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11.王城にて

 第二王子グラウバー・コルダイト。コルダイト王家の長ヨハン・コルダイトの次子であり、王位継承権第二位を持つ最も高貴な存在の一人である。ニトローナ・ヴィルブランドの伯爵令嬢という地位からしても高みにいる人物だ。

 そんな彼からの招待状となれば、貴族令嬢なら恐怖と同時に期待と興奮を覚えるだろう。仮に第二王子の心を射止めることができれば、王族の家系に入ることになる。そしてあわよくば未来の国母となれる可能性すらあるのだ。


 しかしニトローナはまっとうな貴族令嬢とは少々違う価値観を持っていた。ニトローナとして生まれ落ちるよりも前、四本足の犬として生きていた頃の影響により、妹こそが価値観の最上位に位置されている。故に妹よりも価値が低い第二王子からの招待状からは、厄介事の匂いしか嗅ぎ取れなかった。


 とはいえ断れるわけでもない。王族からの招待とは絶対であり、断れない命令でもあるのだ。当主である父が危篤であるなどの緊急事態であれば断ることも出来るだろうが、あいにくとそんな事態は起こっていない。正直に厄介事は避けたいなどと口にすれば不敬罪に問われるので論外だ。

 結局、招待に応じるしか選択肢はなかった。


 夜会の翌日に招待状が届けられて二日後。

 王城へ向かう馬車を前に、ニトローナの表情は不機嫌に染まっている。予定では夜会の翌日以降、妹のセリンと王都観光を楽しんでいたはずだった。

 しかし滅多に訪れない王都を妹と満喫しようと考えていたニトローナの予定は、招待状一つで木っ端微塵に砕け散った。なぜなら招待状が届いてからというもの、王都の屋敷にいる侍女たちは貴族向け服飾店に使いに走り、届けられた衣類や装飾品をニトローナに着せては調整することを繰り返した。全ては第二王子に気に入られるために。

 

 勿論セリンも侍女たちとともに準備に加わっていた。

『姉様の髪型に合わない』

『姉様の髪の色より強すぎる』

『これは大きすぎます。もっと小さいものを』

『この色だと自己主張が激しすぎます。別の色を』

 というように積極的だった。

 もはや味方はいないと諦めたニトローナにとって幸いだったのが、素材の良さを活かそうとした装飾品の控えめな選択だろう。最初に集められたサイズがやけに大きい耳飾りや拳に巻けば人を殴殺出来そうな首飾りなど、見るだけでセンスを疑うものが多かった。

 それを修正したのがセリンであり、第二王子の招待という異常事態に混乱していた侍女たちも普段の調子を取り戻していった。

 凛々しいセリンの姿に感動したニトローナが抱きついてしまい怒られる問題もあったが、その後は混乱なく進んだ。


 そして当日。ニトローナは、妹と屋敷の者たちに見送られて王城からの迎えである馬車に乗り込む。ニトローナが未婚の令嬢ということもあり、侍従ではなく王宮付きの侍女が共に乗り込むことになっているが、不機嫌さを隠していないニトローナの様子に肩を縮こまらせていた。

 

 貴族たちが邸宅を構える区画を王城方面へと進めば、荘厳な城の屋根や城壁が見えてくる。城壁の上では監視用の兵士が周囲へ目を光らせ、周囲に掘られた堀が侵入者を阻んでいた。

 御者は馬車を正門へと向ける。そこで身分の確認や要件を告げることで城壁の内側へ入ることが許される。さらに身体検査も受けてようやく入城ができた。


「こちらです」


 侍女は自分の慣れた場所に戻ってきたおかげか怯えた様子はなくなり、ニトローナを王城内へと案内する。

 清潔と静謐に満たされた廊下。季節の花が生けられた花瓶。大空と大山脈を描いた絵画。まさに王の住む城であるという空気に満たされた空間は、そこにいるだけで張り詰めたような緊張感が感じ取れた。

 時折すれ違う侍従や侍女、王宮に務めるの貴族や警備兵。彼らも皆硬い空気を纏っている。そんな者達がニトローナとすれ違うと僅かな驚きを持って目を向けてくる。

 彼女の服装は緑を基調としたドレスに薄い青の耳飾りが特徴であり、燃え上がるような赤髪を引き立てるように調整されている。ニトローナが歩みを進めるたび、少しウェーブのかかった赤髪が、文字通り燃えるように尾を引いていた。

 高貴な貴族が行き交う王城の中で働けば、どうしても目が肥えてしまう。そんな者たちから視線を集めるニトローナを着飾ったセリンや侍女たちの働きは成功したと言っていいだろう。

 しかしそんなことに興味のないニトローナは、ヴィルブランド領とは全く違う雰囲気に、窮屈さを感じていただけだった。元々犬として生きていた経験もあり、あまり貴族としての美意識が根付いていない彼女にとって、城内は興味が惹かれない場所だった。


 侍女に連れられて廊下を歩き、階段を登り、さらに廊下を進んだところで第二王子の待つ部屋にたどり着いた。その場所は静謐な王城の中でも更に静かな場所だ。先程まで見かけた貴族どころか侍従や兵士の姿もほとんど見えず、足音が耳に響く。どうやら王城内でも奥にある部屋のようだった。

 扉の両脇に立つ警備兵に礼をして、扉へ向けて侍女が一言。


「ニトローナ様をお連れいたしました」

 

