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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第二章 軍医として
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言葉では足りない時はどうしますか?

また、いつもの日常を取り戻したように思えた。

しかし世の中はあの池田屋騒動から目まぐるしく動き始めた。

屯所を越してすぐに山南の脱走、そして切腹。

やっと乗り越え、椿は再び松本良順のもとに通い蘭学を学んでいた。


そんな中、新選組に加入した伊東が連日勉強会という名の伊東一派普及に励んでいた。


「いやぁ、勉強になるねぇ!」

「永倉さん、お疲れ様です」

「おお!椿ちゃん、相変わらずがんばってるか?」


永倉は政治の話を聞いたり語るのが好きで、よく伊東の勉強会にも顔を出しているようだった。


「おや、我が軍医の椿くんではないですか。あなたも新選組(ここ)の者として一緒にどうです?為になりますよ」

「ありがとうございます。しかし、私の師は松本良順ですのでそれ以外は・・・」

「そうですか?これからは医学だけではついて行けませんよ。政治に明るくなければ」

「政治は不要です。ありがとうございます」


と、椿は丁寧に頭を下げてその場を去った。

実はこの伊東、椿を引き摺り込みたくて仕方がないのだ。

医者である椿が自分の一派に加われば、この先の行く末は安泰だとも考えていた。

土方のお気に入りをどう取り込むか、そればかりが頭を占めていた。


(土方くんの軍医制度に目を付けたのには恐れ入りました。しかし、新選組は先がない。どう足掻いても新しい時代がやってくるのです。宝の持ち腐れにならないよう、私がいただきます)


伊東は誰にも知られぬよう薄ら笑いを扇子で隠した。


椿はどうしても伊東のやっていることは反新選組だと思えて仕方がなかった。勉強会もよくよく聞けば思想が長州寄りなのだ。

思想を否定したりはしない、ただ考えの違う新選組に何故いるのかが疑問でならなかった。

何よりも気に食わないのは布教活動のように自分に取り込もうもしているところだ。藤堂はもとより、永倉や斎藤までもが会に加わっている。


悶々としながら、稽古場へ向かった。

今日は斎藤に小太刀の稽古をつけてもらうようになっていた。


「斎藤さん!宜しくお願いします」


戦場で自分の身を守るための術を習っている。

隊士のように腰の横に帯刀するのではなく、腰の後ろに沿わせるように小太刀を差すようにしている。


「そうだ。抜くときは躊躇うな、躊躇えば自分が怪我をする。刀は腕に沿うように被るように柄を握れ。腕の力で振るんだ」

「はい」

「あくまで逃げる為の一太刀だ。相手が怯んだらすぐにその場を去れ。間合いを絶対に取られるな」


斎藤の教えは非常に実践的で小柄な椿にとっても有効なやり方だった。

戦う為の剣ではなく、躱すための剣だ。

椿が殺られては意味がない。隊士を救う為には何が何でも自分の身は護らねばならなかった。


「随分と上達したな。後は相手を倒した時に袈裟がためで落とす(気絶)技も覚えるといいだろう。女と分かれば手段を選ばず手籠めに掛けようとする奴も出てくるだろうからな」


こうして護身術もしっかりとしたものになって来た。

椿は汗を拭いながら気になっていた事を口にする。


「斎藤さんは伊東さんの事をどうお思いですか?」

「どうとは」

「伊東さんの考えに賛同されていらっしゃるのかと、思いまして」

「さあどうだろうな。だか、考え方が間違っていると強く否定は出来ない。それだけだ」

「そうですか」


椿は明らかにがっかりしたように声を落とした。斎藤には伊東さんの考えは合わないと言って欲しかったのだろう。

斎藤は椿のそんな正直なところがまた好きだった。


「あんたは新選組(ここ)の為になる事だけを考えればいい。俺もそれだけを考えている」


ほんの少し口元を緩めた斎藤が椿の頭を軽く撫でた。

斎藤がこんな事をしてくるのは珍しく、椿は目を見開いて驚いた。


(斎藤さんが、少し、変)


それがどう変なのか、後に分かることとなる。


***


「山崎さん、斎藤さんなんですけど最近何かおかしくないですか?」

「斎藤さんが?」


椿は言葉では言い表せないけれど、斎藤に違和感を感じるのだと。

護身術の稽古も以前よりも高度な技を短期間で習得させようとしていること。そして、少し優しいのだ。

以前だって、無口だが無口なりに手を差し伸べてくれていた。

しかし、この頃は言葉数が増えてきた。


「何故でしょう?」

「椿さん、それで斎藤さんに対する気持ちが変わりましたか?」

「変わる?」

「その、心変わりです。斎藤さんが好きに、なった、とか」


山崎は眉をぐっと寄せ、困ったような怒ったような表情で椿のことをじっと見つめている。


「斎藤さんを!?・・・まさか!」

「気になるのでしょう?斎藤さんの事が」

「山崎さん、もしかしてっ!」

「なん、ですか」


椿はもう以前の椿ではないのだ。山崎の事が好きで仕方がないのは変わらないが、なによりも椿は女としても成長しているのだ。


「ふふふ。それ嫉妬、ですよね?」

「なっ!?な、何を言って」


山崎の顔が一瞬にして赤く染まったのを確認した椿は、堪らずガバッと山崎に抱きついた。


「え!椿さんっ」

「嬉しくてっ。山崎さんが嫉妬してくださったのが!私はいつも、どんな時も心変わりは致しません!山崎さん一筋ですよ!」


顔を上げ山崎の顔を仰ぎ見た。

目元を染め、そわそわと視線を泳がせる山崎が堪らなく愛おしい。

幾度かの困難を乗り越える度に、山崎への思いは増して行った。


(どうしよう。こうしているだけでは足りません。どうやったら山崎さんに私の気持ちが伝わるのでしょうか)


「椿さん?あまりこう、くっ付かれていると不味いのですが」

「え?」


椿が成長したのはそこ迄で、結局肝心な男の事情に疎い。


「あまりこうされていると、その」

「山崎さん、何が不味いのですか?具合でも?」


いや、確かに具合(・・)と言えば具合なのだか・・・


山崎はいつまで耐えられるのか。

蘭学も軍学も必要だ!しかし、やはり男心も学ばねば。


「俺、自信がありません。ずっとこのままではっ」

「山崎さん!自信を持ってください。大丈夫ですから」


絶対に大丈夫ではないのだ。山崎は()の昂ぶりを治める為に再び理性と本能との戦いに挑むこととなる。


椿さん、そろそろ山崎さん限界かもしれません。


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