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20.禁足地へ

 新たに加わったラギスという女性は小柄で、身に余る躍動を周りに放つような明るい性格をしていた。妹以外に興味が薄いニトローナや言葉を禁じられたプルトン、時折思索に耽るイシュランディルに犬のセルロゥという無駄口が殆ど無い者達を、会話の渦へ巻き込んでいくような存在だった。


「へえ、かわいい妹さんじゃない。旅が終わったら紹介してね」

「ちょっと師父、道外れてるわよ。まさかボケてないでしょうね?」

「こらプルトン。野草をどけちゃ駄目よ。ちゃんと食べなさい」

「ほーらセルロゥ、肉あるよ肉、食べる?」


 などなど。他人と積極的に関わっていく性格であった。小柄で好奇心旺盛に話しかける様子はどこか小動物を連想させ、プルトンへの面倒見の良さから母や姉といった保護者的な側面も見せた。



 暗殺者を退けたニトローナ達旅の一行は、建国王が定めた禁足地まであと一日という所まで来ている。

 そして大森林の西端が目視できる地点に川があり、早めの野営をすることになった。翌日には人の手が入らない未開地を歩くことになるので、これまでの疲れをとっておくことが目的だ。


「じゃ、私たちは川で身を清めてくるから、留守番よろしくね」

「何?」


 焚き火用の枯れ木や夕食用の野草を集め終え休もうとした直後、ニトローナの片腕を取ったラギスがそう宣言した。何も聞いていなかったニトローナには寝耳に水であった。


「ほらいくよ」

「いや、私は別にーー」

「いいからいいから」

「武器を忘れるでないぞ」

「持ってるからだいじょーぶー」


 野営地にはイシュランディルとプルトン、セルロゥを残して二人は林に囲まれた川へと歩いて行った。

 ラギスは小柄ながらやけに力強く、ニトローナが抵抗する間もなく川辺へと引っ張られる。そこは木が生い茂り、周囲から隠れるような場所だった。


「いい、ニトローナ。いくら老人と子供しかいないからって身嗜みに気を使わないのは駄目よ」

「私はそういうことはあまり気にしなーー」

「私が気になるの! 少し臭うし」

「そうか?」


 腕を鼻に近づけてみるがよくわからず、ニトローナは疑問符を浮かべる。


「いいから、ほら早く脱いで。脱げ」


 有無を言わせぬ様子のラギスに若干引き気味に頷いたニトローナは革鎧の紐を外し、布の服だけになる。その間にラギスは豪快にも素っ裸になり、持ってきた革袋から体を擦るための布一枚を取って川に身を浸していた。

 ニトローナも服を脱いで肌を晒し、川へ入る。水深は浅く、腹部が浸る程度だった。日が昇るうちなら少し冷たい程度の川の水は、心地よかった。


「じゃあ背中向けて。私が先に擦るから」


 そう言ってラギスは川に浸した布でニトローナの背中を擦り始める。なかなかに力強く、垢や汚れが落ちるのを感じた。次いでニトローナがラギスの背中を布で擦る。


「んー、もう少し強くてもいいよ」

「そうか。セリンには、妹にはこれぐらいでちょうどいいと言われたが」

「妹さん十三だっけ? だったらこれぐらいでいいけど、私は物足りないかな」

「わかった。少し強くいくぞ」

「はいよー。あぁ、それぐらいが丁度いいねー」


 気持ちよさそうにため息を吐いたラギスは空を見上げた。


「ニトローナはさ、王国の貴族なんだよね?」

「ああ、王国南西部に領地を持つ家の長女だ」

「てことは、いろいろ教育されてるの? 貴族式の礼儀作法や歴史や統治経営の教育とか」

「礼儀作法はまあ、他の貴族と会話できる程度には父に躾けられた。座学も同じようなものだな。人前で恥をかかない程度の知識は教えられている」

「貴族ってそんなものでいいの? もっと厳しくするものだと思ってたけど」

「父の治める領地は豚鬼との争いが絶えなくてな。最低限の知識と礼儀作法を修めたあと、妹と領地を守りたくて、父を説得して剣術を習わせてもらったんだ。それからは貴族らしい夜会に出ることもなく、豚鬼相手に剣を振り続けた」

「へえ、貴族にも色々いるんだねー。私のところとは大違いだ」


 自嘲気味に呟かれたその言葉は、どこか悲しげな響きだった。思わず手を止めたニトローナに対し、軽いため息と共にラギスは言葉を吐いた。


「ニトローナはさ、私が帝国人だって言ったら、信じる?」

「……半分ほど信じてもいい」

「なにそれ? まあ知り合って数日だからそんなものかな。じゃあここからは独り言だと思って聞いてくれる?」

「それぐらいなら構わない」

「ありがと。私は帝国でそれなりに高い身分の両親のもと生まれたんだ。でも父と母は夫婦にはなれなかった。父にはとっくに奥さんがいたし、母は八番か九番目ぐらいの相手だったからね。まあ、母の実家が裕福だったおかげで不自由はなかったよ。でも父が死んで状況は一変、私の腹違いの兄が父の後を継ぐために他の兄弟姉妹を殺し始めたんだ。で、私は逃げて逃げて逃げ続けて、王国にたどり着いたってわけ。

