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16.旅立ちと禁言

 旅立ちの朝。

 ニトローナは皮鎧で身を包み、旅の荷物を入れた背囊を背負った。腰には長剣と短剣を帯びている。準備が終わると自室から出て屋敷の玄関へと向かう。廊下からホールのようになった玄関へ出ると、使用人たちがニトローナを送り出すためにホールの両端に並んでいた。そして玄関扉の前には父ヨーゼフと妹セリンがいる。


「まったく、大げさな」


 ニトローナとしては、少々家を開ける程度の感覚で出発したかったのだが、恐らく父と妹が許さないのだろう。家族二人の前に進み出ると、まずは父から抱擁があった。


「無事を祈っている。自分の命を再優先にな」

「はい、父上。セリンを頼みます。くれぐれも、頼みます。悪い虫がつくようならしっかりと防いで記録しておいてください。帰ってきたら私が処理しますので」

「……とりあえず、まかせておけ」


 呆れたような声で抱擁は終えたヨーゼフは使用人の一人に目線を送る。するとその使用人は一本の剣をヨーゼフへと手渡した。そしてヨーゼフは感慨深そうな表情で、剣をニトローナへと差し出す。


「これを持って行け。アンシェルの、お前の母が使っていた剣だ」

「母上の?」


 言われて記憶を探ったニトローナの脳裏に描かれたのは、確かに剣を振る亡き母であった。聞くところによれば、母はヴィルブランド領の兵士たちが束になっても敵わないほど強かったらしい。今のニトローナと同じように、豚鬼と戦ったという話も聞いている。

 だがニトローナを産んだ後はほとんど剣を取ることはなく、一般的な母親として娘を育てていた。

 そんな母が戯れのように剣を振るっていた光景を記憶に留めている。その姿はニトローナの雑な剣技とは違い、舞踊に見えるほどの流麗さを持ちながら、敵を容赦なく切り裂くような果断の一面も持ち合わせていた。

 その時に振るわれていた剣。奇妙なのは剣身の根本に掘られた紋章だろう。何かヤスリのようなもので削られたのか、荒い断面のみで判別しづらいが、青い十字のような紋章だった。

 ニトローナは剣を父の手から受け取り、わずかに鞘から抜いてみる。それなりに古い剣のはずなのに輝きを反射し、指で刃をなぞれば指ごと落ちそうな鋭さを持っている。すばらしい業物だった。


「父上。これはいただけません」

「何故だ、いい剣だろう?」

「ええ。ですがこれは母上が家族を守るために使っていたと聞いています。家族を守るために豚鬼と対峙し、剣を振るったと。だから私も家族を守るために、この剣を使いたい。今回の旅は目的が違います」

「そう、か。お前がそう言うなら仕方ない」


 少し残念そうな父の話が終わると次はセリンの抱擁。身長差があるのでニトローナの胸部にセリンの顔が当たるが、気にせず抱きしめる姉。そして苦しげな声を上げる妹。


「ちょっと……姉様」

「しばらく留守にするが、何かあれば父上を頼るんだぞ」

「わかってるから……力が強いわよ」

「ああ、すまない」


 抱擁を解いたニトローナをセリンは睨みつけるように見上げた。


「姉様こそ身体にはお気をつけ下さい。いつも無頓着なのですから。あとは男の人に警戒心を持つこと。姉様の胸は、その、大きのですから外ではしっかりと隠してください」


「問題ない。ちゃんと隠れているぞ」


 そう言うニトローナだが、彼女の胸は表面が革鎧に包まれてはいても質量的に出っ張っていて逆に目立っていた。


「私もいつか、大きく……」


 呪詛のような呟きを漏らす妹の頬を撫で、ニトローナは使用人たちに目を向ける。ニトローナの視線に頭を下げて応える彼らは、領都出身者もいれば農村から出てきている者もいる。中にはニトローナが赤ん坊の頃から務めている者もおり、ある意味血の繋がらない家族のような者たちだ。


「家のことを頼む」


 その一言に応えるように、彼らは更に深く頭を下げた。

 庭にいる飼い犬のセルロゥはに早朝に別れを済ませてあるので、家ですることは全て済んだ。あとは領都の北門へ向かうだけだった。

 

