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35.魔の都

 旅の出発から幾日が経ったか。

 ニトローナの脳裏に、悲しげに歪むセリンの顔が浮かんだ。

 旅の道程がようやく折り返しに近づいている。それも肌で感じられるほどに近づいている。


 大森林は葉を茂らせた大木により陽光が遮られた薄暗い森である。それが徐々にではあるが陽の光が差すようになってきたのだ。周囲の木と木の間隔が開けてきており、その隙間から幾筋もの光の線が森へと降り注いでいた。


 旅の一行の足取りは徐々に乱れ、僅かばかり速度が上がっている。誰もが感じているのだ、森を抜けるのが近いのだと。そして薄暗い湿り気が空気から消え去り、爽やかな風が周囲を飛び回り始めた。

 頭上の隙間を縫うような陽光の線は帯となり、上を見上げれば眩しい太陽と青空が視界に入る。

 森の終わりは近い。


 そして頭上だけではなく、進む先にある木々の隙間からも光が差し込むようになり、大森林の終わりと同時に草原が一行を迎えた。


 なだらかな丘陵に風で踊るよう揺れる緑色の草波。所々に地面から生えるような岩石の上には鼠のような小動物達が羽虫を食み、小動物を狙う猛禽類が上空から急襲し、羽虫を食む鼠を嘴で食いちぎった。


 ここにも弱肉強食の掟は変わらずに存在していた。だが、大森林と違って空気は澄んでおり、視界を遮るものが少ない。青い空を雲が泳ぎ、広大な草原を風が走る。閉じられた森を抜けた開放感は格別だった。

 視界の奥には峻険な山脈が存在し、その麓には赤や緑、茶色や灰色のまだら模様が見える。目を凝らせばそれは建造物の屋根であり、みやこなのだと判断できた。ニトローナ達がいる場所は都より標高が高いらしく、都の周辺も見渡せた。


「あれが、魔族の都市か」


ニトローナは小さな驚きを抱きながら都を眺める。ぱっと見た限り屋根は区画分けされているように見え、しっかりと管理された都市設計に基づいて建てられているようだ。都を壁で四角に囲み、等間隔で塔が隣接され防衛のための機能もある。何よりも複数の色で構成された都の遠景は王国と大差ない文明が感じられた。


 獰猛な魔獣が蔓延る大森林。森と寄り添って生きる緑の部族。体を所々が獣に変異した獣の部族。

 それらを材料としたニトローナの予想は、装飾など気にせず建てられた建造物が無秩序に並び、多少文明的でも雑多で粗野な都だろうと考えていた。

 ところが現実の都は違う。

 あれは明らかに考えられ、管理された都市だ。

 合理的に設計された都市を栄えさせ、住民の命と財産を守るために壁で囲っている。王国の都市と同じだった。


「さて、日のある内に都に入るとするかのぉ」


 足を止めていた一行のなかでイシュランディルが先を行き、他のものが連れられるように後に続いた。




 草原は大森林に近いせいか開拓されていないらしく、近くに村も道もない。

 なだらかな草原に住む動物たちは小さいものが多く、一行が近くを通るとすぐさま背中を見せて離れていく。そんな様子をどこか飢えたような眼で見ていたセルロゥは、ニトローナに視線を向けられると気まずそうに目を逸らした。何となくその気分が判るニトローナはセルロゥの背を一無でする。逃げる動物を見ると追いたくなるのが肉食動物の本能なのだ。

 そんな一人と一匹に声が向けられる。


「ニトローナ」


 年老いた声に歩きつつ顔を横に向ければ、イシュランディルがいた。


「都に入る前に話しておくことがある」


 虹賢者の眼差しには余裕がない。重要な話の気配にニトローナは頷く。


「都に入る際、門で衛兵に何か言われるだろうが何も答えるな。話は全て儂を通せ」

「理由は?」

「大多数の魔族の中に容姿が異なる少数が混ざれば注目される。だからこそ余計な揉め事は避けたい」

「あちらが突っかかってきた場合はどうする?」

「この記章を見せるから問題ない。これは魔王直属政務官の証だ」


 そう言いつつイシュランディルが取り出したのは、銀色に輝く掌程度の大きさの金属だ。薄い金属には複雑に絡み合った鎖の文様が刻まれており、複製するのは相当に困難だと伺える。


「直属の政務官だと? ならお前は魔王の部下ということになるのか?」

「表向きはな。儂の場合は猥雑な手続きを省くためのものだ。これがあれば素通りとはいかぬが、それほど時間をかけずに門を通れる」


 軽く言っているがとんでもない話だ。

 魔王直属ということは、王国で言えば政務を司る宰相に近い立場になるだろう。イシュランディルは魔族の国でそれほどの地位を持っているということだ。


「とりあえず、何も喋らずにいれば良い」

「……わかった、任せる」


 答えるニトローナの脳裏に疑問が浮かぶ。魔族であるセロはいいとしても、ラギスとプルトンは大丈夫なのだろうかと、二人へ視線を向ける。二人はニトローナの背後を歩いており、揃って空を見上げている。視線の先には小動物を咥えた猛禽類。都よりやや北寄りの山脈へと飛んでいった。

 ニトローナの疑問を読んだかのように、虹賢者の声が続いた。


「あやつらには旅に出る前から儂に任せるように言っておいた。問題ない」

「そうか」


 ならば問題ないのだろう。ニトローナはそう結論づけた。


 

