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24.里

 セロを加えた旅の一行が大森林で最初の野営地を発ち、数日が経過した。セロの案内で安全な道を選んだおかげで疲労は少なく、旅は順調に進んでいた。


「緑の体毛を持った大猿はグラ・セッロ。大森林内の食物連鎖で長年上位種に位置しています。雑食で果実より肉を好み、縄張りを荒らされることを酷く嫌います。とは言えただ通過するだけなら襲い掛かってきません。あなた方が遭遇した原因は恐らく、緑の皮を持つ猟犬ーーサラシッカの群れが縄張りに侵入したからでしょう」


 セロの言葉を聞きながらニトローナ達は足を進める。終わりが無いと錯覚するほど延々と続く大森林の中で、初日と違って安全な道を進み続けていればどうしても気の緩みが出る。似たような風景ばかりが続くとどうしても退屈の二文字が脳裏をチラついてしまうのだ。

 そこでセロの知識が役に立つ。彼女の話は大森林に生息する生物に焦点が当てられており、時折見かける小動物の解説がなかなかにおもしろい。


 空を飛ぶ鳥がいるかと思えば、元は地を這う飛べない鳥が変化したもので、その逆の場合も存在しているらしい。捕食者と被食者が入れ替わることも珍しくない大森林では、このような種の変化は珍しくないようだ。


「自分たちよりも強い種族が同じ餌を捕食するようになった場合、生き残る道は二つ。自分よりも強い種族を超えるか、自分たちが変化するか。大森林では多くの種が後者を選びます。だからこそ大森林の食物連鎖は流れが混沌としていて、一ヶ月も経てば環境が変化します。恐らく私が説明したことの大半は一ヶ月も経てば過去のものとなるでしょう」


 そうした解説を聞きながら旅を続けたニトローナ達は、ついに緑の部族が居を構える里へと辿り着いた。


 


 緑の部族の里は、一見すると森の中に作られた小さな街といった様子だが、どこか静謐な雰囲気が漂っている。

 中央に大通りがあり、その両側に木造の家が立ち並んでいる。土台だけが石で作られ、残りは全て木材の家ばかり。

 それだけなら王国に幾つもある街と変わらない。最大の違いは大通りの先にある建造物。いや、半建造物といったほうがいいだろう。


「何だあれは、木……なのか」

「ちょっとちょっと、いくらなんでも大きすぎない?」


 ニトローナの視線の先には大通りの先にある巨木に向けられている。その巨木は、植物という種族の限界を超えているのではないか。そんな疑問を抱くほどに巨大であった。

 ニトローナは成人が両腕で抱えきれない程度の太さを持つ木は巨木と呼べると考えていた。しかし今目にしている木にとって、ニトローナの考える巨木など小さな枝にすぎないだろう。それほどに巨大なのだ。

 ニトローナにとっての巨木を数百、いや数千本分もの太さを持つであろうそれは、まるで小さな山の如き巨大さを持って里の奥に聳え立ち、数十から数百万枚の緑葉を揺らしていた。


 ニトローナは目を見開き、ラギスはぽかんと口を開いて驚きを露わにする。プルトンは無言のまま両目と口を大きく開いて呆けていた。

 イシュランディルは懐かしそうに目を細め、セルロゥはどうでもいいとばかりに地面の匂いを嗅いでいた。

 そんな旅の一行の様子を見ていたセロは上品な笑みを浮かべ、小さな笑い声を漏らす。頭部から生える枝葉がカサカサと葉ずれの音を鳴らした。


「ようこそ、緑の里へ」




 

 緑の里。そう名づけられた緑の部族の里は巨大に巨大を掛けあわせたような巨木を奥に据え、手前に住民達の家が並んでいる。巨木のあまりの巨大さに遠近感が狂い、手前の家々はまるで木彫の模型のように感じられた。

