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33.亡き者の残影

 獣の部族であろう魔族による襲撃は、巨大な獣の怒号により止められた。

 しかし問題は、巨獣が旅の同行犬どうこうしゃであるセルロゥだということだ。


 一体何が起こったのか。

 ニトローナは呆然とした表情で、体高三メートルはあろう巨獣へと視線を向ける。

 対する巨獣はニトローナと目が合うと、バツが悪そうに戸惑う様子で歩き出す。向かう先はニトローナを襲撃した魔族だった。

 犬か狼にみえるその魔族は巨獣に見下されると、ニトローナにはわかりづらいが歓喜の表情を浮かべて立ち上がった。


「兄者、兄者なんだろう?」


 そう問うた魔族へ、巨獣からの返答はない。

 その代わりにーー


「あにーーぎゃへ」


 巨獣の前足が振られて弾き飛ばされた。魔族の男は数回跳ねるように転がると、進む先にある木へと衝突。頭を下にして尻を上に向けた姿勢で止まった。


「あ……に、な、で」


 断末魔のような言葉を呟いているが、どうやら気絶したらしい。あのような姿勢と身体の頑丈さにニトローナは呆れつつ、巨獣へと視線を戻す。

 太い四肢に巨大な牙。まさに獣といった容貌の土色の巨獣は、ニトローナの視線を受けると顔を逸らす。巨獣の背後にある尻尾は揺れること無く垂れていた。

 

 さらにその背後に見える旅の一行はイシュランディルを先頭に、その後ろにプルトンとラギスがおり、セロは旅の一行の背後を警戒するように巨獣とニトローナに背中を向けていた。プルトンとラギスの顔は驚きと警戒で巨獣に向けられ、イシュランディルは口を笑みに歪ませてニトローナを見ている。セロに至ってはこちらへ視線を向けすらしない。

 その様子から、イシュランディルとセロはこの巨獣に対する警戒というものが見られない。


 ニトローナはこの巨獣がセルロゥらしいということは理解できるのだが、何故こうなっているのか全くわからない。

だからこそ、なにか知っているであろうイシュランディルとセロへ視線を向けるが、セロは視線すら向けてこないので答えはない。イシュランディルは声を出さずに口だけを動かして『まかせる』と伝えてきた。


 ニトローナは途方に暮れるように巨獣を見上げる。


 大猿グラ・セッロとは違い、眼前の巨獣には威圧感がない。存在感はあるのだが、周囲の者に恐怖を与えるような圧力がなかった。そのことから巨獣に敵意がないのは理解できる。


「セルロゥ、なんだな」


 確認するように言葉を向けると巨獣はニトローナの前まで歩き、四肢を折りたたんで伏せの姿勢をとった。そして顔、というより鼻を寄せてくる。鼻と言っても相手は体高三メートルはある巨獣だ。人の頭ほどもある鼻は妙に存在感があった。

 寄せられた巨獣の鼻とニトローナの鼻が触れ合うと、巨獣は顔を離す。

 巨獣はそこで動きを止めると、ニトローナに視線を合わせてきた。どうやら反応待ちらしい。


 ニトローナは暫し考えこみ、確認するべきことを問う。


「言葉はわかるか?」


 答えは向けられる視線だけ。言葉は無いが肯定と受け取れた。


「喋れないということか。ならセルロゥ。あの魔族はお前のーーなんだ、弟なのか?」


 視線は逸らされない。肯定。


「なら、お前は魔族なんだな?」


 これも肯定。

 ならば最後の一つ。

 ニトローナは落とした剣を拾いに行き、鞘に納めること無くセルロゥの前に戻る。そしてセルロゥの首へと切っ先を当てた。両手で握りしめた剣を少し進めれば巨獣の首へと刃が入るだろう。


「お前が旅に同行した理由はどうでもいい。私にとって重要なのは一つだ。お前はセリンの敵として騙していたのか? 敵なら私に牙を向けろ。すぐに殺してやる」


 言葉に殺意を込め、両手には練り上げた魔力を宿す。例え剣が効かなくとも、爆轟で首を千切り飛ばす。そんな意志を込めた言葉に対する答えは、周囲へ響き渡る唸り声。ここで初めてセルロゥから圧力が放たれる。

 小型の魔獣どころか大型の魔獣ですら臆すような怒りを、ニトローナは一身で受け止めた。

 セリンに害する存在なら必ず殺す。そういう覚悟を込めてセルロぅと睨み合った。


 ニトローナの瞳には殺意。

 セルロゥの瞳には怒り。

 

 数秒ほど睨み合っていたか、ニトローナが唐突に刃を下げて魔力を霧散させた。

 するとセルロゥも合わせるように唸り声を収め、周囲へ放っていた圧力を消す。


 ニトローナはセルロゥの目を見て理解できたのだ。

 以心伝心というほどではないが、元同族? ということもあり、セルロゥの怒りがわかった。セルロゥはセリンに対する害意を疑われたことに怒ったのだ。主に対する忠誠を疑われれば、怒るのも当然だ。だからこそニトローナは殺意を消し、セルロゥも怒りを収めたのだ。


