山崎さんの事ばかり考えていたのにっ!!
椿は嬉しすぎて少しばかり羽目を外してしまったのだ。
「山崎さん、ごめんなさい。汚してしまいました」
自分の下敷きになった所為で山崎の着物は土まみれだ。それにようやく気付いて起き上がり、後ろに回って甲斐甲斐しくもそれ払っている。
「もう大丈夫です」と山崎が制するのも聞かずに。
隊士たちを宿に誘導し、土方は沖田と二人で椿たちのもとへやって来た。
「椿、おまえは犬っころか」
「くくっ。椿さん尾っぽ振り切れちゃいますよ」
「犬じゃありません!」
と頬を染めて俯く椿を土方も沖田も優しい笑顔で見守っている。
「副長、お疲れ様でした」
「おう。まさか山崎が待ちきれずに迎えに来ちまうとはな」
「いえ、そのっ、局長が・・・」
「で、山崎くん。椿さんはどのような状況で君に飛びついたのですか?」
「どのような状況、とは?」
「例えば、泣きながら、笑いながら・・・表情はどうでしたか」
「・・・よく、分かりません」
「は?」
土方と沖田は顔を見合わせて、もう一度二人の方を振り返った。
椿を見る限り泣いてはいないようだ。
「じゃあ、俺の勝ちだな」
「どうしてですか。泣いていなくても、笑ったとは限りませんよ」
なにやら二人は小競り合いを始めた。
どうも聞いていると、自分が山崎に会った時の反応で島原の旨い酒を賭けていたようだ。
「あの、お二人っ。まさかですけど、私を賭けていましたね!答えはお教えしませんっ」
「いやだなぁ、そんな事するわけないじゃないですか」
「そうだぞ、他人の再会をだしになんざ」
椿は半目でジロリと二人を見た(この二人、絶対に賭けていたと思う!)
「さあ、もう日が暮れます。宿へ」
山崎の一言で一旦は場を取り直し、四人は宿へ入った。
明日は局長が首を長くして待っているだろうからと、早朝に出発するそうだ。
そんな時、土方が困った顔をしてやってきた。
「椿、ちょっと相談があるんだが」
「相談?なんでしょうか」
「その、何かの手違いで部屋がひとつ足りなくなっちまった」
「あら、それは困りましたね」
「でだ、おまえ山崎の部屋に行ってくれないか」
「はい・・・はい!?」
普通は一般隊士がどこかの部屋に移動するのではないのか、なぜ私が?
「なんだったら俺の部屋に来てもいいんだぞ。あれか、総司の部屋にいくか?」
「は?どうしてそうなるのですか。まだ返事をしていませんけど」
そう反論すると、土方の口角が上がった。椿は気付いていない。
「じゃあどうするんだよ」
「なんだか腑に落ちませんけど、私が山崎さんのお部屋に行きます・・」
後半は聞き取れないくらい小さな声でそう答えていた。
まさかこれが土方なりの気の使い方だとは、この時の椿は知る由もない。
この廊下を曲がった先だと教えられた。
(みなさんと離れているんですね・・・)
「山崎さん、いらっしゃいますか?」
そう問いかけると、控えめに障子が開き驚いた表情の山崎が顔を出した。
「椿さん、どうしました?」
「お宿の手違いで私お部屋を追い出されたんですよ。それで土方さんが山崎さんのところに行けって・・・」
「えっ・・・(副長!?)」
椿は山崎の反応を見て眉を下げ困り果てていた。
「椿さん、どうぞ」
「いいんですか?」
「俺の所でなく、他の部屋に行かれると非常に困ります。遠慮しないで、さあ」
山崎は廊下に突っ立ったままの椿の腕を取り、自分の部屋に引き入れたのだ。
もう寝るだけだった所為もあり、部屋には布団が敷かれてあった。
ついつい、その布団に目が行ってしまう。そして、勝手に頬が朱に染まってしまう。
しかし幸いな事にその表情は薄暗い灯りの下では分からない。
「あの、突然すみません」
「何を言っているのですが、俺は嬉しいのですよ」
「あ・・・はい」
離れていた時間がそうさせるのか、ほんの少し成長した自分がそうさせるのかは分からない。
ただ、どうも山崎を目の前にすると以前に増してしおらしくなってしまう。
山崎もそんな椿の様子に胸の奥がざわざわしてしまう。
「椿さん、もう少し傍に」
「え?・・・はい」
スリッ、スリッと衣ずれの音が部屋に響く、それと共に高鳴る鼓動。
どこかぎこちなく、どこか色っぽいその椿の行動は山崎の中にある箍をぐらつかせていた。
「っ!!」
「山崎さん?」
思いのほか近づきすぎたのだろう、山崎は椿に見上げられている。そう上目使いで。
そして軽く首を傾げているではないか。
「どこで、覚えたのですか」
「なにが、ですか?」
山崎は目元を赤く染めながらも椿の瞳からは目を離さない。
否、離せなかったのだろう。椿があまりにも色っぽく映ってしまったのだから。
恐らく、離れていた所為と男勝りな長州の女を目にしていた所為だろう。
「今夜の椿さんはとても色っぽい。誰かにそう、教えてもらったのですか」
山崎の言葉尻は少し強くなっていた。嫉妬だ。
目に見えぬ何者かに対して嫉妬しているのだ。
「教えてもらったって・・・そんなわけないです。酷いっ!」
椿は山崎に背を向けてふるふると震えている。
山崎さんの事ばかり想っていたのに、どうしてそう言う事を言うのかと。ずっとすっと、あなただけだったのに!!
「椿さん、すみません。俺っ」
そう言った時には遅かった。
椿は山崎の部屋を出て行ってしまったのだ。
あららら。山崎さんやらかしてしまいました。




