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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第二章 軍医として
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互いの気持ちを想えばこそ

どうして、どうして、と言う言葉ばかりが頭を支配する。

なぜ死ぬことが選択肢に入っているのか、椿には到底理解できない。

自分は医者として人の命を救う立場であり、無傷な人間を送り出すなどとは無縁な話だった。


これが新選組の進む道なのか、それとも激動の渦に呑み込まれた者の運命さだめなのか。



「椿さん、大丈夫ですか」


腕の中でしゃくり上げて泣いていた椿が静かになった。


「すみません。取り乱してしまいました」

「いえ」


椿は身体を起こし山崎の前に座りなおした。泣きはらした顔は擦れたように赤くなっている。

山崎は縁から降りると自分の手ぬぐいを鹿威ししおどしの水で濡らし軽く搾る。


山南の部屋から見る景色はとても風流だ。

寺の境内がわずかに覗き、経の声が低く響き渡り、それに混じって鹿威しがカタンと鳴る。

ここで自分の身の振りを決めたのだと思うと、また胸が苦しくなった。

此処はまるで別世界のように思えたからだ。


山崎は濡らした手拭いを、そっと椿の頬に当てる。きんきんに冷やされた手拭いが、椿を現実の世界に引き戻してくれた。

椿は自分の頬を拭う山崎の手に自分の手を重ね、そこから伝わる山崎の体温をじっと確認した。

ああ、この人は生きている、確かに今を生きていると何度も心の中で叫んだ。


「椿さん、副長も心配しています」

「はい。でも、もう少しだけこのままで、山崎さんの温もりを」


椿が言うと山崎は手拭いを足元に置き、今度は両手で椿の頬を包み込んだ。

椿はそっと瞳を閉じだ。


(死なないでください。どんなに不利な戦争になっても、どうか死なないで)


口に出すことは許されないと知っていた。此処では誰もが武士として己の使命を全うしようとしているのだから。死ぬなということは戦うなという事と同じだからだ。


「椿さん、俺は死にませんよ」

「え」

「新選組と最後まで共に有り続けるのが俺の使命です。有効な情報を正確に早く副長へ知らせる為、新選組を勝利に導くために俺が居るのです。死んでしまえば隊務放棄となります」


山崎は椿の心を読み取ったかのように真っ直ぐな眼差しで、そうはっきりと言った。


「だから、俺は、死にません!」


椿は山崎の力強い言葉に自分も応えたいと思った。

だから精いっぱいの笑顔をこしらえて、


「はい!私が死なせません!」


自分が死なせない。その為にもっと学ばなければならない。

新選組を山崎を最後まで武士として戦士として戦わせる為に、自分は此処に在るのだ。


(椿さん、あなたの笑顔は眩しい。何があってもどうか強く乗り越えてください)


山崎は椿の手を取り立ち上がると「行きましょう」とこの山南の思い出から静かに離れた。


***


椿と山崎は土方の部屋に戻った。

椿の顔をみて安堵したのか、鬼のように強張っていた土方の顔が少し緩んだ。


「もう、大丈夫なのか」

「はい。ご心配をおかけいたしましたが、自分なりに納得いたしました」

「そうか」


実は土方自身も今回の件は参っていたのだ。

最近は意見の不一致で山南とはぶつかり合ってばかりだった。それでも江戸に居た頃からの仲間であり、彼の事はとても慕っていた。賢く冷静で優しく、周りの事がよく見えている人だった。

しかし隊を率いる者として、山南を特別扱いすることは出来なかったのだ。

どうしてもっと遠くに行ってくれなかった、どうして大津なんかで宿を取ったのだと悔やまれてならなかった。

沖田と山崎を追わせたのは手荒な真似で連れ戻したくなかったからだ。


「で、おまえはどうするんだ。もう新選組ここには居たくなくなっただろう。身内がどんな立場の者であろうと容赦なく切腹させるんだ。愛想が尽きただろう」

「あの、仰りたい事がよく分からないのですが」


椿は土方もまた落ち込んでいる事を承知していた。悲観的になるのも無理はない。

だからこそ椿はいつもの椿に戻る必要があった。


「あ?分からねえだと。こんな誰でもかれでも殺すような場所には居たくなくなっただろうって言っているんだ。出て行きたければ止めやしねえよ」

「相変わらず一人で勝手にお決めになるのですね」

「なんだと!」


山崎は焦った、椿が土方にケンカを売ろうとしている、と。


「椿さん」

「山崎さんは黙っていてください!土方さん、泣きたいときは泣けばいいのです。ここには私と山崎さんしかいませんから。鬼の副長だって涙くらい出るでしょう」

「・・・てめぇ」


土方は前のめりになって椿を睨みつけた。眉間の皺は一層深く掘り込まれている。

椿も椿で土方を睨み返しているではないか。


「ちょ、ちょっとお二人とも」

「煩せぇ「黙ってください」」

「あ・・・」


こうなると誰も二人を止めることは出来ないのだ。

土方の瞳には椿の姿が映り、椿の瞳には土方の姿が映る。


「泣いてください!」

「泣くかばかやろう!」

「強情ですね」

「おまえに言われたくねえ」


すると静かに障子が開き、断りもなく一人の男が入ってきた。沖田だ。


「あれ、接吻でもするんですか?この二人」


その一言で我に返った土方と椿は、「うおっ!」「きゃっ」と互いが後ろに引いた。

山崎は一人置いてけぼりだ。


土方も顔を真っ赤にして「なわけあるかっ」と吐き捨て、

椿は「ご冗談を!」と顔を隠す始末。


「え、冗談に決まっているじゃないですか。いやだなぁ、本当に接吻だったら山崎くんが黙って見ているわけがないでしょう。おかしな人たちですね」


そう言って、一人でけらけらと笑っている。


本当は沖田だって事情くらいは分かっている。誰よりも察しがいいのだから。

椿が必死になっていつも通りに戻そうとしていたのを知っていたのだろう。



いつ誰がどんな形で死ぬのか分からない。

でも、こうやって一つずつ乗り越えて行けばいい。

一人ではないのだから。


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