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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第二章 軍医として
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山南さんの最期

山南さんが、切腹。


椿は目の前の光景があまりにも現実離れし過ぎており、理解するのに時間が掛かった。

自分がいない間に何が起きたのか!


(むしろ)の上に正座で座る山南は瞑想をしていた。その前には柄の白い短刀が真っ白な紙の上に置かれてあった。

沖田が斜め後ろに立ち腰に差した刀の鞘を握りしめている。

まさか、沖田が介錯をすると!


近藤が土方の方を向き、小さく合図をするように頷くのが見えた。

沖田は腰に差した刀を静かに抜く。

駄目っ!

咄嗟に足が一歩前に動き口を大きく開き、息を吸ったその瞬間、


「やめっ」


誰かが後ろから椿を拘束し、手で口元を覆った。

土方が静かに腕を振り上げる。

前に座る山南は静かに二人に向けて一礼をし、着物の腹を左手で大きく割った。


嫌、駄目!どうして。拘束を解くために足掻く。

すると


「椿さん」


喉の奥から絞り出すような声が耳に聞こえた。

山崎だった。


「止めることは、許されませんっ」


(どうして、山南さん!また会ってくれるって言ったのに)


山南は短刀を右手で取り鞘を抜く、静かにそれを置くと両手で短刀を握り直した。剣先を腹に向ける。

そして、その後は一瞬の出来事のように思えた。

夢であって欲しいと願った。


呻き声すらあげずに、腹に短刀を突き刺し横に引いた。

直後、沖田は山南の首を美しいとも思える所作で落とした。

無駄な血しぶきを飛ばすことなく見事な介錯だった。


「ふっ、ううぅ」


椿が膝から崩れ落ちそうになるのを山崎が支え、ゆっくり地面に座らせた。悲しいよりも悔しさが勝っていた。

声を出して泣きたかったが、我慢した。地面には涙がぼたぼたと落ち染みを広げて行く。

山崎の手が優しく椿の背中を何度も何度も擦った。


(私は何も、何も出来なかった)


その後は淡々と片付けが進み、隊士たちは持ち場に戻って行った。

最後まで其処に残っていたのは動く事が出来なくなった椿と、それを見守る山崎。そして、全てを見届けた土方だけだった。


もう三月だと言うのに吹き抜ける風が、凍てつく氷のように胸を突き刺さしていった。


***


山南は江戸に戻ると置き手紙を残して脱走したそうだ。

それを追いかけたのが沖田と山崎だったのだ。

大津で山南を発見、その後屯所へ連れ戻した。

新選組の規則、「隊を脱することは許さず」ということから切腹がくだされたと。抵抗する素振りは一切見せなかったと。


もっと早く、遠くまで逃げていればそれ以上は追わなかったはずだ。

なぜ、すぐ隣の大津で一泊したのか。


「山南さんは初めから死ぬ気だったのだろう」と土方が言った。


最後に二人で話した時の山南の姿を思い出す。

自分と話が出来てよかったと言っていた。何かを悟ったように。


「私が、私が殺したんです。私と話をしなければ山南さんは脱走なんてしなかった!切腹なんてしなくて済んだのに!!」


「おい、椿!」

「私が、私が」


椿は土方の部屋を飛び出した。何処に向かっているのか自分でも分からない。たくさんの隊士の横を走り過ぎた。


「山崎!」

「はっ、失礼します」


山崎は椿の後を追った。取り乱した椿を見た事がなかった為、何処に行ったのか検討がつかない。

土方もまた立ち上がり椿を探しに部屋を出た。


ーーーー


その頃、沖田は山南が居た部屋の前の縁側に座っていた。

そこからは西本願寺の屋根が見え、経を上げる声が聞こえてくる。

山南はこの景色をどんな思いで見ていたのだろう。

自分が追ってくるのを分かっていたような素振りだった。

いつもの柔らかい笑みを零して「介錯はあなたにお願いしたい」と言ってきた。


ふと沖田は誰かの気配を感じて廊下の先へ視線を向けた。

姿を現したのは涙をぼろぼろと零しながら歩んでくる椿だった。

椿の足はいつの間にか山南の部屋へ向かっていたようだ。


「椿、さん?」


椿はどこを見ているのか分からない程にふらふらと定まっていない。


「椿さん!」

「あ、沖田、さん」


やっと口にした言葉の後は子供のように泣きじゃくり、廊下に崩れ落ちた。


「あああ!ごめんなさい、ごめ、んな、さい」


椿は自分を責めるように泣いていた。

ああ、この()にとてつもない荷物を背負わせてしまったと沖田は後悔をした。最後に山南に椿を会わせたのは自分だ。

山南を切腹させたのは自分だと責めているに違いないと。


「椿さんの所為ではありません。山南さんはずっと迷い悩んでいたのです。武士として自分らしく、山南敬介としての死に場所を探していたのです。誰も止めることは出来なかったと思います」


椿は沖田の話を黙って聞いている。


「椿さんに会って死を決めたのではなく、椿さんに会って自分自身を取り戻したのだと思います。切腹をするという事は武士だったと言う証なのです。だからあの時、声を上げずに立派に旅立てたのです」


この世に悔いがあれば、新選組を嫌っていたならあの様な美しい最期ではなかったかもしれない。


「椿さん、山南さんの最期に間に合ってよかったですね」


沖田はそう言うと、頬を少し緩め笑ってみせた。

武士とはいったい何なのか、そんな事さえ憎みたくなる。

それでも彼が望んだ事なら、仲間は受け入れ送り出してやるのだ。


椿は震える声を圧し殺し「はい」と答えた。


沖田は椿の背中をぽんぽんと優しく宥め、静かにその場を後にした。

「山崎くん、後は頼みます」と言い残して。


山崎は椿の後を追って此処へ辿り着いたのだ。

静かに椿の前に膝をつくと、涙で濡らした椿の頬を手で拭った。


「山崎さん!うわぁぁぁん」


縋り付いて泣く椿を、山崎はいつまでも抱きしめていた。


いろいろ調べたのですが、山南さんの脱走に至る経緯が分かりません。

病気説が語られているのですが、なんの病気だっのかも不明。

謎、なんです(´;ω;`)

新選組の中でも評判の良い方だったそうです。

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