「それじゃあ、行ってくる」


 父は頷き、妹は瞳を潤ませ、使用人たちは頭を下げて見送った。

 ニトローナは扉を開いて一歩踏み出しーーそこで足を止めることになった。


「セルロゥ?」


 庭にいるはずの飼い犬セルロゥが後ろ脚を曲げて扉の前に座っていた。まるでニトローナを待つように。


「姉様、セルロゥがどうかしましーーどうしてここにセルロゥが?」


 扉に近づいてきたセリンもニトローナと同じように目を見開いている。

 セルロゥは二人に一声鳴くと立ち上がり、まるでニトローナを先導するようにヴィルブランド邸の敷地外へと向かった。

 それを見たセリンは手を叩いてセルロゥの気を引く。セルロゥは敷地外に出る直前で足を止めて振り返った。


「セルロゥ、おいで」


 いつもならそれで駆けて来るセルロゥだったが、何故か動かない。


「セルロゥ?」


 妹が疑問符を浮かべる横で、ニトローナはセルロゥと視線を合わせ、あることに気がつく。前世が犬だった頃の名残か、ニトローナにはセルロゥの瞳から意思が読み取れたような気がした。


「セリン、セルロゥを連れて行ってもいいか? 私について来る気のようだ」

「姉様? え、でも、わかるのですか?」

「勘だ」

「勘って……」


 呆れた様子のセリンは小さくため息を吐くとセルロゥへと近づき、頭に手を置く。


「よくわからないけど、姉様をお願いね」


 頭を撫でられたセルロゥは「ウォン!」と応えるように鳴き、再びニトローナへと視線を向けてくる。

 どうやら本気のようだと悟ったニトローナはセルロゥの隣へと並ぶ。


「少しおかしくなったが、とりあえず行ってくる」

「ちゃんとセルロゥと一緒に帰ってきてくださいね。約束ですよ」

「ああ、約束だ」

「では、いってらっしゃいませ、姉様。無事のご帰還をお祈りしております」




 こうしてニトローナはヴィルブランド邸を後にした。革鎧に身を包んで背嚢を背負い、隣には犬のセルロゥを伴って、領都の北門を目指した。

 予定では領都北部の林檎畑を超えた所にある小高い丘で、旅の同行者と待ち合わせている。

 王都で出会った不可思議な能力を使う老人と、禁足地を超えた場所にある国家の後継者が、その場所に来るはずだ。

 後は止まることなく待ち合わせ場所に向かうはずだったのだが、北門を抜けたところでニトローナの足は止まることになった。

 何故なら百人弱の男たちが待ち伏せていたからだ。


「無事の帰還をお祈りしております、お嬢!」

「またお嬢の指揮下で戦えるの待ってるぜぇ!」

「おみやげよろしくなぁお嬢!」


 領都から北へと続く未知の左右に並ぶ男たちは、口々にそんなことを叫んでいた。

 彼らはニトローナが豚鬼と戦う際に率いている者達だ。農民、商人、料理人、警備兵といった様々な職の者たちがニトローナの元に集い、豚鬼と戦う。

 戦いが終わればそれぞれの職務に戻り、街中で見かければ挨拶する程度の関係のはずだった。

 しかし彼らはニトローナを見送るためだけに集まった。集まってくれた。

 ならばニトローナも応えねばならない。彼らを率いる群れの長として。


「暫く領都を留守にする。その間の護りはお前らに任せたぞ。再び見えた時は、共に戦おう!」

【おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!】

「ウォォォォォォォォォォォン!」


 ニトローナが言葉ととも拳を上げると、セルロゥまでそこに混じって、約百人と一匹の怒号が辺りに響き渡る。部隊の者たちも拳を上げる中、幾人かが赤い旗を掲げているのが目に入った。青地に大きな赤い犬と小さな林檎の文様が描かれた旗だ。禍々しく描かれた犬の隣に林檎があるせいか、滑稽な雰囲気を醸し出していた。

