ、私のはまだ乳が出ないがな」


 姉の言葉が余りにも予想外過ぎたのか、セリンは真っ赤な顔のままでプルプルと震えだした。そしてニトローナの両頬に手を伸ばす。さらに掴んで、引っ張る。


「む、いひゃいぞ、せぇるぃん」

「私を赤子と一緒にしないで! 私の胸だってすぐに大きくなるんだから!」


 ニトローナの頬をタテ・ヨコ・ナナメと引っ張ったセリンは立ち上がり「お先に失礼します」と言って、浴室から出て行った。

 隣室には侍女が休憩兼待機しており、急に出てきたセリンに慌てて対応しているだろう。

 ニトローナはそんなことを気配で感じ取りつつ、心地よい痛みと熱を持った自分の両頬を撫でる。

 視界は薄暗く、湯船から立ち上る湯気が外からの僅かな風に揺れていた。

 薄暗く曇った視界に影響されたのか、ニトローナは過去に意識を向けた。自身の誕生する十七年前、それよりもさらに「過去」へ。






見なおしてみると展開の遅さが目立つ気がする。

ちゃっちゃと進めるためにいくらかカットするかな。



2016/12/22 ちょっと改稿

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