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37.異形の王

 魔族の重鎮達と、国の後継者を護衛してきた旅の一行。

 合わせて八名と一匹が部屋に集った。

 重苦しくなり始める部屋の空気。魔族の未来を左右できる者たちが集まっているのだから当然だ。その中に人間も加わっていれば、こうなるのも当然だろう。

 部屋の空気を重くしている原因、近衛兵長アジャーロは警戒の視線をニトローナとラギスへ向けていた。


「そこの女二人は部屋の外に出て行ってもらおう」


 理由は問うまでもないだろう。二人が人間だからだ。

 外見は人間ながらも次代の魔王であるプルトンはこの場に留まることを許され、イシュランディルは肩書だけとはいえ直属政務官のくらいにある。

 しかし二人は魔族ではないどころか、異国の者だ。国家を左右する話を聞かれることは避けたいと考えても無理は無い。ただ、アジャーロは個人的に気に入らない様子でもあったが。


「待てい。この二人は客人だぞ。いきなり出て行けとは礼を失しているぞ、近衛兵長殿」


 口を挟んだのは老犬のような魔族、直属政務官フルガス。


「礼だと? 旅の汚れを落とさずに陛下の御前に居られるだけで、近衛兵長として最大限譲歩しているつもりだ」

「陛下の御身を重視するお主の考えは理解できるが、客人を無碍に扱うなど国家としての恥だ。なにより、客人たちをこの場へ招いたのは陛下だ。まずは陛下の言葉に従うのが臣下の勤めであろう」

「むぅ」


 アジャーロは蜥蜴のような口の奥で僅かに唸ると、魔王へと頭を下げた。


「申し訳ありませぬ、陛下。臣下の身でありながら出過ぎた真似を」

「よい。アジャーロの忠誠は身を持って理解している。そもそもこの場を開いたのは私だ。近衛の長であるお前には苦労をかける。許せ」

「いえ、陛下の命であるのなら全身全霊を持って当たらせてもらいます」


 魔王へと頭を下げるアジャーロ。しかしそこからニトローナとラギスへの言葉はない。

 王に礼は尽くせども、異国の人間に謝罪する気はない。そんな意志が見て取れた。

 その様子を横目で見ていた魔王は苦笑する。


「頑固者め。さてフルガス、これからの日程はどうなっている?」

「はっ。取り急ぎ準備いたしましても二日から三日ほど時間はかかるでしょう。同時進行として有力者を集めて会議を開いた後、継承の儀を執り行います」


 直属政務官の言葉にニトローナは驚きを隠せなかった。

 王位継承をたかだか数日でとり行うなどありえない。

 王国では王の子供から皇太子を選定し、国中に布告を発する。そして王位を譲る時期が来るまでに全貴族への根回しが行われる。皇太子への王位継承に貴族たちを納得させ、統治に協力させるためだ。それから大きな問題が起こらなければようやく王位継承の儀式が始まるのだ。

 最も大事な貴族への根回しだけでも相当な時間を要する。それこそ数年から十年の月日が流れても不思議ではない。


 それに対して魔族の王位継承は、後継者のプルトンが到着して数日で行われるという。ある程度事前の準備はしてあったのだろうが、あまりにも早過ぎる。

 しかし魔族の重鎮である三者の顔は当然のことと納得しているようだった。


「そのまま進めろ。客人たちの部屋の手配はどうなっている?」

「問題ありません。既に整っております。後で侍女に案内させましょう」

「よし、ではアジャーロ。城内の警備は任せたぞ。特に客人たちへの警備は厳重にな」

「はっ、承りました」


 それで指示が終わったのか、異形の魔王は軽く息を吐く。どこか疲れている様子だった。


「さて、後は彼らに話を聞くことにしよう。アジャーロ、フルガス、もう行っていいぞ」

「なりませぬぞ、陛下。近衛兵長としてお側を離れることは出来ませぬ」


 慌てた様子で苦言を呈したのはアジャーロ。近衛としての責任感ゆえの言葉だろう。そしてそれ以上の忠誠心が感じられた。


「アジャーロ。彼らとの会話を楽しませてくれぬか? 私にも王ではなく、ただの魔族として在りたい時もあるのだ。何より、私の跡継ぎが安心できる環境で話してみたい。聞き届けてくれぬか?」


