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23.緑の部族

少しだけ修正しました。

深夜テンションでの執筆は危険です。

 旅の一行を救い出したセロ・グロワス・フルオールという魔族の女性。

 彼女は人と同じように二本の足で歩いている。呼吸をし、匂いも感じているようだ。彼女は簡素な服の上から一枚の布で出来た貫頭衣を着ており、背中には弓を背負っている。遠目には狩人に見えるだろう。

 人間としての機能は共通しているらしい。しかし硬質な質感を持つ肌と頭皮から髪のごとく生え揃う枝葉は、半ば動く植物といった様子だった。



 ニトローナ達はセロの先導で緑の部族が里を構える場所へ向かっている。彼女の言によればこの場から北東へ進めば里にたどり着くらしいが、数日はかかる見込みらしい。数時間の逃走とはいえ、あれだけ走っても大森林の四分の一も進んでいないようだ。大森林はニトローナの予想を超えて広大だった。


「休息が必要でしょうから、安全な道を進むことにしましょうか」


 そう告げたセロは確かに安全な道を選んでいた。飢えた獣からの襲撃は無く、それどころか草食のたぐいであろう温厚な獣を視界に捉えることすらあった。初日から奇襲、追跡、包囲という緊張に満ちた状態から一転して安全な旅路に、ニトローナは若干の戸惑いを覚えた。

 いくら大森林に詳しい者が先導しているとしても、魔獣に追い回された経験は容易く消えはしない。

 

 また奇襲を受けるのではないか。

 また大猿に遭遇するのではないか。

 圧倒的存在感を持つ捕食者に遭遇したせいで、安全な道でも未知の脅威に襲われるかもしれない、という警戒心が働いてしまっていた。おかげで無駄に消耗してしまい、逃走の疲れもあって、陽が射す時間だが早々に野営をすることになる。


「ここにしましょうか」


 セロの前には五人と一頭が余裕を持って休むことが出来る洞穴があった。奥行きもあり、体を伸ばして寝られる広さがある。理想的な場所だった。

 セロを除く四人と一匹はそこでようやく、大きな休息を得られた。

 洞穴での休息は大森林を進む時のように全方位を警戒する必要はなく、入り口だけに注意すればいい。ようやく緊張感を解くことが出来た。

 

「少し待っていてください。近くにある湧き水を汲んできます」

「すまんの。悪いが頼む」


 一人で洞穴を出るセロを皆が見送った。護衛するには気力も体力も無く、そんな状態では足手まといになるようなものだった。何よりイシュランディルが任せたのだ。大森林を踏破した経験があり、緑の部族を知る者がそう言うのだから、ニトローナは任せるしか無いと判断した。

 そしてセロが水を汲んできて湯を沸かし、簡素な食事を終えると体力のないものから眠りについていった。

 子供のプルトンは食事の最中から眠そうであった。食後にすぐさま寝息を立て始めたプルトン。その世話をしていたラギスも眠りに落ち、その流れで今日はもうこのまま休むということになった。


「見張りは私がしておきますので、お三方もお休みください。話は明日の道中にでも致しましょう」


 その言葉はニトローナ、イシュランディル、セルロゥに向けられていた。ニトローナは傍らで丸くなっていたセルロゥの背を撫で、体を倒す。肯定の言葉を口にすることさえ億劫で、体を横にした直後に意識が眠りに飲まれていく。


 眠りという闇に落ちる最中、声が聞こえた。



「今日は助かった。礼を言うぞ、セロ」

「いえ、光栄です、賢者殿。族長が予め私を遣わしていたので、礼なら族長に。それと、礼を言うのは我々です」

「そう畏まるな。儂が不甲斐ないばかりに探し当てることに時間がかかりすぎた、すまぬ。あやつはどんな様子だ?」

「申し訳ありません。数年ほどみやこには足を運んでないので私には……」

「いや、よい。直接行って確かめる」

「賢者殿。族長から話があると言付かっています。恐らくはあの方のことかと」

「うむ。まずはお主らの里で族長と話してみるとしよう」

「はい。よろしくお願いします」


 そしてニトローナの意識は完全に眠りに落ちた。








 薄暗い森の中にも朝日が射す。その光は無数の葉の隙間を通りぬけ、旅の一行が休息を取っている洞穴へも届いていた。そんな僅かな光がニトローナの瞼に覆われた眼球を刺激し、意識が上っていくような感覚で目が覚める。

 洞穴の中はほとんど闇に包まれており、奥に見える二つの小さな影がプルトンとラギス、熱を感じるほどの近さにいるのがセルロゥだとどうにか判別できた。

 入り口に視線を向けると、寝起きの頭でも分かる程度の違和感が生まれた。

 暗すぎる。

 記憶の中にある洞穴の入り口は広く、成人が立って入れる程度の高さもあった。しかしその入口が今は何かで塞がれており、その何かの隙間から光が差して眠っていたニトローナを起こしたのだ。


