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30.忘却の代償

 大猿は去った。


 戦いが終わり、緑の里へと帰路を歩む二人ーーニトローナとイシュランディルは、進む先に待つ三人と一匹を視界に収める。

 一番背が高いのがセロ。その隣にいる背の低い二人はプルトンと魔族の少年ザスカラだった。セルロゥはその傍らで後ろ足で体を掻いて退屈そうにしていた。

 二人に気づいたプルトンは脇目も振らずに駆け出し、ニトローナへと抱きついた。体の所々に傷を負っていたニトローナは倒れかけたがどうにか持ち直し、プルトンを支えた。


「急に抱きつくな。危ないぞ」


 何より傷が痛い。

 そんな弱音を口には出さずにプルトンを見下ろすと、鼻を啜るような音が耳に届いた。

 痛む身体で少年の身体を受け止め、その上鼻水までつけられる。ニトローナがその事実に何とも言えない気分でプルトンを見下ろしていると、少年が体を震わせて泣いていることに気づいた。しかし泣き声はない。

 

 声も出せずに泣くとは一体どのようなことなのか。ニトローナには理解できない。だがなんとなく、このまま泣かせてやろう、という気にはなった。

 ただ、泣かれ続けるのも気まずいのでプルトンの頭をポンポンと優しく叩いていると、魔族の二人、セロと少年が近づいてきた。なにか声をかけようとする前に、セロが大きく頭を下げる。


「申し訳ありません。我が一族の者が殿下を連れ出し、そればかりか大猿を呼び寄せる原因になってしまいました。しかしザスカラは罪を犯したとはいえまだ子供です。どうか、どうか命だけはご容赦ください。お願いします」


 そう告げられたニトローナは、頭に疑問符を浮かべ、縋るように虹賢者へと視線を向ける。何せ緑の里からここまで何も考えずにプルトン達を追いかけ、大猿と対峙したのだ。今回の騒動の原因すら理解していなかった。


 答えを求めるような視線を向けられたイシュランディルは、頭を下げたままのセロを渋い表情で見下ろしている。


「セロよ、そう大げさに捉えるでない。今回のことはうちの愚か者にも原因はある。命を取るようなことはせぬと約束しよう」


「あ……ありがとうございます、賢者殿」


 頭を下げたまま体を震わせるセロは、泣いているようだった。

 何とも気まずい気分でいたニトローナは、とりあえず原因を察した。自分に抱きついて声なく泣いているプルトンと、魔族の少年ザスカラが原因らしい。ザスカラという少年はセロが頭を下げる姿を見て、自分がどれほど重い罪を犯したのか理解しているかのように、暗い表情だった。


「それで……ニトローナさん。罰はどうか……」

「ん? ああ」


 正直なところ、ニトローナにとって今回の騒動はあまり大きなものと考えていない。単にプルトンのいる場所へ行くと大猿が来たから戦っただけなのだ。

 大猿襲来の原因がプルトンの声によるものだとしても、プルトン本人は自分に抱きついて泣いており、ザスカラという少年の方もしっかりと罪を理解している様子だ。ここで何か罰を与えるとしても、必要な事とはいえ後味が悪いことになる。

 だからニトローナは隣の賢者へ丸投げすることにした。


「イシュランディル、任せた」


 言葉を向けられた虹賢者は予想通りと言った様子で呆れたように頷いた。


「あいわかった。セロよ、罰は長と話して決める。だが子供のやったことだ。ケツをひっぱたく程度に治めるとしよう」





 そうして里へと戻る五人と一匹。

 ニトローナはそこで何かが足りないと気づいた。しかしその正体が思い出せない。思い出せないとまずいことになるような……などと考え、隣を歩く虹賢者へ問いを向けた。


「イシュランディル、なにか忘れているような気がするんだが」

「む? おぉ、それならほれ、あそこにおるだろ」

「なに?」


 疑問の声を呟いて視線を前に向けると、答えが視界に入った。


「あ」


 ニトローナが忘れていた者は道の先で両腕を組み、仁王立ちしていた。

 その者は小さいながらもとても大きな圧力を放ち、鬼のような形相で睨みつけてくる眼には、背筋が凍るような怒りが滲んでいた。

 閉じられていた口が笑みを作る。音にするならニタリといったところか。口から怒りの蒸気が漏れているのかと錯覚するほど圧力を持った声が発せられる。



「おぉ、かぁ、えぇ、りぃ」



 たかがそれだけの単語でニトローナは気圧され、一歩後ずさる。自然ともう一歩下がろうとしたところで肩を掴まれた。背後を見れば賢者らしい悟りの境地に達した顔のイシュランディルがいた。


「死にたくなければ離せイシュランディル」

「いやいや。死なばもろとも。旅は道連れだ。一人だけ逃げられると思うな」

「いやしかし……あれだ、先ほどの場所に忘れ物をした。だからちょっと取ってくーー」


 ガシッと力強く肩を掴まれたせいで言葉が止まる。


「へえ、忘れ物したんだ。じゃあ一緒に行ってあげるよ」

「い、いや、記憶違いだった。忘れ物は、ない」

「そう、ならよかった。じゃあちょっとお話しようか? 怪我している貴女を見て大体のことは察してるけど、本人の口から聞くのが一番だからねぇ、ニトローナぁ? こっち向け」


 振り返りたくない。しかし振り返らなければいけない。言葉に従わなければ何をされるかわからないのだ。大猿とは違う未知に対する恐怖に負け、ニトローナは振り返る。

 

 闇を覗くとき、闇も覗いている。そんな言葉を脳裏に抱きつつ、ニトローナは自分を見つめている眼を覗いた。そこは深い深い底なしのような怒りを湛えた深淵があった。


「あと、おかえりにはなんて返すんだっけ?」

「……ただいま、ラギス」


 ニトローナは自身の行動を深く後悔した。プルトンを追うとき、寝ていたラギスを起こせばよかった、と。


「それと、何処に行くのかな、プルトン」


 いつの間にか離れた場所にいたプルトンはビクリと体を震わせ、絶望の表情で戻ってくる。ニトローナに目を向けているはずのラギスは、背後の気配で動きを察知したらしい。

 

 それほど逃げたかったのかプルトンと哀れみの視線を向けるニトローナ。しかしあれほど絶望した表情になるとは、どのような罰を受ける事になるのか。

 ニトローナはこれから始まるであろうラギスとのひと時に絶望した。






「あと、そこの爺も逃げるな」


 ニトローナを死角として利用していた虹賢者も捕まった。

話の都合上ちょっと短くなりました。


ようやく十万字に到達できました。超遅筆の拙作がここまで来れたのは読者の皆様のお陰です。本当に有難うございます。

ブクマ増えないなーとか、ポイント入ってヒャッハーになったり、いろいろとありましたが、これからもよろしくお願い致します。

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