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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
最終章 浅葱の彼方へ
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どんな時もあなたと朝を迎えたい

皆を見送った椿は松本良順が残してくれた屋敷に戻った。

そこはいつでも診療が始められるほどに、何もかもが揃っていた。

『いい道具があったら椿に送ろう』とも言ってくれた。


「お帰りなさい」


当面は家事を手伝ってもらう為に雇った女中のオトだ。


「オトさん。すみません遅くなりました」

「いえ。こちらは変わりなかったですよ。ではまた明日」

「ありがとうございました」


オトを見送ると椿は部屋に上がり、ある部屋に進む。

そこには布団に横になり目を閉じた、山崎がいた。

良順の治療で腹に受けた銃弾三発は無事に摘出されたが、決して油断はならない状況が続いていた。

傷を受けた内臓が正常に戻ろうと、細菌と闘っている。

その為、山崎は今も高熱が続いている。


「山崎さん。苦しいですよね、もうすこしの辛抱です」


良順は山崎と一緒に船に乗り、横浜の病院での治療を勧めた。

しかし、船に三日も揺られるとなると横浜までもつのかが心配だった。


『良順先生、山崎さんは大阪(ここ)で私が診ます』

『そうか分った。船旅は今の山崎くんには危険だな』


良順は自分が使っていた屋敷を椿にそのまま譲ったのだ。


「山崎さん、私はあなたに生きてもらいたいっ。ごめんなさい。こんなに苦しめて辛い思いをさせてしまって」


椿はいつもこうして泣きながら謝っている。

自分の勝手な思いで山崎を苦しめている。本当は楽にしてやった方がいいのではないかと思う時がある。


山崎は熱にうなされ口を少し開け、はぁはぁと息をしている。

椿は濡らした手ぬぐいで汗を拭いながら涙を流す。


その涙が、山崎の頬にぽたりぽたりと落ちる。


「ふっ、ん。泣かない、泣いちゃダメ」


そう自分に言い聞かせながら、山崎の汗を拭う。


その日も夜を呈して山崎の看病をしていた。

こんな日が三日も続くと、椿の体はもう限界だった。

昼夜問わず山崎の側から離れようとしない。離れた間に何かあったらと考えると、眠ることすら恐ろしい。

なのに体はだんだん言う事を利かない。閉じたくないのに勝手に瞼が落ちていく。


(嫌、眠りたくない・・・私が山崎さんを)


ぎりぎりまで抗い山崎の手を握り締めたまま眠りについた。

まだ一月、夜になればとても冷える。




カサっと衣が擦れる音がした。

冷たくなった椿の手を覆うように包み込んだのは山崎だ。


山崎が、ついに目を開けた!

それを誰よりも強く願っていたのは椿だ。今その本人は力尽きて眠ってしまっている。


「椿さん。あなたは、また無理を」


痛む体をおして自分に掛けられた布団の端を椿に掛ける。

そしてまだ震える指で椿の頬を撫でた。

そこには涙が伝った跡が残っていたからだ。


「すみません。随分、泣かせてしまいましたね」


山崎は死の淵から戻って来たのだ。


***


翌朝、戸の隙間から入る冷気に震え目が覚めた。


「あ、寝てた。あれっ!布団被ってる。はっ!?」


椿は自分が山崎の布団を無意識に奪ってしまったのだと、酷く焦った。山崎の体温を落とすわけには行かない。

ガバッと勢い良く起き上がると山崎に布団をかけ直し、すぐに脈をとった。そして、額にも手を当てる。


「よかった、生きてる」と椿は囁く。全身の力が抜けた。


「俺は死にませんよ」


「えっ・・・」


椿が驚いて顔を上げると、山崎が目を開けていた。

夢かもしれない、自分はまだ眠っているのではないかと何度も瞬きを繰り返す。頬をパンパンと叩く。


それを山崎はじっと見ている。そしてほんの少し頬を緩めると、

「夢ではありませんよ?」と言った。


「うそ!え、山崎さんっ?山崎さん!!」


椿は山崎の手を握りそして擦りながら確かめた。

その手はとても温かった。


「本当だ。山崎さん、山崎さん」


ぼろぼろと涙が溢れて止まない。本当はもう駄目かもしれないと何度も思った。これ以上は苦しめてはならないと自分に言い聞かせもした。

しかし、山崎は戻ってきたのだ。


「椿さんのお陰です。ずっと傍に居てくれたでしょう?」


山崎が椿の手に自分の手を重ねると、椿は喜びと安堵で泣き崩れた。



その後、山崎は少しづつではあるが回復していった。 

椿に背を支えられ粥を食べられるまでになる。

そして歩く練習を始めたのは二月が終わる頃だった。


「無理をしないでくださいね。銃弾が三発もお腹に入っていたので、内臓が元に戻るまで痛みます」

「大丈夫です。ほら背伸びも出来る」


山崎の回復ぶりは目を見張る物があった。それには椿の懇親的な介護のお陰もあった事だろう。


「あ、私すっかり、忘れていました」

「何をですか」


椿はおもむろに箪笥から一通の文を取りだし、山崎に渡した。


「これは?」

「土方さんからです。山崎さんが目を覚ましたら渡してほしいと」


山崎は黙ってその文を開いた。



歴史を、ちょっぴり変えてしまいました。


間もなく完結します。


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