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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第二章 軍医として
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土方の危惧と山崎の葛藤

伊東一派の動きに特別な進展がないまま、再び屯所移転の話になった。


「また越すんですか?」

「ああ」

「何故?どうして!」


椿は土方から屯所を不動堂村へ移すと聞かされ、今は質問真っ最中だ。


「西本願寺の坊主が痺れを切らした。新しい場所をくれてやるから出ていけだとよ」

「この梅雨の時期に、ですか」

「ああ」


椿は雨続きで荷物を抱えて大人数で動くことをよく思っていない。

土方だってしぶしぶだ。しかし、此処よりも広くなるし何よりお金がかからない。

ぶつぶつ言う椿は放って、土方は文机に向かって忙しくしていた。


「山崎です。失礼します」

「おう。入れ」


長州視察から戻ってからも忙しい山崎だ。椿は久しぶりにまともに姿を見たのかもしれない。

変わらず凛とした姿に椿は見惚れていた。


「椿。呆けてねえで仕事しろ」と土方が言うくらいだ。

顔を赤らめて「すみません」と言う姿を見る限りでは、山崎一筋は変わらないようだ。

山崎もそんな椿を見て一瞬「ふっ」と表情を緩める。


(斎藤の件を心配していたが、俺の杞憂のようだな)


「ご報告です。徳川家茂公の様態が思わしくないと」

「なんだと」

「病を患っており、幕府や朝廷の医者が大阪城に頻繁に出入りしております。城下では長くないのではとの噂が広まっています」

「まだ若けえのにな・・・そうなると次は誰だ」

「徳川 家達いえさと公もしくは一橋慶喜公だと」

「・・・椿。さっき渡した文をよこせ。書き直す」


斎藤に宛てた文の内容を書き直すと言う。おそらく山崎の報告も付け加えるのだろう。

こういうごたごたした時を狙って、動き出すかもしれないからだ。

素早く書き上げた土方は椿にその文を渡した。


「頼んだぞ」

「はい」


もう何度も斎藤へ文を渡している為か椿も慣れたものだ。

ただ、慣れないのは逢瀬を装いそれらしい素振りを見せなければならない事だ。


廊下に出ると後を追って山崎も出てきた。

本当は椿を一人で歩かせたくない。いつもなら「送ります」と言うのだが、逢瀬のふりだという事は承知している。

今はただ見送ることしか出来ない。

屯所から出てしまえば、椿は斎藤のおもい人となってしまうのだ。


「山崎さん?」


何も言わない山崎に椿から声をかける。


「少し時間ありますか?」

「はい。少しなら」


山崎は椿を自分の部屋に連れて行った。


「なんだか久しぶりですね。変わりないですか」

「はい!私はなにも。山崎さんこそ毎日忙しそうですけど」

「俺も変わりないです」


ななかな向き合って話す時間がなかった二人は少し照れくさそうに互いを労う。

何か言いたそうに山崎の眉が少し動く。しかし、なかなか口を開かない。

見かねた椿がこう言った。


「山崎さん?目は口ほどに物を言うそうですよ」

「えっ」

「ふふ。遠慮なさらないで仰ってください」

「はっ、椿さんには敵いませんね。実は斎藤さんに嫉妬しています」

「え!」

「仕方のない任務だとは知っていますし、斎藤さんにそのつもりはないと分かっています。しかし、俺意外の男と嘘でも二人きりで会うなんて考えたら・・・。俺っ、監察失格ですね」


目元を少し赤く染めた山崎は俯いてそんな事を言った。

椿は山崎が不安になっていると思い、それを拭いたいと思ったのか山崎の手を握り、


「山崎さんは新選組が誇る優秀な監察方です。私みたいな者がこう言う事をしているのが恥ずかしいくらいです。それに、私は山崎さんだけです。忘れないでください」

「ありがとう」


そう言い終わったのと同時に山崎は椿を抱き寄せた。包み込むように、このまま何処かに隠してしまいたいと思いながら強く抱きしめた。


「これから行くんですよね」

「・・・はい」

「じゃあ少しだけ、大人しくしていてくださいね」


肩口で山崎がそう囁き、そのまま口づけを落としていく。

耳の後ろから這うように首筋を辿って、肩までくると今度は反対も同じように。


「ん、ふっ。やま、ざき・・・さ」


思わず腰が崩れそうになるのを手をついて堪える。

なんと官能的な行為だろう。

山崎がしっかりと抱きとめているので実際に崩れることはなかった。

そしてそっと顔を離した山崎は椿の瞳を覗きこむように見つめ、


「俺の匂いを付けておきました。椿さんも忘れないでください」

「っ!」


思った以上に山崎は嫉妬に狂っているようだ。

しかしそこは新選組が誇る監察山崎烝だ。椿以外がこれを知る由もなく、淡々と任務をこなしていくのだった。


***


「斎藤さん」


今日は人気の少ない家屋の裏で逢瀬をしている椿と斎藤。

家屋の壁を背に椿が立ち、それを隠すように斎藤が立つ。

時々、人が通るがわざと見せつけるように斎藤が壁に手を突き顔を椿に寄せる。


「文はどこに」

「えっと、後ろ帯に」

「じっとしていろ」


斎藤の影が椿を覆うように腰へ腕をまわす。

その所作は流れるように美しい。


(斎藤さん、そんなに近づいたら・・・山崎さんの匂いがっ)


「ん?どうした」

「な、なんでも」


カサッと音がして、土方から託された文が斎藤の手に渡った。

その後、斎藤は椿の手を握り少し場所を移動した。


「誰かが見ている気がしたが・・・気のせいか」

「誰か?」

「ああ。まあ俺たちの逢瀬を覗いて今晩のおかずにしようとする不届き者だろう」

「おかず?」

「ああ、否。あんたは知らずともよい」


こうして今回もなんなくと斎藤との偽逢瀬が無事に終わった。

椿は屯所へ向けて歩き出す。


(斎藤っ!かなりきわどい事をするじゃねえか。こっちから見たら完全にイイ仲だ。しかも、斎藤(あいつ)あんな風に笑いやがるのか!山崎には見せられねえな)


なんと、不届き者は土方だったか―――!


土方さん、自分で仕向けといて覗き見ですかっ。

土方教の斎藤さんから不届き者扱いされていますが(笑)

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