 ニトローナは近くにいる布を扱う商人に問う。


「布屋、あの旗はなんだ?」

「ん? ああ、あれは部隊の旗さ。お嬢の見送りついでに作っちまおうって皆で決めた柄だぜ。どうだ、いいもんだろ?」

「まあ、そうだな」

「柄を決めるときは色々揉めたが、犬の絵柄にすると不思議なもんでよ、それまでバラバラだったのに皆納得しちまったんだ。お嬢には何故か犬が似合うってな。で、お嬢の髪の色と伯爵領産の林檎を入れて完成ってわけだ」

「ほう。そうかそうか。なかなかいいぞ」


 犬が似合う。そう言われて面映ゆい気分になるのはニトローナぐらいだろう。


「ところでお嬢、部隊の旗を作ったついでに部隊名も付けないかって話が出てるんだが、何か候補はあるか?」

「あれでいいだろう」


 そういうニトローナが指差すのは部下たちが掲げた旗。その中に描かれた赤く禍々しい犬だ。


「赤犬部隊。私達を表すのならそれで十分だ」

「赤犬、赤犬ねぇ。いいな、それなら皆すぐに覚えるだろ」

「頼んだ。では行ってくる、後は任せた」

「ああ。またな、お嬢」


 ニトローナがセルロゥと男たちが並ぶ道を進む。左右に並んだ彼らは右手の拳を胸の中央に当て、敬礼を表した。

 それは領地を守る番犬たちが、群れの長を見送る光景だった。



 ヴィルブランド伯爵領北部。領都トルエンから林檎の木が等間隔に植えられた林檎畑を抜けると、小さな丘が見えてくる。その丘からは南に広がる林檎畑と領都トルエンが見渡せ、ニトローナがセリンと共によく訪れたことのある場所だった。

 丘を登り切ったニトローナとセルロゥを迎えたのは二人。


「先程の怒号、ここまで聞こえたぞ。なかなか猛々しい部隊を率いておるの」


 一人は六十代程度の旅装の老人。頭の白髪を後ろへ撫で付け、全てを見透かすような視線を向けてくる。


「ああ、私の自慢の群れだ」

「部下を群れと称すか、面白いのぉ。ところで、隣に居るそやつはなんだ?」

「家で飼っている犬のセルロゥだ。どうやら私に付いて来るようでな、だめか?」

「そやつが犬だと? まったく、恐ろしいことを言いよる。かまわんさ、そやつの好きにさせるといい」


 老人の言葉に引っかかりを感じたニトローナだが、構わずに流した。それよりも気になることがあったからだ。


「ところで、後ろにいる小さいのは孫か何かか? あと『荷』はどこだ?」

「孫? 違う違う。こやつが『荷』だよ」


 そしてもう一人、老人の後ろに隠れるように立っていた少年が、老人に押されてニトローナの前に出てくる。茶色の髪に怯えをたたえた金色の瞳。顔は平凡以上だが第二王子グラウバーほど他者を惹きつけるような特徴はない。


「こいつが、王子?」


 ニトローナは会ったことのある王子がグラウバーだけのせいか、自分と同年代の青年を想像していた。しかし現実は青年ではなく少年だ。下手すれば妹のセリンと同年代か、それ以下に見える。おまけに魔族の王子だというのだから、どこかしら異貌の片鱗が見えると考えていたのだが、見た目は完全に人間だった。


「そうだ。こやつが魔族の王子、禁言のプルトンだ」


 プルトンという名の少年は言葉を口にすることはなく、怯えた目でニトローナを見上げてくる。かと思えばその隣に視線を移してセルロゥにまで怯え始めた。

 第二王子グラウバーとは比べるまでもないほどの薄い存在感と、過剰とも思える臆病な視線。そんな小さな王子に、不安しか抱けないニトローナだった。

 ちょっと詰め込み過ぎたかもしれません。それでいて足りない部分があると気づいて焦りました。

 一章と二章の間に王子と老人の話を入れるはずが書き忘れるという失態。老人の紹介用の話だったのに書いてないものだから、未だに老人は老人で名前が出てこない……

 章間に差し入れるか、そのまま話を進めつつ紹介していこうかと考えています。

 それでは、今後ともよろしくお願いします

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