誤解は新たな誤解を生むもの
土方の部屋を出た椿は廊下を進み、山崎の部屋の前まで来た。
しかし、啖呵を切って出てきた手前この夜更けに、のこのこと戻る勇気はさすがになかった。
「はぁぁ」と長い溜息を吐き部屋を背に座ると、冬の匂いを漂わせる風が椿の頬を撫でた。羽織も着ずに寝間着のまま出てきてしまった。
山崎の事となると後先を考える事か出来ない。
寒さに加えて後悔と孤独が椿を覆い尽くしていく。泣いたって仕方がないのに、涙は勝手に出てきてしまう。
「うっ…ひっ、く」
まるで子供のようだ。
袖で涙をゴシゴシ拭いて、膝を抱えて目を閉じた。
その頃、山崎は土方から言われた事を考えながら夜風にあたり、自身の言動をを振り返っていたのだ。
さすがに夜中は秋とはいえ冷える。
廊下を進み角を曲がった所で、黒い塊が見えた。
確かに自分の部屋の前のようだ、あれはいったいなんだろうか。
悪い気配は感じられない。
山崎は気配を消し、そっと近づいた。
ーーー椿だ!!
「椿・・・さん?」
「・・・」
肩を揺らそうと手をかけて驚いた。
冷たい!どれくらい此処に座っていたのか、体はすっかり冷え切っていた。
「椿さん!椿さん!」
「ん、んー」
眠っているのか気絶しているのか、この暗闇では判断がつかない。
山崎は椿を抱き上げると直ぐに部屋に入った。
布団に寝かし油に火をつけると、ぼんやりだが椿の表情が見えた。
目は固く閉じられているが、明らかに泣いた後だと分かる。
まつげは未だ濡れていて、頬には涙が伝った跡がしっかりと残っていた。
自分が彼女を傷つけてしまったのだ。
本当は分かっている。椿が自分以外の誰かと何かあるわけはない、ずっと自分に思いを馳せてくれいたはずだと。
ただ、離れていた時間が山崎の椿への思いを少しばかり歪ませてしまったのだ。
「椿さん!」
目を閉じたままの椿を抱え起こすと、ぎゅうぎゅうと抱きしめた。
自分が未熟過ぎたのだ、許してほしい、嫌わないで欲しい。
冷えた体を温めるように腕や背中を擦り続けていた。
「え?山崎さん?あれっ」
誰かに抱きしめられている!ふと目を上げると抱きつきていたのは山崎だった。しかし、状況がいまいち呑み込めない。
「椿さん!よかった。なぜ外にいたのですか!こんなに冷えて、部屋に入ってくれればっ」
「ごめんなさい!でもっ、勝手に出ていったのに、また入れて下さいだなんて、言えなくて・・・」
「どうして・・・」
山崎の声が震えているような気がした。
込み上げてくる何かを必死で堪えているような、無理やり絞り出したよえな声だった。
「やまっ、ざきさん?」
「・・・」
「もしかして、泣いて」
「ません!」
「!?」
そう言いながらも山崎は椿に顔を見せようとしない。
まさか、山崎が泣くはずはない。そう思いながらも、もしかしたらと考えてしまう。だとしたら、自分が泣かせてしまった!
「山崎さん、ごめんなさい!私、話も聞かずに飛び出してしまって。そういうつもりじゃなかったんです。えっと・・・」
「・・・」
「あゝもうっ!」
今度は椿が山崎を抱きしめ返した。ありったけの力を込めて。
時折、山崎のその背を擦りながら。
「へ?椿さん?」
「男の人を泣かせるなんて最低ですよね!怒ってください!私の頭が足りないからっイケないんです」
「ちょっと、待って下さい」
「待ちません!私、山崎さんの事を誰よりも好いています。好きすぎで再会した事が嬉しすぎて、気持ちの制御が出来なくて、それでっ」
椿は自分が山崎を泣かせてしまったと、勝手に思い込んでいるようだ。
山崎が口を挟もうにもその隙が見つからない。
「椿さん、俺っ」
「いいんです!私もたくさん泣きましたから気にしないで下さい。見えていませんから、山崎さんの泣き顔は見ていません」
否、泣いているわけではないのだが・・・
椿の興奮が落ち着くまでは何を言っても無駄だろう。山崎は反論するのはもう暫く待ってからにしようと諦めた。
山崎は少し笑ってしまった。泣いても気にしないと。やはり彼女の懐は誰よりも大きい。そして誰よりも変わっている、と。
***
落ち着いただろうか?
椿の背中を擦る動きが止まった。恐る恐る顔を上げそっと椿の顔をのぞき込んでみた。
すっかり冷え切っていた体は互いの体温のお陰か、ほくほくと温まり椿の頬は赤みを取り戻していた。
「椿さん」
「・・・」
「つば・・・!?眠って、いる」
山崎に抱きつき背中を擦るうちに自身が温まったのだろう。
安心しきったその無防備な顔は愛らしく、何物にも代え難い。
これは自分にしか見せないものだ。今なら自信を持って言える。
山崎はゆっくりと椿の拘束を解くと、再び布団に横たえた。
布団を掛けようと態勢を変えると、椿が自分の着物の裾を握ってくる。そっと離そうとすると逆に力が込められてしまった。
椿は山崎がまだ泣いているとでも思っているのだろう。
「椿さん。本当にあなたには敵いませんよ」
そう囁くと布団を諦めたのか、そのまま椿の横に体を並べた。
こうして二人寄り添っていれば寒くはないだろう。
二人は暫しの眠りについた。
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