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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
最終章 浅葱の彼方へ
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口に出せぬ願い

近藤不在の為、新選組の全指揮は副長の土方歳三が揮っていた。

日々、会合に明け暮れていよいよその時が来た。


土方は全隊士を集めた。


「年明けすぐに徳川軍は桑名藩と見廻り組と共に淀まで兵を進め鳥羽街道を目指す。会津藩と我が新選組以下はこの伏見奉行所を拠点とし、京の中心部へ進軍する!」


「おお!」


新式装備を誇る幕府歩兵部隊も配備され、その全兵力は大坂城周辺に配置された予備軍を含めると一万数千から二万に登るという。

薩摩軍、長州軍の兵力は合わせても五千弱。

どう考えても徳川軍が数では圧倒的有利だ。

負けるはずがない!


「心して準備をするように」


いよいよ戦争が始まる。

医療班をまとめる椿もその時に備え大量の医療具を整えていた。


「椿、今いいか」

「はい」

「今回の戦は経験した事がないくらいの大きな規模のものになるだろう。死傷者もどれぐらいになるか想像がつかねえ。いいか、助かる可能性の低いものは捨てる。助かる可能性があると判断した者は全力で救え。救えなくてもお前の所為じゃねえ!全ては俺の責任だ。わかったな」

「はい」


土方は椿の負担を少しでも減らしておきたいと思ったのだろう。

責任は自分にあるのだからお前は気にするなと。


「それからこれを着ろ」


差し出された着物は隊士と同じ型のものだった。

鎖帷子、細身の鉢金、袴の裾は細く絞られている、着物の袖も同じく。

黒の羽織の背には誠の字が縫い込まれてあった。これに白襷をする。

そして腰の後方に短刀を差す。



「間違っても仲間から斬られねえ為だ。お前は絶対に死んではならないんだ。無理はするな、俺から離れるな。いいな」

「はい、承知しました」


硬い表情の椿に土方の大きな手が伸び、頭をくしゃくしゃと撫でた。


「そんなに難しい顔をするな。俺がお前を護ると言っただろう」

「土方さん」

「じゃねえと、山崎に俺が斬られちまう」

「まさか!」


そう言うと土方は頬を上げて笑ってみせた。

徳川軍と薩長連合軍との戦争がいよいよ始まろうとしていた。

椿は自分に出来ること、それだけを全うしようと思った。

自分は戦えない、その分可能な限りの命を救おうと。


***


その夜、土方は会津藩との打ち合わせで戻らないと椿に言った。

日々、緊張が高まって行く。

心を落ち着けるためにも、眠くなるまでサラシを縫うつもりだ。


「椿さん、起きていますか?」

「山崎さん?はい、どうぞ」


いつもと変わらないその精悍な顔立ちと、真っ直ぐに向けられる視線は椿の心を落ち着かせてくれる。


「土方さんは、今夜戻りませんから。ゆっくりどうぞ」


何気なく言ったその言葉を山崎が苦笑しながら受け止める。


「その言い方ですと、朝まで居てもよいと?」

「え・・・っ!!」


椿は顔を真っ赤に染めて、目を泳がせている。


「ははっ、冗談ですよ。椿さんの事ですから深い意味はないと承知しています」


深い意味はないと聞いた瞬間、そんな事はないとなぜか反発心が湧いてくる。軽く唇を噛みしめて、山崎の顔を見た。


「そんな事はありませんっ」

「え?それはどう言う意味で」


椿は一度、深呼吸をする。そして再び口を開く。


「私はいつでも山崎さんの傍に居たいんです。ほんの少しの時間でも、あなたに触れていたいと思ってしまうんです」

「椿さん、あなたは言葉の威力を分かっていない。あなたが言う言葉は俺の理性を簡単に持って行ってしまう。そんな事を言われては何もしない自信なんてありませんよ」


山崎は困ったように笑う。

そんな山崎の姿を見ると、椿は堪らず抱きついた。


「椿さんっ!」


私はどれほどにこの(ひと)の事を愛おしいと思ったか。

いつも自分のことより新選組の為、そして私の為にと意思を圧し殺し耐えている。この(ひと)を唯一、慰め励ます事が出来るのは私のはずなのに。


「抱いてください」


椿の口から出た言葉に山崎は息を呑んだ。今確かに抱いてくださいと聞こえた。聞き間違えるはずはない。


「山崎さん、お願いです。私を抱いてください」

「椿さん?あなた何を言って」

「何度も言わせないでください。私だって女なんですから」


椿の鼓動が山崎にも伝わって来る。

ドクドク、ドクドクと力強く打つ心臓の音が。経験のない椿が勇気を出して言った言葉を山崎はどう受け止めるのか。


もしかしたら今夜が二人で過ごす最後の夜になるかもしれない。

そんな事も頭を掠める。

すると掠れた声で椿が「お願いします」と山崎の背を押す。


「椿さんに言わせてしまって、すみません。俺、本当はずっとずっと椿さんが欲しくて、欲しくて仕方がなかった」


山崎が椿を抱きしめ返す。それはこれまでのとは違い、とても強く熱い抱擁だった。そしてゆっくりと椿を押し倒した。


山崎が椿の瞳を見つめると、柔らかな笑みが山崎に向けられた。

泣きたい程に切なく、そして愛おしい。

その笑みにつられるように、山崎も微笑み返す。


そして椿は瞳を閉じた。


それを合図に山崎は椿に唇を重ねた。

少し角度を変えれば、唇が薄く開き迎え入れてくれる。

温かな温もりに包まれて互いの熱を確かめあった。


椿は身体の力を抜き、ただただ山崎だけを求めていた。

何も怖くない、自分の全てをこの(ひと)に愛してほしい。


帯が緩められ、胸元の合わせが大きく開かれる。山崎の片方の脚が椿の膝を割って着物の裾が寛げられる。

その度に胸の奥が熱く疼き、悦びで吐息が漏れる。


山崎の息遣いが自分のと重なる。行き場のない手を彷徨わせれば、山崎の手が追い、捕え固く握りしめてくる。

思わず声が漏れそうになれば唇が重なりその中に吸い込まれる。


椿の目尻からは痛みではない、悦びで溢れた涙が流れる。

それを山崎が唇で拭う。

山崎の汗が一滴(ひとしずく)、ぽたりと椿の頬に落ちる。

その雄々しい姿に目を逸らすことが出来ない。


焼き付けたい。今をこの瞬間を永遠に。


どうかこの人を連れて行かないで。

口には出せない願いを、心の中で叫んだ。

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