 十秒ほどおいて扉が開かれる。部屋の中にはもう一人の侍女がおり、ニトローナを案内していた侍女と交代するようだった。

 扉を開けた侍女に入室を促される。一つしかない窓から光を取り入れた部屋は薄暗く、僅かな埃の臭いが鼻を突く。部屋の中は無駄を省くように、廊下にあったような花瓶も絵画も見当たらない。あるのは隙間なく本が収められた棚と長椅子、太陽光を取り入れるための窓、そして奥へ繋がるもう一つの扉だった。

 どうやらさらに奥の部屋に第二王子がいるようだ。盗聴対策のためなのだろう。


「大変申し訳ありません。殿下は別の方と歓談中ですので、しばらくお待ち下さい」


 そう告げる侍女は頭を下げてニトローナへ長椅子へ座るように促すと、奥へ続く扉へ近づき、ニトローナの到着を告げる。

 それから数分ほどの時間が過ぎた。長椅子に座って待つニトローナは不愉快さを隠すように瞼を伏せる。人を待たせて歓談とはいい御身分だなどと、口に出せば不敬罪に問われるようなことを頭に浮かべていると、奥への扉が開かれた。


「お?」


 疑問符が混じった声は聞き覚えがある声だった。それもごく最近、数日前に聞いた声だ。


「お前も呼ばれてたのか」


 ニトローナが瞼を上げて声の主へ視線を向ける。

 浅黒い肌に野性的な風貌をもつ山賊のような男、エクラジット・フェノールが奥の部屋から出てきたのだった。


 侍女がエクラジットと入れ替わるように奥の部屋へと消えていく。いろいろと場を整える必要があるのだろう。茶の淹れなおしや菓子の補充、そして案内されたニトローナの様子の報告など。

 また待たされるのかと呆れたニトローナの隣にエクラジットが腰を下ろした。


「お前も招待状を?」


「ああ、夜会の翌日に屋敷に届いた。おかげでセリンや侍女たちが大忙しだった」


「ははっ、そういうところは俺は楽だったな。まあ使用人たちが大慌てだったけどな」


 エクラジットは快活に笑う。王子相手なのだから、男の場合は不愉快にさせない程度の服装にすればいいのだから楽だったのろう。


「まあ、ここに来た時はさすがに緊張したが、基本的に領地のことを話すだけだったぞ。俺の場合は少し特殊で魔族との戦いが多かったけどな。お前も似たようなことを聞かれるだけだろうからそう緊張するな」


 緊張ではなく不愉快な気分を出さないように抑えているだけだったが、ニトローナは口にはしなかった。例え盗聴防止の部屋が近いといっても、どこに耳があるのかわからないのだ。

 迂闊な発言をして不利な立場になる訳にはいかない。万全な準備をしてくれたセリンと侍女たちのためにも、無難に終わらせる必要があった。


 奥の部屋への扉が開き侍女が出てくる。


「おっと、用が済んだ俺はさっさと退散するか。じゃあなニトローナ」


「ああ、またいつか」


 エクラジットが去ると、侍女へ奥の部屋へと促された。


「ニトローナ様、どうぞこちらへ」


 侍女が扉を開け、入室するニトローナ。そんな彼女を迎えたのは二人の男だった。

 一人は第二王子グラウバー・コルダイト。まだ若さが残るが、大勢の視線に動じない夜会で見せた胆力や纏う空気は王族らしさを感じさせる。そしてニトローナが夜会で殺意を持って動いた時に反応した三人の内の一人でもある。探るような視線に覚えがあった。


 そしてもう一人の男。長椅子に座る王子グラウバーの背後に立つ男に、ニトローナは違和感を覚える。五十代から六十代に見える男は、何か一人だけ異なる空気を纏っているように感じられた。貴族に相応しい礼服を着ているというのに、王城にいる者達が持つ緊張感とは無縁な、何かを超越したような理解し難いもの持つ男。

 ニトローナの記憶の中にこの男はいない。だが自身に向けられる視線に覚えがある。第二王子とは違い、探ると同時に見透かすような視線。夜会でニトローナの殺気に反応した最後の一人だ。


 エクラジット・フェノール。第二王子グラウバー・コルダイト。そして異なる空気を纏う男。

 あの夜会でニトローナの殺気に反応した者達と、同じ日に出会うことがニトローナの脳裏に嫌な予感を植えつけた。


「お目にかかれて光栄です、グラウバー殿下」

「ようこそ。ニトローナ・ヴィルブランド嬢。招待を受けてくれて嬉しく思うよ。さあ、座ってくれ」


 嫌な予感がありつつも既に逃げ場など無い。ニトローナは言われるとおりに、グラウバーの向かい側に置かれた長椅子に腰を下ろした。

 二人の間にはテーブルが置かれ、その上に茶を入れたポットや茶菓子などが載っている。部外者から見れば歓談が始まる直前といった雰囲気だろう。

 だがニトローナにそのような軽い気持ちはない。眼前の相手は伯爵令嬢とは比べ物にならないほどの権力を持っているのだから。

すいません。前回の予告詐欺になってしまいました。

今回で序章の終わりなるはずが、どんどん膨らんでいって次の話に持ち越しになってしまいました。

次こそは必ず。

あらすじも次に持ち越しです。申し訳ありません



初めてブックマーク以外で評価ポイントをもらって小躍りしたい気分になりました。今後とも宜しくお願いします。

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