表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/54

36.異形

 ニトローナ達を載せた馬車は魔族の都市の中央奥にある城へと走る。

 門から都市の中央へと走ると大きく開けた広場に出た。都市の中心には大きな十字路があるらしい。 都市の東端に城があり、西端にニトローナ達が入って来た門、南北の端にも門があるようだった。


 馬車の窓から見える風景は王国とそれほど変わらない。ニトローナはそう思った。

 道を歩く魔族は籠に食料を入れている者もいれば、子供の手を引いている親らしき者もいる。商人もいれば大工もいる。老人もいれば若者もいる。

 外見の差異を除けば人間と魔族にほとんど違いはないのだった。


 ニトローナは窓から馬車内へと視線を戻す。

 馬車内は沈黙に包まれていた。

 原因はニトローナ達を迎えに来た侍女がいることだ。右手と右足を鱗で覆われた彼女は眼前に座るプルトンをじぃぃぃっと見つめていたのだ。

 


 縦に長い馬車内には二本の長いソファーが向かい合うように設置されている。右側に侍女、ニトローナと足元にセルロゥ、セロと座り、左側はプルトン、ラギス、イシュランディルとなり、侍女とプルトンは必然的に向かい合う形になるのだが、目を逸らさないどころか全く動かずに見つめるというのは酷く不気味であった。

 プルトンなど早々に顔を伏せて目を合わせないようにしている。緑の里の騒動で少しは度胸がついたはずだったのだが、どうやら他者の視線には耐えられないらしい。


「ちょっと、貴女見過ぎよ」


 堪らずといった様子でラギスが注意すると侍女は頭を下げた。


「申し訳ありません。殿下があまりにも……」


 そこで侍女は一拍置き、上げた顔をもう一度プルトンへ向ける。


「美味しそうだったので」


 馬車内に更に深い沈黙が降りる。

 この侍女は何と言ったのか。聞き間違いかと思いたい言葉だった。

 プルトンは頭を伏せたまま小刻みに震えだす。


「えっと、プルトンが何だって?」

「美味しそう、と言いました」


 ラギスの問いかけに答えた侍女の顔には朱色に見える。

 どういう反応を返せばいいのか。

 冗談ならそれでいい。しかし侍女の顔を見る限り本気で美味しそうだと思っているようだ。

 しかも僅かに興奮の色が見える。


 なんとも気まずい沈黙に気づいたのか、侍女は馬車内を見回すともう一度頭を下げた。


「これは失礼致しました。少々興奮してしまったようです」


 侍女の口から艶っぽいため息が漏れる。

 馬車内の気まずさが修復不可能になってしまった。誰もが侍女から視線を逸らしてしまう。

 ニトローナも逃げるように窓の外へと視線を向けるのだった。

 

 とりあえず、イシュランディルとプルトンの席を交換して侍女から離すことになった。







 魔族の王が住む城は、灰色の石材で造られた至って普通の城だった。

 城門を抜ければ花や樹木が植えられた庭の中央を石畳の道が城へと続いている。道の先には城の入口である観音開きの扉が開かれており、ニトローナ達はそこで馬車から降ろされた。


「こちらへどうぞ」


 馬車内の空気を酷く気まずいものに変えた張本人は、動じることなど無かったかのように一行を案内し始める。

 この空気のまま行くのは辛いとばかりにニトローナはイシュランディルへ話題を振る。


「この城内に知り合いはいるのか?」

「む? おぉ、さて、八年でどれほど変わっているかによるのぉ。儂のような名ばかりの政務官ではなく、本物の直属政務官であるフルガスと、その部下たちぐらいは変わっていないだろう。あとは近衛兵長のハジャールぐらいか」


 魔王直属の政務官に近衛兵長が知り合いだというイシュランディル。この老人の魔族との繋がりはどれほど大きいものなのか。ニトローナは小さな驚きを持ってイシュランディルを見る。

 

「儂は一応、直属政務官であるからの。上の連中には少し顔が利く」

「八年も戻っていないんだろう? 多少は変化があるんじゃないか?」


 先導していた侍女が会話する二人へと顔を振り向かせ、言葉を向けてきた。


「ハジャール様は二年ほど前に引退なされています。今の近衛兵長はご子息のアジャーロ様です」

「引退だと? あやつも年には勝てなかったか」

「はい、本人もそのようにおっしゃっていました。今では新兵訓練の教官を勤めておられます」

「ふむ、ではフルガスはどうなっている」

「フルガス様は変わらずに直属政務官です」

「おぉ、そうか」


 イシュランディルは軽く息を吐いて安堵する。


「あやつが現役なら面倒な事にはならぬだろう」

「別の者だと面倒になるのか?」

「考えてもみよ。儂は八年も国を離れておったのだ。いくら直属政務官の肩書があろうとも、新しく政務官になった者を納得させるのに時間が掛かる」


 少し考え、ニトローナはなるほどと納得する。

 八年も旅に出ていた者が直属政務官の地位に就き、自身と同じ権力を握る。理性で納得できても感情では難しいだろう。例えイシュランディルが肩書だけが必要だとしても、権力は権力なのだ。力を振るう気がないとしても、力を振るうことが出来る事実は変わらない。

 どう考えても警戒されて説得に時間を費やしてしまうだろう。


「そこはひーーどこも同じか」


 ニトローナは、人の国と口にしそうになって言葉を変えた。

 ここは魔族の都であって人の国ではない。イシュランディルが都市に入る前に告げた警告が頭をよぎる。迂闊に人の国などと口にしないほうがいいと判断した。


 城内ですれ違う魔族たちは兵士や侍女、政務官や商人らしき者もいる。すれ違う度に奇妙な視線を向けられるが、侍女が先導しているので声をかけられることはない。だからこそ人などと口にして注目されることは避けるべきだ。