 忠誠を捧げる王からの言葉に深く唸るアジャーロ。

 救いを求めるように向けられた視線の先には直属政務官のフルガス。だがフルガスは諦めるように首を振った。


「陛下がお望みとあらば、儂はこれで失礼します。イシュランディルよ、後で儂の執務室へ来てくれ。儂も話したいことがあるでな」


 そう言いつつ部屋の扉へと足を向けるフルガス。彼は扉へと進みつつ、自身より身長が僅かに低いプルトンの頭を軽く無で、部屋から出て行った。


「ぬうぅ」

「アジャーロ、命令させてくれるな」


 唸る近衛兵長へ、魔王は苦笑するように告げる。仕方がないとばかりに口元を歪ませたアジャーロは魔王へと頭を下げ、ニトローナ達へと厳しい視線を向ける。

 様々な感情が混ざったその視線はニトローナ達を順々に巡っていき、最後にイシュランディルで止まる。


「護衛は儂が勤めよう。話が終われば部屋を守る兵にお主を呼びに行かせる」

「……わかった」


 アジャーロはどう見ても納得していない様子だったが頷き、扉へと足をすすめる。その際にすれ違ったニトローナとラギスには殺意に近い警戒を込めた視線を向けてきたが言葉は無く、そのまま部屋から出て行った。


 重い雰囲気を発していた原因が部屋から消えて、ニトローナ達は、その中でも特にプルトンは大きく息を吐いた。余程緊張していたのだろう。額には汗が浮かんでいた。


「すまぬな」


 異形の魔王は狼のような口で小さく呟き、頭上の二角を揺らす。


「私がこのような体でろくに動けぬから、臣下には心配かけてばかりいるのだ。特にアジャーロは近衛の長という責任感が強くてな、あのような態度は強い忠誠があるからこそだ。悪く思わないでくれ」


 ニトローナは軽く首肯する。大猿グラ・セッロの威圧を経験した身としては、あの程度の視線は気にかけることでもなかった。ラギスも同じように頷く。

 魔王に視線を向けられたプルトンは僅かな怯えを見せていたが、強く頷いて答えた。


「うむ、ありがたい。では、報告を聞かせてくれるか、イシュランディル」

「よかろう。少し長くなるが、無理をするでないぞ。お互い年寄りであるからな」

「ハハハ、始めから年寄りが何を言っているのやら。少々長話するくらいなら問題ない、聞かせてくれ」


 虹賢者は頷き、八年も不在であった友に土産話を話すような様子で口を開いたのだった。

 







 異形の魔王は王という身分を感じさせない様子で話に聞き入っている。


 八年前、イシュランディルが大森林を抜けて王国へ入った後から、今までにあった出来事を順に話していった。そこでニトローナにとって驚くべき事実が判明した。

 第二王子グラウバーが王都でニトローナを呼び出し、魔族の存在や近い未来に起こりうる動乱について話した日、彼は言っていた。

『以前、魔族に会ったことがある』と。


 その魔族というのが魔王直属政務官のフルガスであったらしい。


「そうか、くだんの彼は元気にやっているのか。彼が次代の王になるのなら王国は安泰だろうな」


 魔王の体は十年ほど前から衰え始め、強大な魔力を持つ者を後継者として探し始めたらしい。しかし魔族には魔王が納得できるほどの魔力を持つものが存在しなかった。ならばと、西にある大森林を越えて人の住む王国で探し始め、その際に王国北東のセルディル領で領主代理を務めていたグラウバーと知り合ったようだ。

 

 始めは真意を隠した上での一時的な協力関係で終わるつもりだったのだが、グラウバーに未来を見据えることの出来る思慮深さと、物事を客観的に見られる視点を持つことをイシュランディルが感じ取り、話を聞いたフルガスが会うことを望んだらしい。

