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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
最終章 浅葱の彼方へ
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新選組との別れー男たちの背中ー

百五十人いた新選組は二十名近くがこの戦いで戦死した。

中には井上源三郎も含まれていた。

刀と槍でする戦はもう時代遅れだ、鉄砲や大砲と言った人間ではない機械がこの戦争を支配した。


錦の旗を掲げた薩長連合は新政府軍と名乗り、倒幕に追いやられた徳川軍は旧幕府軍と言われるようになる。


「まだ、終わっちゃいねえ!奴らは必ず江戸にも押し寄せてくる。体制を立て直してこの負け戦の敵を討つ!!」

「そうだ、まだ終わってはいない。我々は江戸に向かう」


新選組は旧幕府軍が準備した船で江戸に向かうことが決まった。

途中品川の手前、横浜で怪我人や病人を下ろし横浜病院で治療をさせることになった。

松本良順がそこで指揮を揮う事になった。

怪我が完治していない近藤は沖田と共にそこへ向かう。

土方始め、他の隊士たちは品川で屯所を構えるのだ。


出航はすぐに決まった。

大阪を立つ隊士たちは港へと移動する。


「椿くん、君は本当に行かないのか。横浜の病院なら君も働けるし安心すると思ったのだが」


近藤が大阪に残ると言う椿を心配し、もう一度話す。


「ありがとうございます。でも、もともと私は大阪(ここ)の人間です。此処で皆さんのご武運をお祈り致しております」


そう言うと深々と頭を下げた。

「そうか、ではもう言うまい。達者でな」と近藤が椿の頭を軽く撫でる。近藤にそうされたことは無く、椿はとても驚いた。

もしかしたら、今生の別れかと思わせるように酷く優しかった。


原田と永倉は「椿も頑張れよ」と両方から肩を抱き寄せ励ます。

笑顔で「はい!」と答えた。

その笑顔が椿らしくていいと褒めてくれた。

兄のような二人を見送った。


「椿」


斎藤の低く落ち着いた声が鼓膜を震わす。


「斎藤さん、お元気で」

「ああ、あんたもな。・・・惜しいな」

「え?」

「あんたが俺の事を好いていたら良かったのだが」

「またっ、そんな冗談を」


椿が軽く睨むと、ふっと口元を緩めて斎藤が笑う。

「またな」と頬をひと撫でし踵を返した。

凛とした後ろ姿だった。


涙が出そうになるのをぐっと堪える。

見送る側がこんなに辛いものだとは思わなかった。


「椿さん。僕は一緒に船に乗って欲しかったのですが、今回は諦めます。僕のお嫁さんにしたかったのになぁ」


そう言って戯けてみせたのは沖田だ。

どんなに辛くともその素振りを見せず、作る笑顔は泣きたくなるほど眩しかった。


「沖田さんったら。そうですね今生では無理ですね」

「では来世なら叶えてくださるのですか?」

「沖田さんが一番最初に私を見つけたら、ですけどね」

「なるほど」


沖田はくっと頬を上げて微笑んだ。

そして「これくらいは許してくださいね」と椿をそっと抱き寄せ背を撫でた。


「沖田さん」

「椿さん。知らぬ振りをしてくれて有難うございます。出来るだけ武士らしく死にますよ。また、いつか」


そう囁くと、子供のような笑顔で手を振って去っていった。

前よりも細くなった沖田の背中が遠くなる。


「沖田さんっ、ありがとうございました!」


椿は沖田の背にそう叫んだ。沖田はもう振り向かない。


ザッと地面を踏みしめる音に振り返ると、土方が立っていた。

先に行く仲間の背を確認し、椿に視線を戻す。


「土方さん」

「椿、おまえ、本当に一人で大丈夫なのか」

「はい。良順先生が残してくださった家が有ります。そこで診療所を営みながら生きて行くつもりです」

「そうか」

「はい」


土方もまた酷く優しい顔を椿に向ける。無理に江戸に連れて行ってもこの先はずっと戦争だ。恐らく死ぬまで戦わなければならない。

この屈託のない笑顔が居ないと思うと、心にぽっかり穴が空いたように思える。不思議な女だと土方は思った。


「椿ならやれるだろう。期待している。何かあったらすぐに言え、と言いたいところだが今回ばかりはそうは言えねえな」

「ありがとうございます。でも、私がんばれます」

「そうだな」


土方は椿の頭を撫でながら、いつか椿を組み敷いた日の事を思い出した。武田観柳斉から椿が狙われている事を自覚させる為にした事を。

ずっと子供だと思っていたのに、すっかりいい女になってしまった。

皆が椿の事を好いていた。その中に自分もいた、と。


「土方、さん?」


心配そうに見上げる椿に土方は堪らず肩を引き寄せた。

自分の胸に椿の顔を押し当てた。

今の自分はきっと副長らしからぬ情けない顔をしているだろう。

それを椿に見せたくなかった。


「おまえは危なっかしいからな。心配なんだよっ!」


口調とは裏腹に心は泣いていた。

もう二度、この笑顔を見る事はないだろう。

そっと椿から離れると、土方は柔らかく笑った。


「嫁に行くまで護ってやれなくて残念だ」

「っ。まだ覚えていたんですか!土方さんこそ私の心配ばかりしていてら行き遅れますよ!」

「ばぁか、俺は嫁には行かねえよ」

「もうっ・・・」


そこまで話すと我慢していた涙がぼとぼと落ち始めた。

土方の厳しくも優しい気持ちを誰よりも椿は知っている。

だから、涙が溢れて止まらなくなった。


「椿。先に逝った奴らの分も生きろ!俺たちが走り抜けたこの時代を格好良く言い伝えてくれ」

「・・・はい」


そして土方は一通の文を懐から取り出し、椿に差し出した。


「確かに、お預かりします」

「頼んだ」


土方はもう一度、椿の頭を撫で背を向け歩き出す。

他の誰よりも広く逞しいその背に皆の命と希望を背負う、誰よりも優しいその男を椿は見えなくなるまで見送った。


その背に赤地に金色に輝く【誠】の旗がなびいているように見えた。


「ご武運を」


そう呟き深く頭を下げた。


鳥羽伏見の戦いで、惨敗した新選組始め旧幕府軍は江戸に向かいました。そこで再起をはかろうとします。

彼らの背中が見えたでしょうか。

土方さん、さようならです。。。

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