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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第二章 軍医として
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蘭学と軍学

「椿さん、無理はせずに頑張って下さい」

「はい」


椿は山崎に送られ大阪の良順のもとにやって来た。

帰りも山崎が迎えに来るという。


「お手間を取らせて申し訳ありません」

「これも隊務のひとつです。それに職務を利用できて実は嬉しいのですけどね」

「もう、山崎さんったら」


時々こうして山崎が惚気て見せるようになった。堅物だと思っていたが、惚れた女が出来るとこうも変わるものかと驚く。



椿は良順に蘭学を習い、最終的には切開術と縫合術まで学ぶつもりだ。

勿論これまでも切開はした事はある。しかし、それはあくまで化膿した膿を掻き出す程度だ。

しかし、銃弾を取り除くとなると体の内部まで刃を入れる。今の椿の知識では浅すぎるのだ。

もう一度、人体の造りをさらい直す必要があった。


限られた時間の中、椿は必死に頭に叩き込んだ。

男と女の体の違いから精神状態まで。と言うのも、戦が長引けば男には一言では言い表せない事情と言うものがある。

それは本能的な部分であるが故に頭の痛い問題であった。


「いいか、興奮状態が続くと男は本能が勝る。命の危機を感じれば感じるほどに子孫を残したがる、時にそれを慰めねばならん」

「・・・」

「そう言った症状を認めた場合は速やかに、その部隊の長に報告をすること!椿は絶対に近づかないこと!いいな?」

「っ、は、はいっ!」


こればかりは軍医はお呼びではないのだ。


また、良順の教えは治療の知識だけではなかった。実際に戦で使われる銃と銃弾についても学ばなければならなかった。



「これが拳銃だ、そしてコイツが弾だ」

「こんな小さなものが、体にめり込むのですか?」

「ああ、この拳銃がとてつもない威力で弾を飛ばすからな。もし(これ)が心臓や頭を貫けば終いだ」

「えっ」

「こんなに小さいが、一瞬で命を奪う。戦になるとこれが雨の如く降り注ぐ。逃げられないんだ」


たった一発の銃弾が、簡単に人の命を奪うことに衝撃を受けた。

思わず手が震えた。隠すように強く握りしめる。


「薩摩はこれを使うのが得意だ、奴らが完全に倒幕に傾けば幕府は窮地に立たされるだろう」

「なぜです?兵の数は幕府の方が多いはず、銃だって大砲だってありますよね?」

「残念ながら幕府のは旧式だ」

「旧式?」

「相手は外国から新式を大量に仕入れたと聞く。それが本当なら刀が主戦の幕府や新選組は」


もうそれ以上は聞きたくない。勝つために、助けるためにここに学びに来たのだ。そんな後ろ向きな話は聞きたくなかった。


「椿、現実を知らずして戦争は出来ん。いいか我々の戦いは如何に多くの味方の兵を救うかだ!生きる可能性のある者から先に救う。見込みのないものは運命(さだめ)として諦める。これが軍医の戦争だ。それが出来ないのなら、軍医は辞めるしかない」


「はい。分かりました」


良順から医学以外の事も教えられた。知れば知るほどに戦争と言うものの理不尽さ、不必要さを痛感する。

しかし、それを止めるのもまた戦争だと知った。


こうして七日が過ぎた。

そろそろ山崎が迎えに来る頃だ。


「先生ありがとうございました!」

「よく頑張ったな。また連絡する。それまでに忘れるなよ?」

「はい!」


良順は大きな手で椿の頭を撫でた。父が生きていたならこんな感じなのだろうか。そんな事が頭を()ぎった。


「椿さん!」


振り向くと其処には島田魁が立っていた。


「島田さん!あれ?どうしたのですか?」

「はい、椿さんのお迎えに上がりました」

「島田さんが?」


島田の話では、山崎は急な任務の為来れなくなり、代わりに島田が大阪までやって来たのだ。


「危険な任務ですか?」

「いえ、危険なものでは、ないですよ」


いつものようにニコニコと笑う島田だったが、心無しか言葉の歯切れが悪かったように思える。

気のせいだろうか。


最初は一日かかった道のりも、今では半日程で京に戻れるようになった。知らぬうちに体力も付いているようだ。

今でも斎藤から護身術を習い、最近は小太刀の扱いも習っている。


「もうすぐ屯所です」

「はい!」


自然と足が早くなる。やはり皆がいる屯所が落ち着くのだ。


「ただいま戻りました!」


いつもは騒がしい屯所内だが、今日は妙に静かだ。

島田の方を振り向くと、眉間に皺を寄せ何か考えているようだった。


「島田さん?」

「すみません、少し外でお茶でも飲みましょう」

「え?」


わざわざお茶を飲みに外に出ると。今、帰ってきたばかりで?

そして何故こんなに静かなのか。


「あの、私は部屋に戻ります。ありがとうございました」

「つ、椿さん!」


島田の声にビクリと体が揺れた。


「今は、行かない方がいい」

「なぜ、ですか?」

「それは」


島田の表情が曇ったのを見て、屯所内で何かが起きていると察した。

椿は島田の忠告を振り切って廊下を進んだ。

嫌な予感がする!


隊士が誰もいない。 外庭か!?

全体報告の際は必ず外庭に隊士が集められたからだ。

草履を履き直し、椿は走った。なぜか走らずにはいられなかったのだ。


この木を抜ければ外庭だ!

真っ黒な隊服を着た隊士達が整列している姿が目に飛び込んだ。

皆、一点を見つめている。

その見つめる先には近藤、土方が厳しい表情で座っている。


「何が起きているの?」


椿は息を整えながら、静かに近づいた。

二人が見つめる先には真白な(かみしも)を着た者が俯いて座り、その後ろには刀を握りしめた沖田が立っていた。


「え?もしかして、切腹!?」


沖田の前に座る人物をもう一度見た。


ーーー山南さんっ!!


主要人物の死はスルーするつもりでしたが、椿が軍医として成長する為には避けて通れないと判断した為、触れることにしました。

ほのぼのから少し離れますが宜しくお願い致します。


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