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10.夜会 ④

 ニトローナ・ヴィルブランドにとって、友と呼べる者は数少ない。

 ヴィルブランド伯領軍を束ねるガサラム。彼は友であると同時に上官でもあり、さらに剣の師でもあった。

 ニトローナが豚鬼と戦う際に招集する約百人の部隊。その中で五人の小隊長は部下であると同時に友と呼べるだろう。

 そして王国南西部に領地を持つフェノール伯爵の長子、エクラジット・フェノール。ヴィルブランド領と同じく魔族の侵略に晒されており、ニトローナと同じように領地を守るために戦っている彼は、唯一といってもいい同年代の友だった。


「エクラジットか。久しぶりだな」


「エクラジット様! お久しぶりです」


 口だけで挨拶する姉と、貴族令嬢らしい優雅な一礼を見せる妹。そんな姉妹を見たエクラジットは呆れたような笑みを浮かべた。


「ああ、久しぶりだ。二人共見た目は変わっても中身は変わってないな」


「お前はまたでかくなったか? エクラジット」


「おお、戦っていれば嫌でもでかくなるさ、筋肉でな」


 百八十センチを超える身長に、礼服を着ていてもわかる分厚い筋肉。そして黒髪と浅黒い肌で構成された野性的な風貌は、エクラジットが山賊か傭兵と言われても違和感がない。

 これで十七歳だというのだから驚きだ。この体格でセリンに近寄る男を睨みつければ楽に守ることが出来るだろう。ニトローナは性別の差というものを見せつけられたように気がしたが、これほど筋肉に包まれた姿では、守るに易くてもセリンと軽々しく抱擁できないと考え、どうでも良くなった。


「エクラジット様、私はどこが変わりましたか」


 セリンは上目遣いで笑顔を浮かべて訊いた。

 ニトローナが姉ならエクラジットは兄だ。昔から時折ヴィルブランド領を訪れるエクラジットを、セリンはもう一人の兄妹として慕っていた。


「ん? 身長は伸びたし、少しだが気品もありそうだ。ますます令嬢らしくなったな、セリン嬢」


 かつての癖か、エクラジットはセリンの頭を撫でかけた手を引っ込める。いくら親しい中でも公の場で異性の頭を撫でるのは不味い。


「エクラジット様なら別に撫でてもいいんですよ」


「ハハハッ、流石に昔のようにはいかないさ。それにセリン嬢も十三歳だ、淑女として扱われたほうがいいだろう?」


「……まあ、そうですね」


 背伸びする年頃であるセリンは仕方なさそうに納得する。領地を守るために戦っているエクラジットの前では、ムキになって反論するのは子供と変わらないと思ったのだろう。ニトローナの脳裏に共に風呂に入った場面が思い出されたが、とりあえず口には出さなかった。


「でも淑女に年齢を告げるのはいけませんよ」


「おっと、こいつは一本取られたな。さて」


 エクラジットは笑顔を収めると表情を引き締める。


「先程のやり取りを見てたがあまりやり過ぎるなよ、ニトローナ」


「問題ない、ただの意見の不一致による口論だ」


「いやいや、そういう雰囲気じゃなかっただろうが。セリン嬢がしっかりと断ったんだから、二人であいつから離れて別の場所に移動するだけでも良かったんじゃないのか?」


「ああいう手合は失敗しても次は別の手段で接触してくるだけだ。なら早めに叩いておくほうがいい。まあ、少しやり過ぎたのは確かかもしれないな。反省しよう」


「セリン嬢が絡むと相変わらずだな、まったく」


 エクラジットが呆れたように肩をすくめる。


「当たり前だ。今日は大事な妹を守るために夜会に来たんだからな」


「姉様、私を守ってくれるのは嬉しいですけど、本当の目的を忘れてはいませんか?」


「なんだ? ニトローナはこの夜会で何かやることでもあるのか?」


「いや、それは。まあ、なんというか……」

 