 まあ、辿り着いたって言っても殆ど死にかけだったんだけどね。そこを師父に拾われたんだ」

「イシュランディルのことを師父と呼んでいたが、弟子なのか?」

「弟子っていうほど何かを教えられてはいないんだけどね。ただ他に呼び方が思いつかなかっただけ。最初の頃は様付けで呼んでたけどすごい嫌そうな顔するから、だったら師父でいいやって決めたんだ」

「イシュランディルが嫌そうな顔か……想像できないな」

「凄かったよ、顔中の皺が中心に集まって誰が見ても嫌そうな顔ってわかるから」


 そうして会話は笑い話で終わることが出来た。

 お互いの背中を擦り終わり、後はそれぞれ自分で前の汚れを落とそうかと手を止めていたニトローナと振り向くラギス。そこでラギスは固まってしまった。

 その様子にニトローナは見覚えがあった。ヴィルブランド領の自宅で数日おきに妹と風呂にはいる際に、何度か似たような事があったことを記憶にとどめている。妹のセリンはニトローナの胸部に視線を向けては固まり、自身の胸部を見下ろしながら不機嫌な顔になるのだ。ラギスも自身とニトローナの胸部を見比べるようにして表情を不機嫌に染めていく。


「……大きいとは思ってたけど、間近で見るとなかなかの迫力ね」


 おもむろに両手を上げるラギス。その両手はニトローナの胸部へ向かった。

 そして揉む揉む。


「おぉぉぉ、柔らかくありながらもしっかりと押し返してくる反発力。なんと凄まじい……」


 不機嫌から恍惚、そして畏れへと表情を変化させたラギス。これもまた見た経験があった。どうやらセリンとラギスは似通う所があるらしい。主に胸に対する執着が。


「別に育てば大きくなるのではないのか?」

「ぐっ、持たざる者を理解してない言葉が憎い!」

「こら、つねるな痛いぞ」


 なぜか乳房を指で摘みながら鼻息を荒くしていくラギス。そんな彼女に対し、疑問を投げかけるニトローナ。


「その身長ならまだ背も伸びるだろう? なら胸も大きくなるんじゃないか?」


 その言葉は胸囲の地平線ひんにゅうを持つものにとって、そして既に成長を『終えている』者にとって、看過できない言葉であった。

 ラギスはニトローナの乳房から手を離し、川の水面を覗きこむように顔を俯ける。身体が寒さとは別の意味で震えていた。


「わ……………………だ」

「何? 何と言った?」


 ニトローナがラギスの顔に耳を近づけた直後、小柄な彼女は両手を広げて跳び上がった。


「私はもう二十五歳で成長しないんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




 二十分後。

 二人は川から上がり、汚れていない服へ着替えていた。

 ラギスは気まずそうな顔で上着を着替え、ニトローナも同じ様子で下着を穿いた。


「その、ね。醜態晒してごめんなさい」

「いや、まあ、私も少し無神経だったようだ」

「ううん、私もこんな年なんだから気にせず流せればいいんだけど、これ以上成長しないことを考えるとどうしてもね。あぁ、知り合って数日でこの醜態…………酷すぎる」


 他人と体を洗い合うことによって、色々知ることはあるのだと知ったニトローナであった。





 そして翌日。

 旅の一行は禁足地ーー大森林の西端へとたどり着いた。ここから先は数百年は王国人が入っていない未開地となっている。ニトローナの覚えている限りでは、この先に関する情報はどの書物にも載っていなかった。完全に未知の領域である。

 大森林に入れば整備されていない道無き道を進む事になるので、荷駄馬は旅の荷物を下ろして王都方面へと逃がした。運搬手段を失うのは惜しいが、荷駄馬には大量の草と水が必要だ。未開地でそれらを確保できる余裕はない。

 故にここからは徒歩で進むことになる。

 イシュランディルが口にしていた緑の部族は、それほど遠くない場所に居を構えているらしく、まずはそこまでたどり着くことが目標となった。


 ヴィルブランド伯爵令嬢ニトローナ・ヴィルブランド。

 ヴィルブランド家の飼い犬セルロゥ。

 虹賢者イシュランディル。

 魔族国家の後継者である禁言のプルトン。

 帝国からの逃亡者ラギス。


 四人と一匹は王国の初代国王が定めた禁足地へと、足を踏み入れた。

ようやく本番が始まるというところに来ました。

ここから旅の一行の中でも無口なキャラに出番作っていく予定です(予定は予定)

これからもよろしくお願いします

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