椿VS島原の女たち
翌日、椿は山崎を訪ねて再び新選組の屯所に来た。門番は昨日とは違う別の隊士が立っている。
「こんにちは」
「おっ、先生!今日はどうしたんです?」
椿は新選組専属の医者なので、たいていの隊士たちは先生と呼ぶ。たまに椿殿と改まる者もいるが。
「はい、用がありまして。山崎さんいらっしゃいますか?」
「山崎さんって、何番組でしょう?」
ああ、そうか山崎さんは組に属していないし特殊な仕事の為に一般隊士まで名前は浸透していないんだった。
「えっと・・・」
椿はどう言えばいいのか悩んでしまった。山崎の事で頭はいっぱいで、此処での立場を把握しきっていなかった。
しまった、敵を欺くには味方から。彼の存在は簡単に明かしてはいけないのかもしれない。
「椿ではないのか?」
振り向くと斎藤が立っていた。隊服を着ている、巡察帰りだ。
「あの・・・」
「ん?・・・」
椿はどう伝えたら良いのか分からず、モジモジしてしまう。斎藤は「ああ」と察すると門番にこう言った。
「副長に呼ばれている、通してやってくれ」
斎藤に助けられた形で、椿はようやく屯所中に入った。斎藤は椿見てクスッと笑う。
「いつものように何も考えずに入ればいいじゃないか。あんたらしくないな」
と、言ったのだ。
そうだ、何を私は難しく考えていたのだろう。
「そうですよね! あはは。斎藤さん、ありがとうございます!」
斎藤さんはちょっと驚いた顔をしたけど、たぶん私の声が大きかったからだろう。この頃は斎藤さんの反応も読み取れるようになったな、なんて少し調子に乗っています。
椿は迷わず「お邪魔します!」と挨拶をしながら山崎の部屋へ向かった。「やはりあの笑顔は心臓に悪いな」と一人愚痴る斎藤だった。
「山崎さん、いらっしゃいますか?」
声をかけても返事はない。そうっと障子を開けた。
まだ仕事が終わっていないのかもしれない。
そんな事を考えていると、
「椿さん」
山崎の落ち着いた声が聞こえてきた。
「山崎さん。すみません、勝手に入っています」
「そんな事気にしないでしてください。むしろ、俺の部屋に居てくれた方が安心しますから」
山崎は顔を緩ませてそう言った。そんな山崎の表情に椿はドクンと心臓が一際大きく鳴った気がした。
どうしよう、山崎さんが眩しい。眩しい?なぜ?
「行きましょうか」
山崎はすっと椿の手を取ると、書簡を懐に入れて外に出た。椿はつい握られた手をじっと見つめてしまう。山崎の指は思ったよりも細くて長い。この指で針をプスプスと的確に刺していく。
椿は思った「そう言えば、手を繋いだの・・・初めて」
山崎の話は上の空で、気づくと柳大夫が居る部屋に着いた。
「土方はんから聞いております。どうぞこちらへ」
綺麗に着飾った柳大夫は気品に満ち溢れていた。口元をほんの少しだけ緩めただけなのに、女の色気が漂ってくる。
「椿はん、でしたね? 着替えしてもらいますさかい、こちらへ」
「着替え?」
山崎の方を振り向くと、「はい」と頷いた。
私は何に着替えるのだろうか。
別室に通され、二人がかりで着せてもらい、髪も結い直し更には化粧までされたのには驚いた。重い、肩も腰も、そして頭も重い。
「あら、いい女になりましたえ。お連れの方もええ男やし、羨ましいわぁ。何処で見つけてきたん?」
「え、何処で?」
喋り方ひとつでこうまて色香が出るものなのかと、椿は困惑していた。
まるで自分が誘惑されているみたいだ。
「ふふ、今度はあてに旦那はん譲ってくんなまし?」
「えっ、ゆ、譲る?」
「ええ。あんなええ男といっぺん寝てみたいんや」
ね、寝る! 寝るって勿論その、大人の寝るですよね?
どぎまぎ焦る椿は勝手にそれを想像してしまう。自分でない他の女が妖艶な笑みで腰をくねらせ、山崎に擦り寄って甘い言葉を囁く光景を。
「駄目、です」
やっと紡いだ言葉はたったその一言だった。
するともう一人の女が口に手を当て小さく笑うと、
「お姉さん? こんな初心なお嬢さんをからこうたらあきませんよ? ほら、耳まで赤うして怒ってはる」
「え、怒っていません!」
「ここは女の戦場や。妙な意地を張ったり遠慮したら本当に寝取られるで? ちゃんと唾付けとかなあかんよ?」
「つ、唾っ」
二人は散々、椿で遊び「ほな、お気張りやす」と送り出した。
女の戦場・・・此処が?
こんなに綺麗な女性が溢れる島原では、毎夜どんな戦いが繰り広げられているのだろうか。潜入捜査とは言え、他の女に山崎を取られてはならない。
椿はぐっと目に力を入れると山崎が待つ部屋に向かった。