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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
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椿VS潜入捜査

「山崎さんは譲れませんっ!」


椿からは妙な気迫が漂い、それがまた廊下を歩く男たちを惹きつけた。

なよなよした歩きではなく、背筋をピンと伸ばし前を見つめ凛とした顔つきであの重く派手な着物の裾をシャカシャカと捌く姿はこの島原のどこにもいない。

もともと素材(容姿)のよい椿はこの芸子の姿がとても様になっていたのだ。


「いい女だな、どこの女だ」

「へぇ。わても詳しくは知りまへんが此処(島原)は男の園でございますさかい?いろいろな女がおりますんえ」

「ほう・・・」

「でも今日は無理どす。もうお客様がおつきですさかい」

「そうか残念だな」


椿は自分が美しいなどとは全く思っていない。

女が医者をしていると莫迦にされないよう、男並みの精神力を培ってきたのだから。

そのせいで、男女の間にある情というものに疎いのだ。


途中、女中に連れられて山崎が待つ部屋に案内された。


「失礼いたします。お連れいたしました」


静かに障子が開き、椿が部屋に通された。

すでに膳が整えられ、酒の入ったお銚子も並べられていた。


「山崎さん、お待たせしました」

「ああ、椿さんこちら・・・え!?」


目の前にいるのは椿のはずだ、しかし向けられた笑顔はいつものあの日が差すようなものではない。

紅が乗った口元が少し上げられ妖艶に微笑みかけられたのだ。

艶やかな着物を纏い、結いあげられた髪には煌びやかな櫛が差されてあった。

隣にゆっくりと座る椿からは甘い匂いがした。

眩暈がしそうだった。とても美しかったからだ。


「では、ごゆるりと」 女中は静かに障子をを閉めた。


「山崎さん、なにか情報は得られましたか?」

「・・・」

「山崎さん?」

「えっ、あ、いえ。まだです」

「そうですか」


山崎は椿のその美しい姿に見惚れていた。

まずい、これでは仕事にならない、そう心の中で愚痴る。

それでも今日は重要な話が漏れるかもしれないと気を引き締める。


「私、何かしなくていいのでしょうか・・・」


困惑した様子の椿を見た山崎はふっと表情を緩める。


「では折角ですからお酌していただけますか」

「あ、はい!」


山崎は芸子の姿とは似つかない、その威勢のいい返事にいつもの椿を感じ安心する。

誰かに酌をする事のない椿はほんの少し手を震わせていた。


「すみません、あまり上手く注げなくて」

「それでいいんです。手慣れていると不安になりますから」

「え?」


この頃の山崎の言動にいまいち理解しがたい言葉が混じっている。

どうして慣れていると不安になるのだろうか。

そう口を開こうとした時、


山崎が突然、椿の唇に人差し指をそっと当ててきた。

顔は隣の部屋を向いており、言葉を制されたのだと気付いた。

男たちの会話を聞いているその横顔は監察、山崎烝だった。

その横顔は凛としており、一点を見つめる瞳はまるで獲物を狙う獅子のようだった。


この眼差しが好きだ、私はこの人が仕事をしている時のこの瞳がとても好きだ。

だから私は山崎さんがいる新選組を全力で支えたい。



「やっ!」


外で、女の悲鳴のような声がした。

そっと障子を開けてみると、盆が転がり廊下は湯気がたっていた。

そして女中らしき女は足元をおさえてうずくまっていた。

状況からして、彼女は火傷したのだと判断した椿は医者の顔になる。


「山崎さん、すみません。少し席を外します!」

「え、椿さん?」


山崎の声を背に椿はその女の脇を支え「水場は何処ですか?」と聞きながら足早に向かった。

途中すれ違う女中に椿はテキパキと指示を出していく。


「お客様が滑るといけないので廊下を拭いてください」

「はい」

「薬箱はありますか?あれば箱ごと持ってきてください」

「はい」

「桶に水を汲んでください、できれば井戸水で冷たいものを」

「はい」


その間も椿は手を止めない。

火傷を負った女の着物の裾を捲り上げ火傷の程度を確認する。

薄い桃色に染まり始めていた。

襦袢の上から水を容赦なくじゃぶじゃぶとかけた。


「うっ」

「痛みますか?」

「いえ、ひりひりしますが大丈夫です」


手ぬぐいを水で濡らすと軽く搾りそれを患部にあてがった。

火傷は処置が遅くなればなるほど治りが悪くなる。


「赤みが治まるまでしばらく繰り返し冷やしてください。いいですね」

「はい、ありがとうございます」


ここには軟膏がない、明日改めて持ってこようと考える椿だった。

そうこうしていると柳大夫がやってきた。


「椿はん、あんたには借りが出来てしもうたね。今度お礼させてもらいます」

「いえ、私が勝手にした事です。それに、お借りしたお着物を汚してしまいました」

「そんなこと気にせんでええんよ?お座敷に上がったらもっと汚して戻ってくる芸子もおりますさかい。ただの水でっしゃろ?構いまへん」

「すみません」

「それより、お連れさんがお待ちどす」


あ!忘れていた。

今日は潜入の仕事でここに来ていたのにっ。

山崎さんを置いてきぼりにして、与えられた仕事を放ったらかしにしてしまった。

急いで山崎が待つ部屋に戻った。


「山崎さんっ!申し訳ございませんっ」


怒られるのを覚悟で頭を下げた。

いやもう呆れられているかもしれない。


「椿さん、顔を上げてください」


言われるがまま顔を上げた。

そこには困った顔をした山崎さんが立っていた。

あれ?怒っていない。


「髪が乱れてしまいましたね」


山崎はそっと椿の流れた髪を掬うと留めてあった簪を抜き、元のように髪を整えた。

椿は自分の髪を山崎が丁寧に優しく梳くものだから、恥ずかしくなりまた俯いた。

女らしいところを一つも山崎に見せることが出来なくて落ち込む椿だった。


「名残惜しいですが屯所へ戻りましょう」

「・・・?、はい」


何が名残惜しいのかが疑問だったが、着替えを済ませ素直に屯所に戻ったのだった。

椿が処置でバタバタしている間、山崎はかなり重要な情報を得ていた。

それだけではない、椿の使命感の強さを改めて確認することが出来たのだ。


「今日はとても大きな収穫がありました。ありがとうございます」

「え?」


すっとんきょうな返事をする椿に山崎は笑みで返した。


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