 お互いがセリンを思っているからこその対峙であり、それぞれがお互いのことを理解できた。


「お前のことをいろいろ聞かせて欲しいが、後にするとしよう。まずはその体を元に戻せるか?」


 セルロゥは伏せた姿勢のまま口を開ける。子供の腕ほどもありそうな牙が覗く口腔から熱い吐息と蒸気が吐き出され、セルロゥの体から肉と骨が変異する音が響き渡る。

 私と同じなのかと考えているニトローナの眼前で、セルロゥの体は大型犬の大きさに戻った。


 その直後、巨大化したセルロゥのことで止まっていた事態が動き出す。

 ニトローナ達を取り囲んでいた気配が動き出し、包囲を狭め始めた。


「下がるぞ」


 ニトローナはセルロゥと共に周囲を警戒しつつイシュランディル達の元へ戻り、待ち構える。


「セロ、相手は獣の部族で間違いないか?」

「はい。間違いありません」

「私が狙われる理由に心当たりは?」

「いえ、ありません。ですが先ほどセルロゥさんが気絶させた者のことはわかります。彼の名前はザニンギル、数年前に獣の部族の長になった者です」

「……なんだと?」


 若干マヌケな姿勢で気絶する魔族に目を向け、狙われる理由がますますわからなくなった。そんなニトローナの困惑など関係なしに周囲の気配は姿を表し始める。


 ザニンギルという獣の部族の長は全身が獣毛で覆われ、武器を持った獣のようであった。しかし今、姿を表した者達はどこか違う。

 猿や人に近い骨格でも手足のみが獣のように獣毛で覆われているが胴体は無毛で素肌を晒している者。上半身はザニンギルのような猿と狼を合わせたような姿でも、下半身はズボンを履き、足先は人か猿のように無毛の者がいた。人のように見えても尻尾が生え、耳が毛で覆われている者がいれば、筋肉質な巨体で頭に二本の角を生やした牛のような者がいる。

 彼らの容貌には簡素な服や骨格以外に一貫性がなかった。人を含んだ様々な獣を混ぜあわせたような者たちだ。

 だがそれぞれの手には斧や剣が握られており、滲み出る敵意だけは共通していた。そしてセルロゥへ向ける畏怖と困惑も。

 

 無言で睨み合う二つの集団。


 どちらかが動けば残りも動く。そんな緊迫した空気が漂う中、包囲から外れた場所にいるザニンギルから呻き声が響いた。


「族長!」


 ニトローナを囲んでいた者達の内の一人、両手足が獣毛に覆われた女性の魔族が叫び、ザニンギルへと駆け寄る。声には焦燥が込められていた。

 一人が動いたことで包囲に穴が空いたが、他の者が動き即座に埋められる。


「族長、無事ですか?」

「ああ、少し、頭を打っただけだ。それよりーー」


 助け起こされたザニンギルは顔を上げ、視線を彷徨わせる。そして旅の一行とそれを包囲する部族の者達を視界に捉えると、声を荒げた。


「お前ら何をしている、下がれ!」

「ですが族長、あの者達はあなたをーー」

「黙れ! いいから下がっていろ」


 ザニンギルは女性の魔族の助けを振り払うと、少しふらつきながらもニトローナたちへと近づく。包囲していた魔族たちはその背後へと下がった。納得していない雰囲気であったが、族長の命令には逆らわないのだろう。

 ザニンギルは元の犬の姿に戻ったセルロゥに目を向ける。

 

「兄者、なんだな」


 セルロゥを見るザニンギルの表情は歪み、声が僅かに震えていた。彼の言葉通りなら、長年会っていなかった兄弟の再開なのだろう。しかし片方は犬、もう片方は犬か狼を人型にしたような魔族。共通点はあれど同族と見做すには無理があった。

 そんな兄弟の間にセロが割って入る。

  

「ザニンギル、貴方が何故こちらを、いえ、何故ニトローナさんを攻撃したのか、説明を求めます」

「緑の女か。お前が東部のどこを通ろうが、外から人間を連れて来ようが、俺達は関与しない。だがそこの赤毛の女だけは絶対に許さん。それでも通るというのなら全面戦争を覚悟しろ」


 その言葉はニトローナにとって宣戦布告に等しい。何せニトローナの目的は大森林の先にある魔族の都へプルトンを届けることだ。

 だがニトローナには、何故これほどに憎しみを向けられるのか、理由がわからない。

 何故会ったこともない魔族に憎まれるのか。

 

 ニトローナは激しい殺意と憎悪を向けられるという初めての経験に、混乱していた。

 

「それほどにニトローナさんを排除しようとするは何故ですか。この人は今まで森の西を抜けた先にある国で暮らしていました。あなた方と接点はないはずでしょう?」


 セロのその言葉に、ザニンギルはあざ笑うかのようにため息を吐く。


「はっ、忘れてやがるか。東の部族のことなんか自分たちに関係がないってか?」


 ザニンギルの顔が怒りに歪み始めた。激しい感情を抑えきれないのか、ニトローナを見る目が血走り、今にも襲いかかってきそうな雰囲気だ。


「俺がガキの頃、一人の人間が東部へ侵入してきた。そして、部族にとって掛け替えのない存在をかっさらって行きやがった! 俺より遥かに強く、族長になるべきだった兄者をなぁ!」


 怒りに震えるザニンギルの視線がニトローナを突き刺す。


「俺は忘れてねぇぞ。あの日見た赤い髪の女。てめえだけは、絶対に忘れねぇ」



 ニトローナはそこで、ああ、と気づいた。

 ザニンギルの外見と地位からして成人しているのは確かだろう。そんな彼の子供の頃といえば、ニトローナもまた子供であったはずだ。そして子供の時分にそのようなことをした記憶はない。


 つまり、ただの人違いなのだ。

 何より、セルロゥがヴィルブランド家に飼われるようになったのはニトローナが五歳の頃だ。二本の足で立てるようになったセリンが家中を歩きまわり、いろいろと世話を焼いた記憶がある。ザニンギルの言葉通りなら、五歳の童女に赤毛の女とは言わないだろう。

 

 ニトローナが五歳の頃にセルロゥと関わりのある赤毛で成人の女性。そのうえ魔獣が跋扈する大森林を踏破できるような人物。ニトローナの知る限りそれはただ一人。


 アンシェル・ヴィルブランド。


 ニトローナの亡き母であった。

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