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15.嘘の別れ

 ニトローナ・ヴィルブランドは妹セリンと共にヴィルブランド領の領都トルエンへと帰還した。

 領政に忙しいヴィルブランド家の当主ヨーゼフが珍しく、二人の娘を出迎えた。その表情は年頃の娘を持つ父親としての期待が見え隠れしている。


「よく帰ったな二人共。王都の夜会はどうだったかな?」


 そこでニトローナは思い出す。今回の夜会出席は婚約者候補探しだったのだ。ヨーゼフは婚約者になりそうな子息と連絡を取れる程度の関係を持てとニトローナに告げていたが、当のニトローナ自身が完全に忘れていたのだ。

 ニトローナが望む能力を持った子息がいなかったという理由もあるが、第二王子グラウバーの要請が大きな原因だ。


 ニトローナは王都での出来事を父親には敢えて何も知らせていない。王家の秘に関わることなので、ニトローナ自身が何かを伝えることは許されていなかった。

 ただしグラウバーが書いたヨーゼフ宛の手紙を届けることが許可されている。内容は、王国北部にある大山脈を調査する際の護衛として、ニトローナを借り受けたいという嘘の内容が記されていた。元々大山脈周辺にはいくつかの鉱山が存在しており、今回の調査で大山脈自体に存在するであろう鉱山を調査するという、もっともらしい偽の理由だ。ニトローナは大山脈に生息する肉食獣などを撃退できる護衛として同行することになっている。

 グラウバーからの手紙をヨーゼフに渡すことで偽の理由を伝えることは許されるようになるが、これから家族を騙さなければならないことに罪悪感を覚えるニトローナだった。


 セリンは期待するような父親の手を取る。


「とても楽しめました。フェノール家のエクラジット様にお会い出来ましたし、とても有意義な夜会でしたよ、お父様」

「おお、そうか。フェノール家の倅もいたのか。久しぶりに林檎の蜜漬けでも送るとするかな。それで……」


 ニトローナにちらちらと視線を送ってくるヨーゼフ。セリンを価値観の最上位に置くニトローナでも、父の期待を裏切るのはさすがに僅かな罪悪感を感じた。しかしどう言い繕っても収穫がなかったことには変わりはない。

 故に伝えるのは直球だ。


「カザル家の嫡男がセリンの美しさに当てられてちょっかいかけてきたので喧嘩を売っておきました。ですがご心配なさらず。しっかりと言い負かしておきましたので」


 王国南部において交通の要所を治めるカザル伯爵家。その跡継ぎに喧嘩を売って言い負かした。

 その事実にヨーゼフは膝から崩れ落ちた。






 しばし後、所変わってヨーゼフの執務室。


「何をどうしたらそんな結果になるんだ!?」


 玄関で伝えられた衝撃の事実に卒倒しかけたヨーゼフは、悪気を全く抱いていないニトローナに声を荒げた。

 何せヴィルブランド伯爵領産の品物の大半はカザル領を通過する。その領地の跡継ぎに喧嘩を売ったとあれば今後の関税関係に大きな影響が出るのは想像に難くない。


「確か以前に面識があったはずだな。あの時はこんな事にはならなかっただろう?」

「あの時は奴の下衆い欲望の目的が私一人だったので穏便に済ませました。しかし今回はセリンを標的としていたのですから、当然の結果です」

「あの若者は確かに野心的ではあったが……まあ、お前の目の前でセリンに手を出そうとしたのならどうしようもない、か」


 執務机に両肘をつき、両手で顔を覆ったヨーゼフは大きなため息を漏らした。


「まあいい。やってしまったのは仕方ない。それで、夜会での出来事はそれだけか?」

「それだけですが?」

「いや、カザル家の倅だけではなく他の家の子息とはどうだった?」

「ああ、胸ばかりに視線を向ける軟弱な者たちなら大勢いました。あの程度なら顔に一撃入れる程度で沈めますよ」

「そうじゃねぇよ!」


 声どころか口調まで荒げたヨーゼフは自制の限界を超えたのだろう。セリンが慌てた時に口調を乱すのは親譲りであった。


「婚約者になりそうな奴と繋がりを作って来いと言っただろうが! まさかとは思うが……」

「ええ、そのまさかです。繋がりを作る価値が有るものはいませんでした」

「お前、あんな機会は滅多に無いんだぞ。折角第二王子殿下が王国の若手貴族を集めたってのに」


 ヨーゼフは突っ伏すように机に顔を載せ、両手で頭を抑えた。儲けを逃した商人のようだと、ニトローナは他人事のように思った。そして父の言葉に第二王子とあった事に手紙の存在を思い出す。


