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39.人魔.1

 人か、魔族か?

 ニトローナに胸ぐらを掴まれたイシュランディルは、女の肩に手を置いて冷静さを求めるような静かな声を発する。


「儂に答えられることは全て話そう。だからまずは、落ち着くのだ」


 落ち着いてなどいられない。自身の未来が酷く不安定な状態に、冷静になることなどできない。だが、ここで声を荒げて喚き散らしても何の意味もない。ニトローナはそのことを理解していた。

 だからこそ、問うた後は口を閉じているのだ。しかしそれは酷く難儀なことで、歯が砕けんばかりに噛み締めていないと不安の叫びを漏らしそうだった。

 

 わずかな沈黙が流れ、ニトローナはイシュランディルの胸ぐらを掴んでいた両手から力を抜いた。落ちるように椅子へと腰掛けたイシュランディルは乱れた胸元を直しつつ、ニトローナへ対面に腰掛けることを薦める。


「少し長い話になる。茶でも飲みながら話すとしようかの」


 好々爺といった空気をまとったイシュランディルに影響されたのか、ニトローナの不安の衝動は少しだけ薄れた。

 虹賢者は自身の手でポットを手に取って中身をカップに注ぎ、ニトローナへと差し出す。湯気が立つカップには紅い液体で満たされていた。

 進められるままにカップを手にするニトローナが茶を口にするのを待つかのように、イシュランディルは柔らかい笑みを浮かべている。

 熱い茶を僅かだけ口に含み、味と香りを堪能してから嚥下する。体内へと熱を取り込んだことに体自体が安心したかのように小さなため息が漏れる。そこでニトローナは自身の体が冷えていたことに気づいた。


「落ち着いたかの?」


 小さな問いかけにニトローナは頷いて返し、落ち着くように時間をくれた虹賢者に感謝した。

 その答えに満足したのか、イシュランディルはトレイの上にあるもう一つのカップに自分の分の茶を注いだ。


「お主は人だ。妹の下に人として、姉として帰る事ができる。だから安心せい」


 それは真っ先に欲しかった言葉だ。

 セリンの姉でいられるというその答えこそ、ニトローナが欲していたものだった。


「緑の里で言ったように、変異を繰り返さなければ人でいられるだろう」

「そう、か」


 ニトローナが安堵の息を吐くと、イシュランディルも茶を口にした。


「お主ならいずれ気づくとは考えていたが、どうやって答えにたどり着いたのだ?」

「最初は旅の間で見聞きしたことに、いくつか違和感を感じただけだった。しかし一つ一つに考えを巡らせても答えは出ない。だから一つにまとめて考えてみて、都の関所にいた兵士の言葉で答えが得られた」


 イシュランディルは軽く頷いて先を促す。


「兵士は、先祖返りと口にしていた。この言葉があの場にいた私達の中で、セロと侍女以外に向けられていると考えた。いや、ある意味ではあの侍女にも向けられているのかもしれないな」


 ニトローナは手に持っていたカップを置き、虹賢者へと視線を向ける。



「魔族とは元々、人間だったんだな」


 

 イシュランディルはニトローナと視線を合わせ、頷いた。








「建国王時代の話だ」


 そんな言葉でイシュランディルの話が始まった。

 まるで孫に童話を話すような気軽さで、人が二つに別れた歴史が語られていく。


「建国王は即位当時はまだ若く、元は一地域の支配者が国の支配者となってもその先を求めた。未だ建国間もなくも安定していた王国を更に豊かにしようと、東進を決意した。今では王国の北に帝国があるが、あの時代は複数の豪族が争い合っておってな、その上冬が厳しいものだということで建国王は北には見向きもせんかった。それに対して東には広大な大森林が広がっているのだから、東進は酷く魅力的に写ったのだろう」


