命の使い方、それの全うの仕方
会津藩の勧めで、近藤は大阪での療養に同意した。
ここはいつ戦争が起きるか分からない。
日々、状況は変わるのだ。
近藤を一人で戻すわけには行かない、護衛もしっかりした者でなければならない。
そして大阪には松本良順初め、幕府の医者が大阪城に入っている。
椿が同行する必要はない。
誰と向かわせるのかを土方は悩んでいた。
「土方さん。宜しいでしょうか」
「ああ、椿か入れ」
土方は気むずかしい表情のまま腕を組み顔を上げた。
近藤の代わりに土方が実質、この新選組を仕切っている。
「あの大変、痴がましいのですが」
「なんだあらたまって。言ってみろ」
「近藤さんが大阪へ退くと聞いたのですが」
「あの状態で戦が始まっては命が危ない。局長の命は新選組の命と同じだからな」
「そこでひとつお願いがあります」
椿が隊の編成や仕組みに口を出したことも無ければ、出す立場にない。しかし、医者としてどうしても言っておきたい事があった。
椿は深々と頭を下げこう言った。
「近藤さんが大阪へ下がるのに護衛が必要かと思います。その者が誰か決めかねているのであれば、どうか沖田さんを一緒に」
「総司を?駄目だ。あいつがどれだけの戦力だと思っているんだ。あれを欠くことはねえよ」
椿はゆっくりと顔を土方に向けて上げ、更にこう続けた。
「土方さんはお気づきか存じませんが、沖田さんはとある病を患っております。本人は気づいていると思います。しかし、彼はそれを理由に新選組からは絶対に離れません。このままにしておけば、命は縮むばかりです」
「・・・なんだと」
沖田はここ数ヶ月咳が止まらず、隊を離れることも暫しあった。
土方は沖田が幼い頃より体はあまり強くはなかった事を覚えている。
「沖田さんの名誉を傷つけずに、新選組の士気が下がらないためにも彼を近藤さんの護衛として同行をさせて下さい!」
「椿、総司の病気は治るのか」
椿は泣くまいと唇を噛みしめて、首を横に振った。
土方は目を見開き、暫く椿の顔を睨んでいた。
「そうか・・・お前がそう言うなら、そうなんだろう。暫く一人になりたい、外してくれ」
「はい・・・」
土方の部屋を出た椿は一人、隊士たちから離れた縁に腰掛けた。
本当は随分前から気づいていた。でも、自分はともかく、今の医術では沖田の病を治すことが出来ないと知ってしまった。
誰よりも自尊心が強い彼に告げることが出来ずに来たのだ。
椿が新選組の屯所に出入りし始めた頃、沖田はこう話していた。
『近藤さんや土方さんの手足となって戦うために居るんです』
明日がどうなるか分からない、でも唯一誇れるもの。
それは近藤や土方が率いる新選組なのだと。
そんな男に言えるはずがなかった。刀を振るわずに病に倒れるなど有ってはならない事なのだから。
「寒くはないのか」
沖田の事を考えていた椿を現実の世界に呼び戻した声。
顔を上げると其処には斎藤が立っていた。
「羽織も持たずに風に当たるな。医者の不養生は一度だけにしてもらいたいものだな」
「あ、すみません。考え事をしていたので」
ぱさりと椿の肩に着物が掛けられた。
「斎藤さん!だめです。斎藤さんが風邪をひきます」
「稽古上がりで汗をかいている。今から湯浴みだ。その間にそれを羽織っておけ。俺が戻るまでに部屋に置いておいてくれればいい」
斎藤はそう言い終ると、膝をつき椿に目線を合わせた。
「誰も自分の死に様は選べんのだ。あんたが気に病むことではない」
「斎藤さん」
すっと腰を上げ、斎藤は風呂場へ行ってしまった。
山崎にも沖田の事は言っていない。今日、初めて土方に言ったのだ。
斎藤も沖田の事はずっと気に留めていたのかもしれない。
新選組一、二を争う剣豪者と呼ばれた仲なのだから。
(私が気に病んでも、沖田さんの病を治すことは出来ない。あとは土方さんの決断を待つしかない)
沖田には伏見で終わってほしくない。
まだ、此処ぞという時期がある筈だと椿は思っていた。
その時に思う存分刀を振るい、武士としての使命を全うして貰いたい。
そう思っていた。
椿は斎藤の羽織を届け、部屋に戻ろうとしたが土方が一人になりたいと言っていた事を思い出した。
どうしたものかと廊下にたたずむ。
「椿さん」
振り向くと山崎が心配そうに近づいてくる。
(私、情けない顔をしていたのかもしれない)
「すみません、ちょっと途方に暮れてしまって」
山崎はその言葉を聞くと「そういう時は俺を探してください」と椿の頭を自分の胸に押し付けた。
「はい」とくぐもった声が響く。
山崎は土方から聞いたのだ。意見を言ってしまった事で自分を追い込んでやしないかと。椿は皆の命を背負ってしまっているのではないか。
だから山崎は椿の姿をずっと探していたのだ。
「一人で悩まないでください」
「すみませんっ」
***
その後、土方は近藤の護衛に沖田を指名した。
「椿くん、後のことは頼んだぞ。すぐに治して交流するからそれまで歳を支えてやってくれ」
「はい」
「椿さん?土方さん言う事なんて、話半分ですよ」
「ふふ、はい。沖田さんを見習います」
年の瀬がいよいよ迫ったその日、二人は大阪へ向けて立った。
いよいよ、鳥羽伏見の戦いが勃発しますっ!