 口ごもるニトローナの隣で、セリンがエクラジットに耳を借りるジェスチャーをする。耳打ちされたエクラジットは軽く吹き出すと、あふれる笑いを抑えるように口に手を当てる。


「お前、結婚相手、ぶふっ、探しに来たのか」


 舌打ちしたニトローナは不愉快そうに顔を歪める。


「ついでだついで。見つからないなら別に、私はそれで構わない」


「だめです。姉様はこんなに綺麗なんですから、婚約者くらいいないとおかしいです」


 姉をたしなめる妹の言葉通り、ニトローナの容姿は集まった若い貴族の中でも上位に入るほどだ。それでも子息が寄ってこないのはヴィルブランド領が物騒だという事が広く知れ渡っているからだった。そしてニトローナが魔族との争いで最前線に立っていることも原因の一つだろう。

 しかしニトローナが自分から話しかければ、大抵の相手は容姿につられて良い反応を返してくる。それを続けていけば婚約者を作ることは不可能ではない。勿論その先まで順調という保証はないが、婚約者がいるという建前は出来上がる。


「だがこれほど温い男たちの中から選ぶとなると……」


 ニトローナが夜会の中で戦場で放つような殺意を持って動いた時、ほとんど全ての貴族子弟が反応していなかった。貴族というのは時に武力を持って領地を守るものだ。それがこれでは先が思いやられる。しかし王国の現状を考えればそれも当然といえた。

 

 王国はここ百年ほど対外戦争を経験していないのだ。王国が他国と領土を接しているのは北西にある教国という小さな宗教国と、北の大山脈の向こう側に存在する帝国のみ。

 かつて帝国は王国の豊かな土地を狙って南下政策をとっていたが、それは百年ほど前のことだ。険しい大山脈は王国の北東から北西の一部まで続いており、僅かな北西部の端の地方のみ安定した行軍が行える。王国はそこを守るだけで国土を守ることが出来た。例え長期戦になろうと王国中央部からは大量の糧食が届けられるので、食糧事情が厳しい帝国は長期戦になるほど苦戦を強いられた。

 その戦争が帝国からの和平交渉で終わって百年余り。平時ほど軍事力を保つのは難しく、貴族領が保持する兵士は訓練ばかりで実戦経験に乏しい。稀に発生する小規模な領地争いだけでは質を保つことが出来ない。


 魔族との戦闘経験者は王国内では文字通り例外で、夜会に集まった若い貴族にとってはニトローナとエクラジットが『普通』ではない存在だった。


「まあ、難しいだろうな。魔族と戦う土地に来てくれる奴なんてそうそういねぇだろう。俺の場合はもう少し気が楽だが」


 そんな普通ではないニトローナが納得できるような人物はいないようだった。同じ視点を持っているという意味でエクラジットも苦労しているようだが、男である分まだマシだろう。最悪、跡継ぎさえ産んでくれるのならフェノール領の農民でもいいのだから。

 


 結局、ニトローナが納得できるような人物は夜会にはいなかった。まあ、ニトローナ自信が余り前向きではなかったことも原因ではあるのだが。


 そうして夜会が終わった翌日、ニトローナの元に一通の手紙が届けられる。侍女から手紙を受け取ったニトローナは届け人の容姿と送り主を聞いて顔をしかめた。届け人は第二王子付きの侍従であり、手紙の内容は第二王子自身からの招待状だった。王都での面倒事はまだ終わっていないことにニトローナは溜息をつく。

 

 この日、ニトローナは自身の運命を呪うことになるのだった。

次回でようやく序章っぽい部分が終わります。

うん、遅筆過ぎて申し訳ありません。

2000pv突破ありがとうございます。少しづつですがブックマークも増えてきているのでここから盛り上げていけるように頑張ります。


次回の投稿であらすじを変える予定です。私自身ネタバレとかあまり好きではないのであらすじはぼかすように書いていたんですが、ぼかしすぎてよくわからない気がしてきました。なので多少のネタバレ覚悟で人目を引くようなあらすじにしたいと思います。

タイトルはまあ、その内に……

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