 


 魔族の都を囲む外壁は高く聳え立ち、外敵を寄せ付けない存在感を放っている。

 観音開きの巨大な門は都に入る荷を載せた馬車や魔族を飲み込み、皮や鉄でできた鎧を纏う者たちを吐き出していく。

 ニトローナは鎧を纏う魔族に目を引かれた。すると魔族もこちらを見て、口元を蔑むような笑みの形に歪める。

 不愉快な笑みだ。しかし、ただすれ違った相手に怒りを向けるのは無駄だ。ニトローナは足を止めずに前へ進む。



 イシュランディルを先頭に旅の一行は門の足元に建てられた検問所へと進む。金属鎧を纏う兵士たちは門を通る者たちへ目を光らせている。

 荷を改める者。記録する者。通行者の動きを見張る者。その姿を見るに職務に忠実な者達らしい。彼らの表皮は爬虫類のように鱗で覆われていた。どうやら緑でも獣でもない別の部族らしい。


 前にいた魔族が都市の中へ通されると、イシュランディルが前に出る。検問所には壁に四角い穴を開けた小屋が窓口になっており、そこで名や目的を問われて記帳されている。

 イシュランディルは窓口の者に一行全員分の名前を告げた。


「よし。計五名と一匹。入都の目的は?」

「仕事だ。政務官への報告がある」

「報告、か。証明するものはあるか?」

「持っている。これでいいか?」


 イシュランディルが懐から例の記章を取り出すと、窓口の魔族は大きく目を見開いた。


「直属政務官の証、だと?」


 その魔族は差し出された記章を手に取ると凝視し、神経質なほどに時間をかけて真偽を確かめているようだった。


「ううむ、どうやら本物のようだ」

「では、通ってもいいかの?」

「いや、暫し待ってく、お待ち下さい」


 魔族は口調を改めてイシュランディルに静止を促す。


「実は半月ほど前に王城から使いがありまして、直属政務官の証を持つものが現れたら、先に王城へと報告せねばなりません。しばしお待ちいただきたい」

「……そうか。では待たせてもらおう」

 



 そうしてニトローナ達は検閲所を通過したはいいが、その検閲所の傍で待たされることになった。


「どういうことだ?」


 ニトローナの疑問はイシュランディルへ向けられるが、答えたのはセロだった。


「恐らく、陛下の命令でしょう」

「だろうな」


 セロの推測にイシュランディルは肯定する。


「緑の里で殿下の声を陛下が感じ取ったのだと思います」

「そんなことが可能なのか? ここから緑の里まで膨大な距離があるぞ」

「陛下ならば可能です」


 セロは頷き肯定する。その様子は絶対的な確信を感じさせるものだった。

 魔族を束ねる魔王とはそれほどの存在らしい。ニトローナの想像が及ばないほどの力を持っているのは確かなのだ。この場から緑の里で起きた現象を感じ取るなど、人間からしたら神の領域に等しい力だ。


「ねぇ師父、そんな人ーーじゃなくて魔族の王様の後を継ぐって、相当厳しいんじゃないの?」


 心配そうに声を上げたラギス。

 いくら喋ることを禁止されるほどの魔力を身の内に宿そうと、プルトンはまだ子供。ラギスが危惧するのも当然と言える。

 問われたイシュランディルは抑揚がない平坦な声で答える。


「問題ない。プルトンには王位を継げるほどの魔力がある」


 イシュランディルの声はどこか意識して抑揚をなくしているように感じられた。

 ニトローナは虹賢者の答えに小さな疑問を抱く。大森林でセロに救われた日の翌朝の会話で彼女も同じような答えを返していた。

 魔力だけが資格になるような魔族の王位とは何なのか。

 魔族の王位継承には一体どのような秘密があるのか。

 

 ニトローナが疑問を抱いたようにラギスも納得できなかったのか、言葉を続けようと口を開く。


 しかしそれより早く、ニトローナ達以外の声で会話は中断された。


「お待たせ致しました、イシュランディル様。お迎えに上がりました」


 凛とした言葉を発した声の主は、無感動という言葉が似合うような表情の侍女であった。

 およそ感情というものが欠落したかのような無表情。そして無機質な視線。

 まるで人形のような彼女の右頬の一部は鱗に覆われている。右手も同様だということは、右頬から右手まで鱗に覆われているのかもしれない。

 彼女は旅の一行に深々と頭を下げた後、都市の中へと手を向けて誘った。


「馬車を待たせておりますので、どうぞあちらへ」


 侍女の示す先には確かに馬車があった。恐らくは十人は乗れるであろう大型の馬車を、王国では見たことがないほどの巨躯の馬が牽いている。馬車の外装には所々装飾も施され、黄金の輝きがあった。


「行くぞ」


 馬車へ歩むイシュランディルにセロが続き、ニトローナたちも後を追った。





 馬車へと向かう旅の一行の背後、検問所の一人の兵士がボソリと呟いた言葉を、ニトローナは聞き逃さなかった。

 

「ちっ、先祖返りのくせに」


 ニトローナは兵士の言葉を気にしながらも振り返ること無く、馬車へと歩みを進める。




 疑問を残したまま、旅の終わりは確実に近づいていた。

頭のなかで描いた展開を文章にするのはやはり難しいものです。


*侍女の外見描写を修正しました。侍女の服装で手は見えても足が見えるっておかしい……はずなので。

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