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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
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椿VS山崎

 シンと静まり返った部屋で椿は山崎に顔を寄せている。山崎の腕はしっかりと椿の背に回って離す素振りはない。


「山崎、さん?」


椿は混乱していた。今度は山崎に抱きしめられているからだ。どうしてこうなったのか、先ほどの自分を思い返してみる。


山崎さんは私が沖田さんに口づけされたと誤解していて、沖田さんの事が好きなのかと聞いてきた。

私は違うと答えた。

口づけをされたのではなく、山崎さんが誰かに取られるかもしれないと教えてもらったんだと言った。山崎さんがとても驚いていたので、早く誤解を解きたくて思わず山崎さんの胸ぐらを掴んでいた。そして私は、自分が慕っているのは山崎さんだと言った。


そしたら、こうなっていた・・・


「あの」


椿が何か言おうとすると、山崎の腕に力が入り余計に動けなくなる。どうしたらいいのだろう。あまりにも急な事だったので自分の腕は胸の前に折りたたまれた状態だ。

手も抜けない、顔も上げられない。


「椿さん」


山崎の低く落ち着いた声が頭上で響いて、少しだけ腕の力が緩められた。ゆっくりと首を正し、顔を山崎に向けて上げた。


「見苦しい姿を見せてしまいました。謝るのは俺の方です、すみません」

「え! そんな、どうして? だって悪いのは私なんですから」


すると山崎は困ったように眉を下げながら「椿さんは悪くありません」と言うのだった。椿は山崎が頑固な事を知っている。これ以上どちらが悪いとう言い合いだけはしたくなかった。

本当は腑に落ちないけれど、自分の意志は呑み込むことにした。


「えっと、……分かりました」


それだけ告げると、山崎は目元を緩ませて穏やかに笑った。

細く切れ長な目が更に細められ、引き締まった口元はほんの少し上に上がった。胸の奥がズクンと疼く。椿の心臓はドクドクと駆け足状態だ。


熱い、顔も、身体もどこもかしこも熱いのです!


「ありがとうございます」


何故か山崎さんは私にお礼を言った。

そしてもう一度ギュッと腕に力を込めて抱きしめると、ゆっくりと解放された。急に涼しげな空気が体を撫でて、離れてしまった事が残念に思えてしまう。


「明日、一緒に出掛けてくれませんか?副長から書簡を届けるように頼まれたので」

「え、私も行っていいんですか?」

「はい。副長からのご指名ですよ」

「へ?」


山崎と島原に潜入して、討幕派の様子を探って欲しいという内容だった。


私が山崎さんと一緒に?新選組のお仕事をしていいの?


嬉しさの反面、自分にそんな重要な任務が務まるのかと不安になった。


「お役に立てるのでしょうか」

「大丈夫です。今回の任務に危険は伴いません。椿さんは俺の隣に居てくれるだけでいいのですよ」

「隣に居るだけで?」

「はい、もし何かあっても椿さんの事は俺が守ります」


今まで見たこともないような優しい眼差しで、山崎は椿を見つめた。

心はいつでも男前な椿もそんな山崎の前ではしおらしく、うまく言葉が出てこない。

ただ俯いて「はい」としか言えなかった。



明日の午後、屯所で待ち合わせることにし椿は家(診療所)に帰ることにした。山崎はこの後もまた何処かに潜入するらしい。


「山崎さん、お気をつけて」


にっこりと笑いかけるその笑顔はもういつもの椿だった。



 屯所を出てから椿は悶々と考え込んでいた。


山崎さんはやっぱりいつもと少し違う。あんな表情を見せるなんて考えられない。悪いのは自分だと言っていたし、私の事をギュッって。


ポッと頬を赤らめているのにも気づかずに、椿はゆっくりとした歩調で歩いていた。


「お! 椿ちゃんじゃねえか」


そんな声にも気づかずに、声の主の横を通り過ぎる。


「え・・・、おい?」


椿よりも遥かに大きな男は手を上げたまま通り過ぎる椿を横目で追った。巡察中の男、二番組組長の永倉新八だった。

いつもなら椿が先に気付き「永倉さーん、頑張ってますか?」と小さな掌でバシッと肩を叩いてくる。威勢が良くて元気の塊みたいな椿がぼんやりと歩いている。


「具合でも悪いんじゃ」


すると、ドンと浪人らしき男と椿が角でぶつかった。見るからに柄の悪い男が「どこに目を付けてやがる!」と椿を掴もうとしている。永倉は素早く男の背後にまわり、振り上げた腕を掴んだ。


「新選組だ。なにか問題でもあったか」

「い、いや。何でもありません。へへへ」


男は永倉の睨みに怯んだのか、椿とは反対方向へ走り去った。しかし、椿はまるで気付いていない。永倉は椿が診療所に入るまで静かに後ろを歩いた。

扉が閉められたのを確認して再び屯所へ帰った。



「土方さん、いいか」

「永倉か、入れ」


永倉は巡察の報告で副長である土方の部屋に来ていた。


「あのよ、椿ちゃんどうかしたのか?」

「あ?」

「さっき表ですれ違ったんだけどよ、ボーっとしてたぞ。俺とすれ違ったのも気づきやしねえ。声もかけたんだよ、それでも全然だった。すたすたと歩いて行っちまった」

「椿が、か?」

「顔が少し赤かったんだよな。風邪でもひいたんじゃねえか? 変な浪人とぶつかっても見向きもしねえ」

「危ねえな」

「だから診療所まで後ろをついて行ったさ」

「ご苦労だったな」


永倉は首を傾げ「椿ちゃん、どうしたんだろうな」とぶつぶつ言いながら部屋を出て行った。


土方は眉間に皺を寄せ今日の事を振り返る。

「あいつ(山崎)椿に何しやがった」と呟いていた。


土方さん!山崎さんは変な事はしていませんよっ。

どうか土方さんのモノサシで彼らを測らないで頂きたいです。

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