 旅の一行はセロの先導で大通りを進み、奥にある巨木を目指している。


「まずは長に会ってーーその前に休息を取りましょうか。物資は明日には揃えておくので今日はゆっくり休んでください」


 その言葉に一行は同意した。しっかりと休みながら森を進み続けたとはいえ、完全に疲れが取れてはいない。ここでしっかり休息を取り、今後に備えるのが最善だった。

 

 ニトローナ達が大通りを進んでいると、幾つもの視線が感じられた。不審や警戒というものではなく、純粋な好機や好意に近いものだった。

 向けられる視線の方向に目を向ければ、セロと同じように頭から枝葉を生やした魔族が何人もいた。家の窓から覗いている者や、食料らしきものを干している者などがいる。彼らは簡素な服の上に一枚の布でできた貫頭衣を羽織っており、他の住人も同じ服装だ。どうやら緑の里の住人の標準的な服らしい。

 ニトローナは足を進めながらなんとなく周囲を見渡してみる。すると他の住人に比べて比較的背の低い魔族の姿を捉える。子供らしさを感じさせる容姿はどこか人間と共通しており、少年のようだった。

 何気なく視線を合わせてみると、その魔族の少年はどこか混乱ように表情をアタフタさせ、腕を上げようと動かしたと思えば慌てて下げた。

 何気なく。そう、何気なくニトローナは軽く手を振ってみる。

 すると少年の魔族はまさに喜悦と言った言葉が似合う喜びの表情をニトローナに向け、跳びはねるように駆けた。向かう先は当然ニトローナである。

 少年は土を抉るような駆け足で近寄ってくるとニトローナの眼前で停止し、好奇心に輝く瞳で見上げてきた。


「あんたら外の人だろ? 西から来たってほんとか? その革って何の動物のやつ? あんたの髪すげえ色してんのな、他にもそんな髪した人いんの? そう言えば王子さん連れて来たって聞いたけどそいつのこと?」


 突然の質問攻めにニトローナが閉口していると、傍らからセルロゥが唸り声を上げた。しかし魔族の少年は怯えた様子も無く、好奇心満載の瞳でセルロゥを見下ろす。

 そんな少年の背後から一人の魔族が怒りの表情を浮かべて近づいてくるが、少年は気づかない。


「ん? なんだ犬っころ……あれ、ほんとにーーぎっ」


 背後から近寄ってきた魔族は少年の頭頂部に固く握った拳骨を落とす。相当な威力だったようで、少年はその場で蹲り悶絶した。

 少年に拳を落とした魔族は男性らしい。体が大きく表情が厳ついその魔族は、顔がどこか少年と似ていた。


「客人殿、弟が失礼した」

 

 どうやら兄弟らしい。兄の魔族は悶絶する少年の首根っこを掴むと、そのまま引きずりながら近くにあった家に入っていった。

 何やら変な寸劇があった、ということにしようと結論づけたニトローナが大通りの先へ向き直ると、慌てて駆け寄ってくるセロの姿があった。


「申し訳ありませんニトローナさん。あの子がなにかご迷惑をかけましたか?」

「いや、色々聞かれただけだ。別に迷惑ではない」

「そう、ですか。あの子には後で色々言い聞かせておきます」


 どこか呆れたように怒りの表情を浮かべるセロ。どうやらあの少年が問題を起こすことは日常茶飯事らしいことが感じ取れた。


「まあ、程々にな」

「いえ、お客様に対するあの態度はいけません。厳しくします」


 旅の一行に対してどこか一線を引いたような態度だったセロが、身内に対する表情を見せていた。その姿はどこか妹のセリンを思い出させる。

 ニトローナが何か無茶をする度に、セリンも似たような様子で呆れ、怒っていたのだ。

 魔族を知ろうと考えていたニトローナだったが、人と魔族はどこか似ているのかもしれない。


「さあ、行きましょうか」

「ああ」


 ニトローナとセロは止めていた足を動かし、待っていたイシュランディル達に合流する。

 好奇心の込められた視線は変わらず旅の一行を追っていたが、先ほどの子供のように近寄ってくるものはおらず、無事に巨木の根本へ到達した。

 巨木を根本から見上げると、規格外の巨大さが重圧としてのしかかってくるような感覚が体を覆いつくす。巨大なモノとは存在感だけで小さきものを圧倒する。

 