「父上、第二王子殿下から父上宛に手紙を預かっています」

「……おおお前まさか、第二王子殿下にまで喧嘩売ってきたんじゃないだろうな?」


 殺意を抱いた上に殺害しようとした事は黙っていようと考えたニトローナであった。卒倒どころか即死しそうだ。






「大山脈の鉱脈、か」


 グラウバーからの手紙を読み終えたヨーゼフは、訝しげな視線をニトローナに送った。


「怪しいどころの話じゃないぞ。手紙にはお前が要請を受けたとあるが、事実か?」

「はい」


 淀みなく答える娘に、ヨーゼフは目を伏せた。


「……お前には、こういう事に関わってほしくなかったんだが、貴族という身分では無理な話か。断ることが出来ない事情でもあったか?」


 ニトローナの答えは沈黙。しかしそれは雄弁な答えでもあった。


「そう、か。わかった、詳しくは訊かん。裏にどのような目的があろうと、お前自身が納得して受けたのならそれでいい。第二王子殿下の期待に応えてこい」

「はい」

「だがお前の身に何かあった場合、俺は自制するつもりはない。それを肝に銘じておけ」

「ありがとうございます、父上」

「まったく、その猪突猛進ぶりはアンシェル譲りか」


 ヨーゼフは苦笑するような声でありながら、哀愁ただよう表情を浮かべた。ヨーゼフの妻でありニトローナの母であった女性アンシェル。ニトローナも既に亡くなっている母の記憶を探ってみると、確かに猪突猛進という印象が強い。

 多くの物事に対してとりあえず体当たりし、色々とかき回しつつも最後にはしっかり目標達成するという性質を持った母だった。

 母譲りと言われれば自分でも納得できるニトローナだった。





 夜。

 夕食と湯浴みを済ませたニトローナはセリンの部屋を訪れていた。勿論一緒に眠るためだが、今回は別の目的もあった。

 椅子に座るセリンの後ろに立ち、妹の髪を優しく梳いていくニトローナ。その手つきは妹以外には表さない優しさで満ちていた。

 髪梳きが終わると、ニトローナはセリンを寝台へ座らせ、自分は椅子を持ってきてセリンと向い合うように腰を下ろす。

 

「セリン、王都での言えなかったことを話してもいいか?」

「今なら話せるんですね。わかりました、どうぞ」


 ニトローナは緊張に喉を鳴らす。


「私は暫くの間、領地を離れることになった」


 少しの言葉を口にするだけでニトローナは額に汗を浮かべる。動悸は激しくなり、指先が震えるほど緊張していた。王都で覚悟が決まっていようとも、ニトローナにとってセリンと離れるのはそれほどに重大なことなのだった。

 姉の言葉にセリンは僅かな沈黙をおいて口を開く。


「少し、覚悟はしてました。王都での姉様の様子からして、何かあるのだろうと。離れる理由はグラウバー殿下に関係があるのですか?」

「ああ。殿下の要請で、北の大山脈の鉱脈を調査する者達の護衛だ。ただの兵士よりも実戦経験のあるものが必要らしい」

「いつ迄、護衛は続くのですか?」

「わからない。とりあえず調査してから判断される。恐らく一年はかかるだろうと言われた」

「一年、ですか」


 セリンは気落ちするように俯いてしまうが、すぐさま顔を上げて微笑んだ。


「わかりました。無事の帰還をお祈りしております、姉様」


 十三という年齢でありながら寂しさを見せず、最愛の姉を命の危険がある調査に送り出すセリンはまさに貴族令嬢であり、淑女の片鱗を見せていた。

 姉として妹の成長に喜ぶべきところなのだが、僅かに納得がいかないのがニトローナだ。


「なあセリン」

「はい?」

「ここは涙を見せながら『行かないで』と言いながら私に抱きつく場面じゃないのか? そこを私が抱き返して宥めることができると、姉として満足だ」

「私はそこまで子供じゃなぁぁぁぁい!」


 妹の成長が早くて若干寂しいニトローナだった。

 この後、顔を怒りに染めたセリンが姉の頬を赤くなるほど引っ張ることが、姉妹の定番であった。





 それから数日後。

 ニトローナは旅立ちの朝を迎える。

 そして、王国を巡る動乱の始まりでもあった。

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