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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第二章 軍医として
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鬼(土方)の居ぬ間に・・・理性との別離

土方さん、鬼(土方)のいぬ間に…とか言ってすみません!

いいように副長利用させていただきましたm(__)m

屯所についた頃にはすっかり日も傾き、薄暗い景色が広がってきた。

夕餉の配膳を済ませ、幹部たちが食事を済ませるのを待つ。

いつもの顔触れだけになれば、椿も食事をいただく。


しかし、今夜は山崎の姿がなかった。

自分を送り迎えする所為で隊務が後ろに押しているのではないかと心配になる。


「土方さんたちがそろそろ帰る頃ですね」

「そうだな、江戸から隊士を引き連れて帰ってくるんだろ?少しは骨のある奴等だったらいいんだがな」


沖田と永倉が話すように、もうすぐ土方たちが帰る頃だ。

何だかんだと言いながらも、帳簿はしっかりと管理できたし抜かりはないはずだと思い直した。


「椿さん?聞いています?」

「え、あ、すみません。なんでしょうか」

「ですから、鬼のいぬ間に洗濯をした方がいいですよと話していたんですよ。椿さんも心残りのないように」

「特に洗濯する事はないですけど」


そう椿が返すと、ニヤッと沖田は笑い「本当に?」と言ってきた。

椿は意味が分からずに首を傾げる。

すると沖田が椿の隣に腰を下ろし、耳元でそっと囁いた。


「隣の部屋に誰も居ないんですよ?心置きなく山崎くんと仲良くできるじゃないですか。帰ってきたらそうはいきませんよ」

「おっ、沖田さん!!」


顔は真っ赤で、目をくるくる動かしながら動揺する姿を皆が驚いて見ている。


「見ないで下さい!何でもありませんからっ」


顔を隠すように椿は広間を出て行った。

沖田は満足そうにニコリと笑い、自分も広間を後にした。


部屋に戻ろうと廊下を進むと自室の前に人影があった。そっとその人影を見ると、なんと山崎ではないか。


「山崎さん?」

「っ!」


椿が戻ってきた事に気づかなかったのかビクリと肩が揺れた。

普段から人の気配には鋭いと言うのに。


「どうしました?」

「いえ、何でもありせん。今日は疲れているでしょうから、ゆっくり休んで下さい。俺も戻ります」


何故か目を合わそうとせず、少し素っ気ない素振りでこの場から離れようとする。自分の横を通り過ぎる山崎にもう一度声を掛けた。


「山崎さん。なんだか変です」


ぴたりと動きを止めた山崎だか、振り返ろうとしない。

椿は山崎の後ろ姿を見つめる。

どうして振り返らないのか。何故、部屋の前に居たのか。

相変わらず声を発しない山崎だか、背中が寂しく見えるのは気のせいだろうか。

来るなと言っているような、来て欲しいと言っているような何かを言いたげな雰囲気を漂わせていた。


椿は頭で考えることを止めた。

考えれば考えるほど、山崎の事が分からなくなるからだ。


そうしたら体が勝手に動き出す。


気付けば山崎の背中にポスっと抱きついていた。両手は山崎の腹の前で自分の指を絡め離れないように握った。


「椿さん?」

「・・・」

「あの、これは」

「山崎さん。どうしたのですか、私には言えませんか?」

「いえ、その」


山崎は自分に目覚め始めた想いを処理することが出来ず、いつの間にか椿の部屋の前まで来ていた。

本人の姿を見てハッと我に返ったのだが、気不味さを感じ顔も見ずに去ろうとしていたのだ。


「山崎さんっ」


椿は更に力を込め山崎にへばり付いた。

その時、誰かがこちらに近づく気配がした。

山崎は咄嗟に椿の腕を上から掴み、部屋に雪崩込むように入った。


「おい、左之。一杯やろうぜ」

「なんだよまた酒かよ。他にねえのかよ」


永倉と原田が近づき、そして遠くなった。

ほっとして椿の腕を解こうと手を重ねた途端、視界が反転した。


「えっ」・・・ドサッ。


椿が上から自分を見ている。しかも、しっかりと腰に跨って。

行動とは反して椿は不安そうに、瞳をふるふると揺らしていた。


「つばっ」

「山崎さんっ!もう我慢しなくてもいいです。私、山崎さんなら構いませんからっ。だから、他の(ひと)で慰めたりしないで下さい!」

「えっ!」


一瞬何を言われているのか分からなかった。

下から見上げる椿は瞳を潤ませて、まるで自分を誘っているようだ。

すると、だんだん椿の顔が近づいてくる。

瞬きをする間もなく、一気に距離が近づいて・・・


「ん」


椿が山崎に口づけをしてきた。


「!?」


それはとても柔らかく、温かく、とても優しいものだった。

自分に覆い被さる椿はただの妖艶な女と化していた。

いつもならきっと「椿さん、ダメです」と押し返した事だろう。

しかし、今夜に限ってはそんな抵抗も薄れて消えてゆく。

それほどに椿は山崎を翻弄していた。


山崎は自分の腕を椿の腰に回し、ぐっと腹に力を入れると「きゃっ」っと、椿が小さく悲鳴を上げた。

今度は山崎が椿の上に覆い被さっていた。

そう、態勢を入れ替えたのだ。


「椿さん、あなたは此れの意味を分かってしているのですか」

「・・・はい」


椿は目を逸らすことなくそう返事をしてきた。


「こんな事をするのは俺だけ、にして下さい」

「当たり前ですっ」


山崎は椿が他の誰かにするとは思っていない。でも敢えてそう言ったのは、昼間の原田とのやり取りに少なからず嫉妬していたからだろう。

そんな自分に自嘲するように笑うと、そのまま椿の肩口に顔を埋めた。


「俺は椿さん以外は要らない。他の誰かで自身を慰めようなんて思いません。だから、そんなに急かせないでください」

「んっ」


そんな所で囁くように話されては、椿も堪らない。

くすぐったいような、痺れるような今までに体験したことのない感覚が身体を支配して行く。


「今はまだ、あなたの全てを貰うわけにはいきません。やるべき事がたくさん残されています」

「はいっ。…ふあっ。っーー」


椿をわざと煽るように首筋に息をかけながら話している。


「でも、俺はもっと椿さんに近づきたい。誰も入れないくらい近くに」


山崎は少し顔を上げると、そっと椿の着物の合わせに手を当てた。

椿の瞳を見つめたまま、するりと襟元を割って掌が胸元に入った。


「あっ」

「椿さんの全ては俺のものです。誰にも渡しません」

「山崎さん」


たったそれだけなのに、たったその一言が加わると体中が熱を持ち始める。決して嫌ではない。

山崎の優しさがじんじんと伝わってくる。


(私は、この(ひと)が欲しい!)


ちゅっと唇を奪われた後、体を引き起こされた。

山崎は椿を正面からぎゅっと抱きしめる。


「いつか、落ち着いたら。その時は俺と所帯を持ってくれますか」

「・・・え?」

「俺と婚姻を、結んでください」


いつか、志が成し遂げられたら夫婦になる。

いつかの約束を山崎がしてくれた事がこの上なく嬉しかった。

たとえそれが一時の慰めだとしても。


「はい。こんな私で良かったら。喜んで」


その日が来ることを強く願って、二人は抱きしめる腕に力を込めた。


そして、この後から新選組の時間が進んで行きます。

もう暫く、お付き合いください。

二人に幸せが訪れるように祈ってやって下さい!

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