屯所、引越しました
引っ越しても武器やらなんやら、かさばる大きなものは依然として八木さん(壬生の前屯所)とこに置いています。
八木さん心が広いですね。
今、屯所としている場所は隊士の増員で狭くなったという理由に加え出動の際に何かにつけて不便な場所にあった。
問題は移転先だった。いくら会津藩お抱えとはいえ、どこも歓迎してくれない。
そんな状況で決まった移転先が、西本願寺だった。
「西本願寺!?」
「そうだ」
西本願寺と言えは薩摩や長州と親しいとされていた。以前は西本願寺で会合まで開かれていたという。
ようは倒幕派で敵陣ともいえる其処に、なぜ幕府側の新選組が移転するのかと言う事だ。
「あそこは市街地で場所もいい。それにあそこにいれば倒幕派の動きがけん制出来るってわけだ」
「坊主たちがよく首を縦に振ったな」と幹部でも政治に明るい永倉は首を傾げた。
椿もその話を聞いていたが、その中に山南の姿はなかった。
彼は西本願寺への移転を反対していたと聞く。寺の坊主が嫌がるのになぜ無理に行くのかと。
山南の意見ももっともだと思っている。しかし、倒幕派の動きをけん制するというのも確かだ。
こうして新選組は壬生の屯所から市街の西本願寺へ引っ越した。
「えっと・・・私の部屋は」
「椿さん」
「山崎さん!もうお荷物は運び終わりましたか?」
「ええ、椿さんは?」
「それが・・・」
椿は土方から部屋の割当をまだ聞いていなかった。
以前の屯所より広くなったとはいえ大世帯の新選組だ、一部屋に何人もの隊士が放り込まれているのは変わりなかった。
まさか自分も何処かの部屋に押しこまれたりはしないだろうかと、少々不安に思いながら今に至っている。
「聞いていなかったのですか」
「はい」
「俺が案内します」
山崎は柔らかい笑みを見せると、椿の先を歩き始めた。
(山崎さんの背中、なんだか久しぶりです)
年明け早々、大阪と京を行ったり来たりで一箇所に留まる姿を見ていなかったのだ。自分の前を行く山崎の背中を、穴が開くほどじっと見てしまうのは仕方がないだろう。
「椿さん、こちらが・・・っ!」
ーードンっ!「ひやっ」
そう、あまりにも見つめ過ぎて気づけば目の前に山崎が!
人は急には止まれないもの。
「イタたたた」
「大丈夫ですか!」
椿は尻餅をついて鼻を擦っていた。
痛いのはお尻、ではなく鼻のようだ・・・
「すみません、私何やってるんでしょう」
「俺こそすみません。まさかぶつかるとは思わなくて」
山崎が手を差し伸べると椿はその手を取り、頬を赤く染めた。
「椿さん?」
「・・・」
真っ赤な顔の椿は俯いて、何かぼそぼそ言っている。
「・・・え?」
「その、山崎さんをじっくり見る機会がなかったので、つい・・・見惚れてしまいました」
鼻を押さえながら顔を真っ赤に染めて自分に見惚れていたと言う。
そんなことを言われたら、どうしてくれよう!!
ここはぐっと堪えて、取った手を優しく重ね「真っ赤ですよ、椿さん」と誤魔化した。
椿の部屋は以前より狭いが一室を与えられたのだ。因みに隣は土方の部屋だ。仕事と小姓じみたことをしていたのでその為だろう。
「あの、山崎さんは?」
「俺は斎藤さんと同室です」
「すみません、一部屋占領してしまって」
山崎は申し訳なさそうに言う椿にこう言った。
「新選組には女性の軍医がいると知られています。これだけ大世帯だと妙な輩も居ますから身を守る為にも必然です。副長の隣なら危険は少ない。俺はいつも居ない事が多いので。それに・・・」
山崎は椿から目を逸らし言い難そうに俯いた。
「それに?」
「それにっ、誰かと同室では忍んで来ることが出来ませんから」
「忍んで・・・っ!や、山崎さんっ」
二人して顔を真っ赤に染める姿はなんと初々しい事か。
所有印までつけた男がこの有様だ。
これからが新選組にとって激動の幕開けだ。この二人にも多くの試練が押し寄せる。それでもこの暖かな空気が消えぬように願いたい。
二人の絆が試されるのだ。
***
「山南さん、体調はいかがです?」
「沖田くんか入り給え」
沖田は越してすぐ、荷解きもせずに山南のもとを訪れた。
この移転を最後まで反対していたのは山南だ。沖田は山南を江戸にいる頃から兄のように慕っていた。山南も沖田の事を弟のようにかわいがっていたようだ。
「外の風に当たってはどうですか?僕がお供しますよ」
「はは、大丈夫です。ここは皆と少し離れていますから、風通しは良いのですよ」
山南は文武両道、性格も温厚で壬生にいる頃は子供からも慕われていた程だった。将軍家茂の警護で怪我をおってからは表に出ることはなくなった。
総長と言う地位を与えられてはいるが、伊藤一派の参入でその権威を発揮する機会は失われた。
「そうですか」
沖田はそれ以上は言わず暫く山南と並んで座っていた。
「沖田くん、これからの新選組を近藤さんや土方くんの事、頼みましたよ」
「え?」
「私は見ての通り役立たずだ、剣は握れない。正直、お荷物だよ」
「どうしてそう言うことを?椿にさんが心配していましたよ。診察させてほしいのにと」
「椿くんが?」
沖田は椿が山南の事を気にして落ち込んでいる事を知っていたのだ。
勝手に押し掛けて診察をする権利はないと、何も出来ずにいる自分を責めていたことも。
「江戸からともに来た大切な新選組の人間なのに!って」
「彼女らしいですね」
「一度話をしてみてはいかがです?」
「そうですね・・・」
何処か遠くを見るように、心はここに無いようなそんな空気を身に纏っていた。
沖田は山南にどうしても椿と向き合って欲しかった。
彼女なら何か変えられるかもしれない、と。
西本願寺の敷地内に屯所を構えたのですが、それでも狭さは変わりなかったようです。住職たちからは物凄く警戒され、日常では関わりを持たぬようにしていたそうです。
ま、長州寄りだったらそうなりますよね〜。
ほんと、よく受け入れたなぁ…。




