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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第二章 軍医として
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鬼(土方)のいぬ間に・・・

補足です

攘夷(じょうい) :外国の侵入を排除しようとする考え

新選組:佐幕派 幕府を補佐しながら攘夷を行う

伊東 :尊皇攘夷倒幕派 幕府を倒して公家中心の政治を行う

慶応元年から二年は屯所内が落ち着いたり、慌ただしくなったりの繰り返しだった。

伊東甲子太郎が加入してからと言うもの、新選組内で完全に派閥が浮き彫りとなってきた。

近藤派(佐幕派)と伊東派(尊王攘夷倒幕派)だ。しかし伊東はこの時点では倒幕は匂わせていない。

もともと江戸から一緒に来た者や、わりと古い隊士は近藤や土方寄りだったが、新しく入隊したものや政治好きな者は伊東に傾き始めていた。


「あいつまた伊東さんとこかよ」

「原田さん、お疲れ様です。浮かない顔していますね」

「おう、椿か。医学の方は上達してるのか?」

「上達しているはずです!」


原田はそんな変わりのない椿を見て安心したように笑った。


「ははっ、椿はいいな。()れてねぇ」


原田が言うには、みんな伊東の勉強会に出るようになって(にわか)政治家が増えて面白くないのだと。特に永倉が通い詰めている事が気になるようだった。


「あいつに限って寝返るって事はねえと思うけどよ、けっこう単純だからなぁ」

「そうですよね。でも、私は大丈夫だと信じています。だって、永倉さんですから」


本当は二人とも信頼している隊士たちが伊東の勉強会に出る姿を見たくなかった。二人は不安を掻き消すように笑った。


そんな時、再び隊士募集をする事となり伊東、土方、藤堂、斎藤が江戸へ向かう事となった。


ーー近藤、土方ーー


「今回は俺も江戸に行こうと思う。斎藤も一緒に」

「うむ。江戸の者にはくれぐれも宜しく頼む。それから」

「ああ分かってるよ。伊東(やつ)の事はこの機にじっくり見定めてくるよ。その為に斎藤も連れて行くんだからな」

「ああ」

「暫く、屯所(ここ)は手薄になるが総司や原田たちも居るから大丈夫だろう。何かあったら、ま、何とかしてくれ」

「大丈夫だ。任せておけ」


今回は隊士募集も重要だが、伊東の動きを間近で観察することが目的だった。土方は伊東と同行する事で、伊東という男の腹の中を覗くつもりでいるのだ。


***


「椿。今回の隊士募集だが、俺と斎藤も行くことになった」

「え!そうですか(珍しい組合せですね…)。此処のお仕事は?誰が帳簿をつけるのですか」


出納の動きは全て土方が管理していた。土方が不在の際は斎藤が任されていたが二人とも居ないとなれば、いったい誰が。


「そこなんだよ問題は」

「山崎にも頼むがあいつも忙しいからな。まさか近藤さんにやらせるわけにもいかねえ。原田と永倉は・・・ザルだからなぁ」


それでは誰も居ないではないか。出納管理はそれなりに威厳と権限がないと出来ない仕事である。

何でもかんでも了承していては、すぐに家計は火の車だ。


「不在時は帳簿動かさないようにしてはどうですか」


椿は土方が不在の一月(ひとつき)程は我慢させろと思っている。

そんな椿の表情を土方はじっと観察していた。

そして、ニヤリと笑った。


「よし!決めた。総司に任せる。あいつは一番組を率いる組長だ。誰も(ズル)をしようなんて思わねえだろう」

「ええ!!沖田さんですか?あの人かなり面倒くさがりですよ。ほいほい出しかねませんけど」


沖田が出納管理をするなど、椿にはあり得ない事だった。

土方はグイッと口角を上げると椿に向かってこう言った。


「総司の事、よく分かってるじゃねえか。大したもんだ。よし!椿、お前も一緒に管理しろ。総司が適当になり始めたらお前が手綱を引け」

「はあぁ!?そんな無理ですよ!」

「副長命令だ!」

「くっ・・・。承知致しました」


こんな時に副長命令を出すなんて!椿は土方をしこたま睨んだが、土方は反してご機嫌だった。


こうして再び隊士募集の為、土方ら数名は江戸へたった。


***


「沖田さん、ご機嫌ですね」

「ん?だって鬼がいないんですから、居ぬまになんとやらですよ」

「変な事しないでくださいね。あ、帳簿!大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。基本的には出し入れはしませんから。後で文句言われたくないですからね」

「そうですよね!一月ひとつきくらい何とかなります」


しかし椿はいっこうに土方の部屋から出て行かない沖田が気になっていた。時折、楽しそうに微笑んだりするのだ。いったい何をしているのか・・・


「沖田さん何を」と近付くと、沖田はくくっと笑って引出しの中に有る文らしきものを見ていた。


(これは・・・恋文!!)


椿の視線に気づいた沖田はにっこり笑って広げて見せた。


「見て下さいよ。この引き出しの中は全部恋文ですよ。さすが新選組の副長ですね。選り取り見取りだ」

「いつの間にこんな文を」


椿はほぼ毎日、この土方の部屋に居る。しかし、土方からはそんな素振りは見えなかった。


「モテる男は大変ですね。あ、これなんて凄いですよ。土方はんの子種が欲しいと書いてありますね」

「え!?こ、こ、子種」


男女のそれに疎い椿だが、仮にも医者である。それの意味はちゃんと分かっているのだ。だからか、とてつもなく顔が赤くなっている。


「女の人はお腹で男の人を選ぶそうですよ。その人の子を産みたいかどうかで判断するのだとか」


「っーー!」


椿は目をいっぱいに開いたまま固まっている。


「それにしても土方さんはモテますね。そのうちそこら中に土方さん似の子が増えるかもしれませんね」


沖田はちらりと椿の様子を見ると「ふふっ」と笑い「さて巡察に行ってまいります」と部屋を出で行った。


(女の人はお腹で男の人を選ぶって・・・)


「椿さん?」


誰かが椿を呼んでいる。ああ、病人か怪我人かとほわほわした頭で考えながら、声のする方を向いた。


「あっ!」

「え?」


山崎だった!

まさに頭の中に浮かびかかっては、必死で掻き消そうとしていた本人が目の前に居る。


(山崎さんの、子種っ………!?だ、だめ!私、何をっ)


ぶんぶん首を振り、脳の中を一掃しようとがんばった。

そんなこととは知らない山崎は椿の様子がおかしいのが気になり、傍までやって来た。


「椿さん、大丈夫ですか」

「やっ、山崎さんっ!!」

「どうしたんですか!」

「な、な、な、何でも、ありません」


否定すればするほど挙動がおかしくなる。


「えと、山崎さんなら、その、いいと思っています。でも、まだ成すべき事がたくさんあるので。今はまだ」

「・・・え?」


真っ赤な顔をしてそんな事を言われても、山崎はさっぱり分からない。


「だからっ!山崎さんのっ」


勝手に追い込まれた椿は大きく息を吸って、


「・・・っ。こ、こ、こ」

「こ?」

「・・・」


やはり言えなかった。でも、確実に椿の中に目覚め始めたはずだ。

沖田の意図かは分からないが、椿の山崎を見る目は少し角度が変わって来たことには違いない。


土方さんの恋文を盗み見した沖田と椿。

大人の女性が書く求愛に自分の幼さに気付いてしまう。

私だって、立派な大人の女です。

山崎さんとなら…が頭の中を駆け巡る。


椿が先か、山崎が先か。

私にも分かりません。でも、二人とも大人ですから、ねえ?

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