 しかしそこでニトローナは疑問に思う。

 なぜすれ違う誰もが視線を向けてくるだけなのか。

 仮に王国で魔族が堂々と歩いていれば嫌でも注目を浴び、最悪の場合兵士に捕らえられる。それほどに人と魔族は違う。だがこの魔族の都では珍しいものを見るような視線だけだ。

 それは一体どういうことなのか。

 不意に、都市の門で待たされて侍女が迎えに来た時を思い出す。あの時馬車へ乗り込むニトローナ達の背後で検閲所の兵士が呟いていた言葉。


『先祖返り』


 その言葉が疑問を解く答えであるような気がした。同時に、知りたくもない真実に繋がっているような予感がニトローナの脳裏を駆け巡る。背筋が凍る様な不安が全身を包んだ。

 先導していた侍女が足を止める。


「この部屋です」


 ニトローナは無意識に俯いていた顔を上げ、不安を振り払うように扉を見つめる。

 扉は大きく、城内のものと違い表面に装飾が施されていた。そして扉の両側に立つ鎧を纏う屈強な魔族が警戒の視線を向けてきている。兜から覗く表情から感情は伺えないが、黄色い瞳からは不審が伺えた。

 そんな兵など存在しないかのように、侍女は扉を二度叩く。


「虹賢者イシュランディル様とともの方々をお連れしました」

 

 ニトローナ達はイシュランディルの供ではないのだが、立場というものがあるのだろう。

 返事はイシュランディル以上にしわがれた声だった。


「入れ」


 侍女が扉を開き、一行を招き入れた。

 イシュランディルに続くニトローナの視界に入ったのは三名の魔族。

 一名は腰に剣を下げた屈強な魔族。露出している肌が全て鱗に覆われ、顔は刺々しい蜥蜴といった容貌だ。

 もう一名は小さな老犬ような魔族。体に合わせた小さな杖を持ち、長い髭と丸い耳を垂らした犬の顔をしている。

 

「っ!」


 ニトローナは叫ぶことをどうにかこらえた。

 二名を左右においた最後の魔族は、今まで見たこともないほどの異形だ。

 部屋の中央にある大きな寝台には、上体を起こしたまま休めるように毛布を重ねて背もたれになるようにしてあった。寝台には異形の魔族が重ねた毛布に上体を預けており、毛布から出ている脇から上の姿は左右の腕と胴体、そして頭部の全てが変異していた。

 皮膚という皮膚の全てが鱗、獣毛、樹皮という三種で構成されたの斑を描き、見る者に恐怖とおぞましさを刻みつけるようだった。

 眼は爬虫類の如き黄金。口は獣のように長く伸び、僅かに開いた隙間からは太い牙が覗いている。頭部から生える髪は全て枝と葉のようだ。額から突き出た二本の角は片方は樹皮、もう片方は骨で構成されている。

 まるで今まで眼にした三種の魔族を混ぜたような異形だった。


 異形の魔族は部屋に入ってくるものを静かに見つめている。

 ニトローナにセルロゥが続き、その次のセロは痛ましげに瞳を伏せ、ラギスとプルトンは異形の姿に足を止めた。

 その二人の様子を、いや、プルトンの姿を見て、異形の魔族の表情が優しげに緩んだように見えた。


「貴様ら、陛下の御前でその態度は何だ」


 胃の底に響くような重い声が蜥蜴のような魔族から発せられた。黄色い目には怒りと僅かな殺意。答えを間違えば即座に殺気が膨れ上がり、腰の剣を抜くであろうことは容易に想像できる。


 蜥蜴の魔族は陛下と言った。

 立ち位置的に老犬のような魔族が王ではないだろう。

 ならば寝台に横たわる異形。彼が魔王なのだ。


「よい、アジャーロ」

「はっ」


 魔王の声は、以外にも若い男のものだ。

 異形な容貌と若い声、そして病人のように寝台に横たわった姿は、どこかちぐはぐな印象を与える。老人のようでいながら声が若く、しかし老人のような落ち着いた気配を漂わせている。

 異様な外見と若い男の声に、どこか違和感を感じる存在だった。


 蜥蜴の魔族は異形の魔王のただ一言で怒気と殺意を収める。即答する姿からは絶対の忠誠が伺えた。案内した侍女の言葉によるのなら彼が近衛兵長のアジャーロなのだろう。ならば老犬のような魔族が直属政務官のフルガス。

 この部屋に魔族の中でも大きな権力を持つ者たちが集っていることが嫌でも理解できた。そしてその三者が集った理由がプルトンなのだ。


 異形の魔族はプルトンへ優しげな表情を向けた後、イシュランディルへと顔を向ける。


「遅かったじゃないか、爺」

「待たせたのぉ、糞ガキ」


 まるで、いや、友なのだろう魔王と虹賢者は、子供のような笑みを浮かべて言葉を交わしあった。

この話を書いている途中に33話に致命的な部分を見つけました。

赤面モノのミスでして、伏線を張りながらネタバレをしているような部分があって、なんで気づかなかったのかと自己嫌悪しました。

とりあえず、とある伏線を回収し終えたら活動報告にでも詳細を書こうかと思います。


気づいていた方には本当に申し訳ありません。以後気をつけます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