 巨木の根本には両開きの大扉が設置されており、セロは両手で扉を押し開くと一行を中へ促す。

 扉の先は二階まで吹き抜けのエントランスホールだった。一階の左右に廊下が伸びており、円を描くようにそれぞれが内側へと曲がっている。一階の中央奥には玄関と似たような両開きの扉が設置されていた。下から見る限り二回も同じ作りのようだった。

 床と壁、そして天井全てに木目が刻まれていて、巨木の内部をそのままくり抜いて建物として利用しているようだ。


 セロの先導で右の廊下へ向かう。二つの部屋を客室として使わせてくれるらしく、ニトローナとセルロゥにラギス、そしてイシュランディルとプルトンで別れて部屋に入る。

 部屋の内装は質素なものだった。木製の寝台が二つに毛皮でできているらしい毛布。あとは小さな棚が置かれているぐらいだ。

 だが長い野営生活ばかりだったニトローナとラギスには極上の部屋に見えた。何しろ硬い地面ではなく多少の柔らかさがある寝台で眠ることが出来るのだ。野営とは雲泥の差がある。セルロゥは関係なさそうに床の匂いを嗅いで回り、部屋の隅に腰を落ち着けるように四肢を曲げて座り込んだ。


 二人は軽装の防具を脱いで身軽になり、服を着替えた。ラギスは気が抜けたのか、寝台に腰掛けると小さな体をそのまま横に倒した。そんな様子に釣られるようにニトローナも体を寝台に倒してみる。寝台に敷かれた毛皮は香草の汁を刷り込んでいるのか、どこか穏やかな気分になる匂いがした。


「あ〜、すごいキモチイイ」

「そうだな、なかなかいい気分だ」


 ニトローナが疲労を零すように息を吐くと、規則正しい呼吸音が聞こえてきた。隣の寝台を見るとラギスは幸福そうな笑みを浮かべ、眠りについていた。

 多少安全になっていたとはいえ野営とは多少の緊張を強いるものだ。人によってはちょっとした物音でも起きてしまうだろう。そんな野営続きの後で、柔らかい寝台に寝られるとなればこうなってしまうのも仕方ないと言えた。

 ニトローナは眠るラギスに毛布を掛ける。するとラギスは胎児のように丸まって、更に深い眠りに落ちていったようだった。


 さて、これからどうするか、とニトローナが考えはじめた頃、部屋の扉がノックされる。


「ニトローナさん、少しいいですか?」


 扉を開けると、そこにはセロとイシュランディルがいた。


「二人揃ってどうした」

「実はニトローナさんに、お願いがあるんです」

「なに?」


 ニトローナが疑問符を浮かべる中、願いがあるといったセロまで疑問符を浮かべるような顔で言葉を続ける。


「実は里の長が、貴方と話がしたいと……」





 そうして訳も解らぬまま、ニトローナはイシュランディルとセロについて行き、長が待つらしい部屋に辿り着いた。

 ニトローナにとって緑の部族という存在は最近知ったばかりだ。記憶にある限り今まで全く接点はない。この旅に出るまで頭から枝を生やす魔族など考えたこともなかったのだ。そんなニトローナに話があるという緑の部族の長は、なにか狙いがあるのだろうか。それを知るためにもまずは会って確かめてみるしかない。


 セロとイシュランディルに続いて部屋に入る。部屋は位置的に木の中心部に近く、酷く静かだった。天井は高く、縦に長い半球形の部屋には当然窓はないが、壁に設置された花のような植物が光を放って部屋を照らしている。

 そして部屋の中心にはーー


「おおぉぉ、久しいの、イシュランディル、よ」


 まるで床に根を張っているかのような人型の植物。そんな言葉が似合う魔族が、部屋の中心で微笑んでいた。

ちょっと長くなりました。狙った場所で話を区切るって難しい……

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