 イシュランディルは懐かしむように笑みを浮かべる。同時にどこか陰りが見えた。


「そして建国王はまず、東へと調査隊を出した。それが幾度も続き、広大に過ぎる森ではあるが危険は少ないと判断されたのだ」

「待て、大森林が危険の少ない森とはどういうことだ。魔獣はいなかったのか?」

「そうだ。あの時代の大森林には魔獣が存在せず、いたのは森を住処とする普通の動物たちだ。まあ、これも追々説明していく、続けるぞ」


 イシュランディルは茶で喉を潤し、言葉を続ける。


「危険が少ないと判断した建国王は調査隊を大規模な開拓団へと変えた。まずは大森林に道を作りつつ、森の果てを目指すことが目的だった。あの大河に架かっていた橋はその時に造られたものだ。あの時代の技術の粋を結集して架けられた橋だけあって、非常に頑丈にできておる。今でも歩いて渡れるほどにな。そして開拓団は順調に東進を続けていき、ついに大森林を抜けた。開けた平原に峻険な山脈、大森林を縦断する大河の支流が流れこむ土地は、まさに建国王が望んでいたものだったのだ。


 建国王は開拓団に新天地を望む民を加え、物流拠点として大森林の中にいくつか村を作り、東の果てに街を建造させた。そして開拓団の長だった建国王の弟がその地の領主となり、王国の未来は明るいものに見えた。実際、あの時代の者達は自分たちの未来が輝かしいものだと信じていた。


 だが、東の果てに建てられた街が都になり、都から南北に離れた場所に二つの街が造られ、統治が安定し始めた頃に北で異変が起きた。

 北の街は調査で見つかった鉱山を掘るための街だったのだが、その街の住民の子どもたちに小さな変異が見られるようになった。最初は眼や体毛の色に変化だけだった。しかし時が経てば経つほどに変異した者は増え、子供だけではなく大人にも変異が起こり始め、領主に報告が行く頃には既に手遅れになっていた。


 原因不明の病。当時はそう判断されていた。だが原因不明故に止める手立てもなく、大森林から東に住む人間は全て変異していった。勿論、王弟である領主も含めてな。

 そこに派遣されたのが儂と、儂の弟子であった男だ。儂ら二人は大森林から東へ足を踏み入れてすぐに理解した。空気中に漂う魔力が異常なほどに濃く、それが原因なのだとな。そして魔力の発生源も北にある鉱山だと判明した。しかし原因はわかっても治療は酷く難しいものだった。人のように複雑な生物が融解を始めると、分離することは不可能だからだ。

 だが変異を防ぐ方法は判明した。魔術を生業としておった儂ら二人だけが身の内に宿す魔力で空気中の魔力の侵入を防ぎ、変異を防ぐことが出来た。


 儂と弟子は数年ほど東の地で研究を続けたが、もはや治療は不可能だと結論付けるしかなく、建国王へ手遅れだと報告するしかなくなった。儂は弟子を残して王国へ戻り、王へ報告を済ませて東の地へ再度足を踏み入れ、さらなる異変を感じ取った。

 大森林にまで変異の影響が出始めていたのだ。草食であった動物が肉食に変異して他の動物を喰らい、肉食であった動物が草食に変異して木陰へと逃げ隠れていた。北の鉱山から漏れ出た魔力が大森林を侵し始めていたのだ。だが不可思議なのはそこで魔力が止まっていたことだ。まるで、何か見えない壁があるようにな。明らかに何らかの魔術による現象だと考え、儂は急いで都へ戻った。

 

 そして東の都で、魔力を防げたはずなのに変異し始めていた弟子と再会した」

今回のまとめ

五百年前の建国王が東の地の開拓をした。開拓は成功したが、人体が変異する現象が東の地で蔓延、原因の特定及び治療のために虹賢者と弟子が派遣される。北の鉱山から漏れでた魔力が原因と判明。虹賢者と弟子は魔術を生業としていたので体内の魔力を外部から進入する魔力を防ぐことで変異せずにすんだ。

 しかし治療は不可能と断定するしか無く、虹賢者は建国王へ報告のために帰還し、再び東の地へ赴くと魔術により魔力を防ぐ見えない壁が張られていた。東の地へ急いだ虹賢者は、魔力の侵入を防げるはずなのに変異し始めていた弟子と再開する。



 それなりに重要なところだけ抜き出すとここまで短く出来るとは……まだまだ未熟です。

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