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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
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山崎VS椿

 沖田は変わらない表情で障子に目をやった。振り向いて確認した椿は驚きすぎて口が開いたままだ。

そこには怒りを露わにした山崎が、ギロリと沖田を睨んでいる。


「やっ、山崎さん」


椿は山崎と沖田を交互に見てはおろおろした。

いったい何がどうなったのか。


「沖田さん! あなた、椿さんに何をっ!」

「僕は何も。ねえ椿さん」


沖田は椿にこれ以上はない優しい笑みを向けてきた。

椿は困惑する。なぜ沖田はこんな表情で私に話を振るのだろうか。確かに何もされてはいないけれど。


「沖田さんが組長でなければ、俺は斬っていたかもしれないっ」


拳を固く握りしめた山崎はそんな事を言い放ったのだ。


「え! ええ! 山崎さん。落ち着いてください。どうしたんですか」

「椿さん。あなたもです! どうして沖田さんの部屋に居るのですかっ!」

「きゃっ」


山崎は椿の腕をグイと掴むと、振り返りもせずに沖田の部屋を後にした。残された沖田はほんの少しだけ椿に申し訳なく思う。


「ちょっと、やりすぎましたね。椿さん大丈夫かな」



 山崎は無言で足早に廊下を進み、椿は引き摺られるようについて行く。不思議と誰ともすれ違うことはなかった。

椿の手首は悲鳴を上げている、これほどまで強く握られた事はない。三日ぶりにようやく会えた山崎は何故かとても怒っていた。


屯所の一番奥の部屋、そこは山崎の部屋だ。一日のほとんどを外で過ごす為か、沖田に並ぶ殺風景とした部屋だ。そのの片隅に、鍼灸の往診箱がぽつりと置かれてある。


「・・・」

「・・・」


あんなに怒っていた山崎は口を閉ざしたまま何も言ってこない。椿は放された手首を気づかれない様に後ろでそっと撫でた。

恐る恐る山崎の顔を見ると、未だ怒りからか瞳がフルフルと揺れていた。

何か気に障る事をしてしまったんだろうか。椿はこの三日間の事を振り返ったが何も思い当たることがない。あえて言うなら、今日勝手に屯所に上がりこんで皆に迷惑をかけてしまった事だ。きっとそれを怒っているのだろうと。


「ごめんなさい」

「・・・」

「勝手に屯所に上がりこんで、皆さんに迷惑をかけてしまいました。私は大人しく山崎さんの帰りを待つべきでした。お仕事の邪魔をしてしまって……ごめんなさい」


俯いた椿の目からポタポタと涙が落ち、畳にシミを作って行く。それを見た山崎はようやく我に返った。


「椿さんっ、違うんです。椿さんは悪くない」

「どうして? 悪いのは私です」

「いえ、違います。俺が勝手に怒って、単なる悋気(りんき)です」

「りん……き?」

「椿さんは沖田さんの事が好きですか」

「えっ!?」

「先ほど、沖田さんと、そのっ」

「沖田さんと?」

「くっ、口づけをしているのを見てしまいました」

「ええ!!」


山崎はとても悲しそうに椿を見つめた。今にも涙がこぼれそうなくらいに。しかし、椿は山崎が言っている事がよく分からなかった。


「私は沖田さんと口づけ、していませんよ?」

「嘘です。沖田さんの口元が君の此処にっ」


山崎は椿の首筋を指先で触れるか触れないかの距離でなぞった。


見えてしまったのだ。山崎からは沖田が椿に口づけしている様に、見えたのだ。


「してませんっ! 本当にしていません。沖田さんは私に教えてくれたんです!」

「・・・」

「早く、山崎さんに自分の気持ちを言わないと、他の女の人に取られるって!」

「え!?」


今度は山崎が驚いている。

口づけをしていない。それどころか、自分が他の女に取られるっなどと言っている。


椿は必死だった。こんなことで誤解されては堪らない。どうにかして自分の気持ちを伝え、信じてもらわなければならないと。

椿は山崎の襟元をぐっと掴んで、自分に引き寄せた。そして山崎の瞳を自分の瞳で捕えたのを確認すると、意を決してこう言った。


「私がお慕いしているのは、あなたです! 三日も何の任務かも知らず、安否が気になり居ても立っても居られなくなって、副長の部屋に押し掛けたのです!」

「……え?」

「あのまま副長の部屋に居たら邪魔になるからって、沖田さんが部屋を貸してくださったんです。勝手な行動を取ってしまってごめんなさい」


椿はスッと手を放し、山崎に深々と頭を下げた。


「迷惑ばかりかけています。もう追いかけたりしませんからっ、怒らないで、くだ、さいっ」


再び、畳にボタボタと涙が雨漏りのように落ち始めた。それを見た山崎は、トンと胸のつかえが取れた事に気が付いた。自分が何故こんなに怒ったのか、どうしてここ迄取り乱してしまったのか、副長から何故あんな事を言われたのか。

それは、椿に惚れているからだと。


今にも泣き崩れそうな椿の肩をそっと自分に引き寄せた。胸元には涙で濡れた彼女の顔がある。両手で壊れ物を包み込むように、隠すように椿の背に自分の腕を回した。



「え……、山崎さん?」


悋気(りんき)=男女間に存在する嫉妬のこと。

嫉妬は男女間に限らず使用できますが、悋気は使用できません。

ヤキモチや嫉妬より強いヤツは無いものかと、調べていたら見つけましたっ!

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