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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第二章 軍医として
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慶応三年十一月十八日 ―粛清―

斎藤と椿が茶屋に入ったちょうどその頃。

近藤の私宅へ、なんと伊東は一人でやってきたのだ。

以前より話していた資金の話や、今後の幕府の行く末や薩長の動きなどを語り合った。

もちろん、伊東の話に傾き始めたと見せかけながら。


「うむ。やはり伊東さんの考えは間違いだとは言えないな。もっと早くにこうして話をすべきだった。なあ、歳」

「認めたくはねえが、認めねえわけにはいかねえな」


そんな二人の言葉に伊東は気を良くし、酒も手伝ってか口に拍車がかかる。


「お二人はやはりお話が早い。もはや幕府だけで世を回してはならないのです。ここは一旦、朝廷に政権を還し攘夷に向けて一致団結すべきなのですよ」


「全くその通りですな」


近藤が前のめりになって伊東の話を聞く。土方が酒を勧め、さらに上機嫌になって行く。

次第に呂律が怪しくなる。



ちょうどその頃、椿はと言うと。

緊張の所為か味がしない夕餉を斎藤と食し、斎藤に酒を注いでいた。


「くくっ。そんなに震えていては注げぬだろう。俺の事は気にしなくていい。椿は横にでもなっていろ」


「そう言う訳には行きません。皆さんが頑張っているのに、私だけ横になるなんて」


横になれと言って横になる椿では無いことは知っている。

椿のそう言う意地らしい部分が見たくて言ったのだ。


斎藤は刀を肩に寄り掛けるようにして座っていた。

万が一に備えてだ。

此処は自分だけではない、椿もいるのだ。椿だけでも逃さねばならないと思っていた。


***


そして、亥の刻(午後10時〜12時の間)を迎えた頃。

伊東は立ち上がり、そろそろ帰ると言い出した。近藤は続きは改めてと日取りまで決めて送り出す。


「駕籠でも呼びますか」

「いやあ、大丈夫だ。そんなに遠くないから酔い覚ましに歩いて帰るよ」


そして伊東は近藤の私宅を後にした。


かなり飲まされた伊東の足取りは不確かなものだった。真っ直ぐに歩いていられないほどだ。

予定通り油小路に伊東が差し掛かった、その時!

通りの陰に潜んでいた新選組隊士の大石が伊東の背後から長槍を突き刺した!

首付近から肩、そして心臓を目がけて。


「死ねっ!」

「ぐはぁぁ、貴様ぁぁ」


一突きで仕留めることは出来なかった。酒に酔っていようとも伊東は一流の剣士だった。


「はぁ、はぁ、はぁ。新選組か!くそったれがぁ!」


深手を負いながらも法華寺に逃げ込む、がしかし伊東は暫くして絶命した。


数名の隊士が伊東の亡骸を油小路七条の辻付近に放置すると、高台寺にいる御陵衛士へ伊東の死亡を知らせる為に町民に化けた隊士を走らせた。

原田始め、二十数名の隊士は家屋の陰に潜み伊東を回収に来る者たちを息を殺して待っていた。


「いいか、合図は鉄砲だ。それがなったら一気に斬りかかれ」

「はい!」


どれくらい待っただろうか、駕籠を担いだ御陵衛士たち七名が伊東の遺体の傍で止まった。

その時、原田と永倉は気付いた。


ーー平助がいる!!


「あいつは斬るな」と言う言葉に『パンッ!』という乾いた鉄砲の音が重なる。


伊東の遺体を駕籠に入れ、藤堂が簾を下そうとした瞬間だった。


ブギュッ―!! 


「うっ・・・」


藤堂の背中に激痛が走り後ろを振り返る、今度は頭上から一太刀浴びせられた。


「むっ」


声を出す暇もなく藤堂平助は額をかち割られ、そのまま息絶えた。

それをきっかけに新選組と御陵衛士他六名との壮絶な斬り合いが始まった。

圧倒的に有利なはずの新選組だったが防具が重かったのか、何もつけていない御陵衛士たちが身軽だったのか。たった四名を倒したのみで、残りの三名は薩摩藩邸内に逃がしてしまった。


暗闇での死闘は類を見ない悲惨な現場だった。

毛髪や人体の皮片、肉片、手の指などがこの通りに飛散している状態だ。

刻限は丑の刻から寅の刻(午前3時~4時)に変わろうとした頃、ようやく事態は収束した。


その場で粛清された、藤堂平助始めとする四名の御陵衛士の遺体は放置されたままだった。


***


空が白み始めた頃、茶屋の一室に迎えがやって来た。


「入ってもよろしいでしょうか」

「山崎か。構わん」


斎藤の返事に山崎は静かに障子を開ける

そこには窓辺に刀を持ったまま座った斎藤となぜか布団をよけ壁に寄りかかったまま眠る椿がいた。


「終わったか」

「はい。数名取り逃がしたようですが、御陵衛士の存続は不可能かと思われます」

「そうか」

「ただ、藤堂さんが・・・」


その一言で悟った斎藤は「分かった。みなまで言うな」と窓の外へ顔を向けた。


土方からの指示で斎藤は屯所には戻らず一旦、紀州藩の三浦という男の護衛に付くことになった。

坂本龍馬、中岡慎太郎の暗殺の疑いをかけられた男で新選組が保護するようにと達しが出ていたからだ。


「あの、斎藤さんは?」

「すぐに屯所に戻る訳にはいきませんから、一旦護衛で離れます。時期を見て帰隊する予定です」


あの後すぐに斎藤とは別れたのだ。

それにしても来た時と違う道を通るのは何故だろうと椿は思った。わざわざ遠回りなんてと。

山崎は黙って少し前を歩く。

聞いてはいけないような気がする。それでも聞かずにはいられなかった。


「山崎さん、どうしてこの道を?」


ゆっくり振り返った山崎は困ったように視線を下げ、言葉を選ぶように椿に話す。


「昨夜、油小路七条で伊東さんを粛清しました。その後、駆け付けた御陵衛士七名と新選組は死闘を繰り広げました。今もまだ遺体は晒されたままなのです」

「・・・晒し、たまま」


山崎は無言で頷いた。その瞳がわずかに揺れたのを椿は見逃さなかった。


「その晒された遺体の中に隊士のどなたかがいらっしゃるとか・・・」

「いえ、隊士は、いません」

「では」


山崎は瞳を閉じ、大きく深呼吸をした。

いずれ分かることだと諦めたのかこう言っった。


「藤堂さんが、いらっしゃいました」

「っ――。(嘘っ!!)」


椿は両手で口元を覆い声を必死に抑えた。


頭を殴られたような衝撃を受けた。

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