 当時のグラウバーは王都とセルディル領を幾度も行き来していたらしいのだが、フルガスはイシュランディルの助けを借り、わざわざグラウバーが王都にいる時に面会に臨んだ。

 ある意味自殺行為だろう。人間の国に魔族が入り込み第二王子に会うなど死にに行くようなものだ。

 

 しかし結果としてグラウバーはフルガスを信頼し、魔王の後継者を探す協力者となった。

 その際に色々と紆余曲折あったらしいのだが、さすがに長過ぎると割愛された。


 話は進み、幼いプルトンの発見から帝国からの逃亡者であるラギスという協力者を得て、ニトローナとの出会いから大森林の踏破へと続いた。

 そこで魔王は初めて興味深そうな視線をニトローナへと向ける。


「ほう」


 魔王は何かを探るように目を輝かせ、ニトローナを観察する。


「なるほど。まさか人間が大猿グラ・セッロを退けるとは、な。其方には後継を救った大きな借りができたようだ」

「……いえ」


 探るような魔王の視線に、ニトローナは思わず言葉少なめに返してしまう。

 ニトローナとて貴族の令嬢だ。王族と謁見した経験はある。だが眼前の魔王は人の王族とはどこか違う。家柄や権力という目に見えないものではなく、別の強大な力を持つ存在に感じられた。

 

 魔王はニトローナから視線を逸らす。その先にはプルトンの傍らに立つラギスがいた。


「イシュランディルに拾われたラギス、だったか。其方が虹賢者と共に後継を導いてくれたのか。感謝する」

「……えっと、いえ、はい」


 声を向けられると考えていなかったのか、ラギスは慌てた様子だ。

 魔王はその姿に、少々わかりづらいが異形の口で笑みを浮かべる。しかしその直後、魔王の表情は苦しげに歪み、呻き声が漏れる。


「陛下!」


 今まで口を開かずに静かにしていたセロが突如、悲鳴のような声を上げる。

 寝台で呻く魔王は体を前に曲げ、咳き込みつつ手のひらを見せて「大事ない」と告げた。だが、どう見ても大した事はないなどと思える様子ではない。呼吸が乱れ、獣毛と鱗と樹皮で覆われた斑の皮膚に汗が浮かんでいる。

 さらに、ニトローナには致命的な匂いが感じ取れた。

 血臭である。

 変異したままのニトローナの鼻は魔王から濃い血の匂いを感じ取っていた。しかし魔王の口元や手に血は付いていない。ならばこれは体内から匂いが流れてきているのだろう。

 どう肯定的に受け取っても深刻な状態だった。


 表情を歪ませた異形の魔王は曲げていた体を戻し、背もたれになるように積まれた毛布の山へと上体を預ける。


「すまぬな。今日はここまでのようだ」


 魔王の声は先程と比べて陰りが感じ取れた。


「……陛下」


 それ以上に、セロの声には陰りと絶望がある。

 それだけで理解できた。魔王の命は長くないのだと。

 苦しげに乱れた呼吸の魔王に、イシュランディルが労るように告げる。


「少し休むがいい。継承の儀まではまだ時間はある。話す機会はいくらでもあろう?」

「そうだ、な。今日は休ませてもらおう」


 魔王は重ねた毛布に身を沈め、大きく息を吐いて眼を閉じた。

 イシュランディルはニトローナ達を無言で扉へと促す。部屋の外では警備の兵が二名に、門まで迎えに来た侍女が待機していた。

 そこでニトローナ達はイシュランディルと別れることになった。イシュランディルは部屋の警備兵の一人に近衛兵長を呼びに行かせ、自身はその間に魔王の警護につくらしい。


「先に行っておれ、儂は後で行く」


 そう告げた虹賢者は魔王の休む部屋へと戻り、扉の閉じられる音が魔王との謁見の終わりを告げていた。

お待たせしました。

軽いスランプとでもいうのか、文章を考えるのにいつも以上に時間がかかってしまいました。

その上に自分でも忘れかけていた伏線を回収しようとして、辻褄が合わなくなって慌てて変更した箇所があります。もしかしたら少々お見苦しい部分もあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

とりあえず、こんな私ですがこれからもよろしくお願いします。

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