「なんだ、あれは」


 入口側に横たわる影はイシュランディルであり、起こすべきかと手を伸ばしかけたところで気がつく。

 植物のような魔族の女性、セロ・グロワス・フルオールの姿が消えていた。

 

 そして地を踏む足音入り口の向こう側から耳に届く。その直後、ニトローナは傍らにおいていた剣を手に取り、いつでも飛び出せるような姿勢で入り口へと視線を向ける。

 足音は洞穴の前で止まり、入り口を覆っていた何かが開かれる。洞穴内の闇を払うように光が差し込んだ。


「あら? お早いですね」


 ニトローナにとって逆光となっている中で影から届いたのは、昨日聞いた魔族の声だ。

 

「水を汲みに行ってたのです。そう警戒する必要はありませんよ」

 

 ニトローナは数秒の逡巡の後、腰を下ろして楽な姿勢をとった。だが剣は傍らに置き、いつでも抜ける状態にしておく。

 セロが洞穴内に入ってくると、入り口を覆っていたものが光に照らされ、正体が判明した。葉を多く付けた蔓性の植物が洞穴の上から垂れ下がり、光が刺さないほどの厚みを作って入り口を塞いでいたようだ。

 セロは腰を下ろすとニトローナへと顔を向ける。


「ニトローナさん、でしたよね?」

「ああ。貴方のことはなんと呼べばいい?」

「セロ、とお呼びください。隣の方がセルロゥさん、ですね」

「そうだが、犬にさん付けとは変わっているな。魔族は、皆そうなのか?」


 豚鬼オークの脅威に晒され続けているヴィルブランド領で育ったニトローナにとって、魔族とは敵であり殺すべき対象だった。そして眼前の存在は魔族の一人だ。しかし彼女は旅の一行を救った恩人である。

 第二王子グラウバーとイシュランディルの言葉によれば豚鬼は魔獣という存在であり、魔族とは違う存在であるらしい。しかしそれは所詮他者の言葉。最終的には自分で決めるしか無い。

 ゆえにニトローナは自分で判断すべく、魔族を知ることから始めようと考えた。


「いいえ。ですが貴方達は私にとって殿下を届けてくれた恩人ですから」

「そう言えば、プルトンは後継者だったな」

「ええ、私達にとっての希望です」


 話題のプルトンは昨日の疲労からか、小さな寝息を立てるのみで目を覚ます様子はない。まだ成長途中の子供にとって旅とは大変な重労働だ。昨日のような数時間渡る逃走によって、体力を根こそぎ奪われていても不思議ではない。


「あいつはまだ子供だぞ。それに魔族ではない。あの年から後継者としてやっていけるのか?」

「魔族の王に必要なのは身の内に宿す魔の総量です。殿下の魔はそれを十分に満たしております」

「……資格は十分、後は教育次第ということか?」

「いいえ、魔族の王に教育は不要です」

「なに?」


 最低限とはいえ貴族の教育を受けているニトローナだからこそわかる。人の上に立つものはしっかりとした教育を受けていなければ、集団の発展どころか維持すら出来ない。ニトローナの父ヨーゼフ・ヴィルブランドは高度な教育を受けているからこそ良質な特産品を利用して領地を発展させ、伯領軍を組織して豚鬼の襲撃から領地を守り維持している。

 それが国という規模になれば数十年をかけた教育を施さなければならない。

 もしも何の教育も施していないものが王になれば、我欲に満ちた者達に貪り尽くされ、国は崩壊する。

 教育が必要のない王を頂く魔族の国家。

 ニトローナには想像できなかった。


「申し訳ありません。此処から先は国家の秘隠ひいんとなっていますので、お教えできません」

「……そうか」


 何か秘されるものがあるのだろう。教育を施さない王でも統治できる何かが。

 ニトローナはとりあえず疑問は頭の隅に追いやった。すると意識が僅かに薄れかける。どうやら体が休息を欲しているようだった。

 その様子に気づいたセロは優しい笑みを浮かべる。


「疲労が抜けきっていないのでしょう、もう少しお休みください。この場はもう少し夜でいてもらいましょうか」


 セロはそう言いながら入り口の蔓を手で掴む。すると洞穴の外からザザザザッと葉ずれの音が聞こえてきた。そして開かれたはずの入り口は蛇のように這いよってきた蔓に覆われ、洞穴内は夜の如き闇に染まった。


「なんだそれは……植物を、操ったのか?」

「操ったのではありません。お願いしたのです。この子たちは素直ですから、これぐらいは聞いてくれるんですよ」


 姿だけだと思っていたら行動まで人間離れしている。

 それは興味深くもあり、恐ろしくもあった。

 未だ魔族の領域に入ったばかりだというのに、これから先に獣の部族という者達も存在し、さらには魔族の王が待つみやこまで行かなければならない。この先プルトンを届けるまでに、理解できない現象をどれだけ目のあたりにすることになるのか。

 そこが興味深くもあり恐ろしくもある。

 とりあえず妹へのみやげ話が増えたということにして、ニトローナは眠気に意識を委ねていった。

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