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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
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私、怒っています!

椿は悲しい気持ちより苛立ちが先に立ち、廊下を勢いよくぐんぐん進んで行く。

山崎から疑われるとは思ってみなかったのだから。


「土方さん!何処ですかっ。出て来てください!」


そう叫びながら廊下を闊歩するものだから、何事かと他の客が顔を出す。

頭に血が上った椿は見られているなど全く気にせずにドシドシと歩いて行った。


「土方さん!」

「おい!何叫んでる。とにかく入れ!」


大きな声で自分の名前を叫ばれた土方は堪らず、急いで椿を部屋に引きずり込んだ。


「声が大きいんだよ。何だいったい」

「私を今晩こちらに泊めて下さい!」

「・・・おまえ、何言ってる」


椿は目を釣り上げて、眉間には皺を寄せ、息遣いも荒かった。

土方は僅かに眉を寄せ考える。

(こいつが怒る理由は…一つしかねえよな)


「ダメですか?ダメなら沖田さんの所にっ」

「おい!まだ何も言ってねえだろうが。ったく、俺は構わねえよ。だけど山崎はどうしたんだ。山崎の部屋に行くっつっただろう」

「山崎さんの事は・・・いいんです!」


頬をぷうっと膨らました椿は土方をこれでもかと睨みつける。

頬を膨らました状態で睨まれても、全然怖くも何ともない。しかし、こんな椿は見たことない土方はニヤリと口角を上げた。


「喧嘩か」

「知りません」

「違うのか」

「・・・」

「このまま此処に居たら、あいつ迎えに来るんじゃねえのか」

「居ない!と、言ってください」

「だったら理由を聞かせろ」

「うっ。・・・えっと・・・」


椿は山崎とのやり取りを土方に話して聞かせた。土方は腕を組み目を閉じ、黙って聞いている。


「私はずっと、ずっと山崎さんを想っていたんです。なのに急に誰かに教わったのかって・・・意味が分かりません」


椿は先ほどの山崎との事を思い出すと、今度は苛立ちではなく悲しさが込み上げてきた。


「私・・・山崎さんの事、誰よりもお慕い、してっ」

「分かった、分かっているから泣くな」

「うぅ・・・」

「いいか?なんで山崎がそんな事を言ったのかを考えてみろ。椿にしてみたらそんな事はないだろうよ。だけどな、男としては好いた女が自分が知らねえ間に色っぽくなっちまったら不安なんだよ。本当だったら自分の手でそうさせてえんだ」

「・・・」

「居もしねえ相手にヤキモチやいてるんだよ。それだけ、おまえの事が好きで仕方がねえんだ」

「・・・え」

「それが男っつう生き物なんだよ。ま、確かに山崎は言葉が足りねえ。けどな、椿。おまえももう少し聞く力をつけなきゃなんねえな」


土方の言い分はとてもわかり易かった。それでも、自分のことを信じて欲しかったと素直になれない自分がいる。

土方はため息を一つつくと「取り敢えず寝ろ」と奥から布団を出してきた。椿は黙って背を向けると布団に潜り込んだ。


(ったく、頑固だな・・・)



夜も遅くなった頃、控えめに外から声がかかる。

山崎だ。


土方はやっと来たかと、障子を開けその姿を確認した。



「夜分に申し訳ございません。・・・あの」

「椿なら居ねえぞ」

「っーーー!」


尋ねる前にそう答えがかえってきた。それは何を意味するのか山崎なら分かっただろう。


ーーー椿は、此処に、居る。


「山崎、以前に言ったよな。泣かせるような事があったら、そん時は俺が貰う・・と」


山崎は思わずギリッと土方を睨む。


「言葉が足りねえんだよ」

「・・」

「お前の気持ちはよーく分かる。だがな、椿の気持ちも分かるんだよ。てめぇ等は、互いの事が好き過ぎるんだよなぁ。反省しろ」


そう言って、障子は閉められた。


(互いが好き過ぎる・・・)



山崎は何も出来ず拳を握り締めたまま部屋に戻った。


布団の中で、そのやり取りを聞いていた椿。一方的に山崎に反省しろと告げた土方。


土方にしたらやはり椿の事は可愛いのだ。自分に気持ちが向くなら喜んで受け止めるだろう。しかし、椿には山崎しか見えていない。

このやり取りを椿が聞いている事を承知の上で山崎を突き放したのだ。


夜が更け、土方が眠ったのを確認した椿はそっと布団を抜け出した。

音を立てぬように土方に頭を下げると、静かに部屋を後にした。


(まったく、お子様のする喧嘩は単純で手がかからねえな)


大人の目で、見守ることにした土方だった。

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