世は情け?
その頃、山崎は大阪で鴻池一行と合流し長州へ向かっていた。
鴻池は数名の男衆を引き連れいている。この男、話好きである。
新選組の優秀な監察方の山崎だが、この男から逃げる術を持っていなかったようだ。
「あんた、大阪の出なんやて?」
「はい」
「なんやいつも厳しい顔をしとるなぁ。もっと笑ろうたほうがええで」
「・・・」
「あれやな、顔のほらこの辺(口回り)を動かさんと早よ爺さんになるで。ホンマや」
「はあ」
山崎はこの隣の位置から逃れようと、足をゆるめるが鴻池も同じように速度を落とす。
少し早めればこれまた同じように足を進める。
まさか本人を置いて先に行くわけにもいかず、いつも以上に厳しい表情になってしまったのは仕方のない事だ。
「けど、あれやな。よう見たらあんた男前やなぁ。目のあたりがシュッとして女子の好きな目やわ」
「・・・」
「間違いないわ。あんたどんだけ遊んできたん?羨ましいこと」
「っ、遊んでなど、いません」
「嘘やろ。男なら女子遊びくらいするやろ」
「少なくとも俺は、しません」
「ははぁん、あんた男色やな」
「だっ、だんっ。・・・違います!」
鴻池は「怒ってもなかなかええ男や」などと言って全く悪びれた様子がない。
彼のお陰で長州入りするのだ、ここはグッと堪えるしかないのである。新選組の為に。
この人が居なければ新選組の運営はならなかったのだから、頭が上がらないのが正直だ。
「女の一人や二人、知っとかなあかんで。いざ好いた女ができても、満足さしてやれんかったじゃ男が泣きまっせ?」
本当に余計な御世話である。こんな調子で何か月も過ごさなければならないのかと思うと、溜息の他なにも出てこない。山崎は軽く目を閉じ、心を落ち着かせようと必死だった。
「長州の女子は大阪の女子と変わらんくらい気が強いらしいで。あんた会った事ないやろ」
「はい」
「そりゃあまあ、大したもんでっせ。ただ、違うのんは此処や。ほんま敵わんで」
「そうですか」
「それにな」
山崎は内心、もうその女の話は要らないと叫んでいた。俺が知りたいのは長州の内政だ!と。
「男に混じって鉄砲を扱う練習もしとるらしいで」
「え!女が、ですか」
「そうや。男が戦に出たら、家には女と年寄しか残らんやろ。家を守るには女も武器を扱えんといかんて言うてな、訓練しとるらしいで」
「・・・」
「この間は異国の大砲から守るために堤防をこさえたらしい」
「堤防?」
「それも全て女子の手でや。時間があったら見てみたらええ、凄いらしいで」
この鴻池という男、話好きなだけあって情報はたくさん持っているようだ。
この男と行動を共にすれば間違いないという事は分かった。
分かったのだが、半分以上は聞きたくない話である。すでに山崎は疲労を感じていた。
(椿さんはどうしているだろうか・・・)
椿の事を想う時だけが、この頃の唯一の安らぎとなりつつあった。
隣の鴻池の口は止まらない。
「あれやな、あんたの為に長州の女子をいっぺん見繕ってやるさかい。男を磨きなはれ」
「は!?」
「遠慮はいらんで。土方さんにはようしてもらってるさかい、あんたの一人や二人安いもんや」
「いえ、そういうのは結構です」
「あきまへん!」
「っ!?」
へらへらと笑っているかと思えば、ギロッと山崎を睨む。思わずビクッと肩が揺れた。
「預かったからには、わてが男にさしてみせます!」と不吉な言葉を述べている。
山崎はまさかの己の貞操を心配するはめとなってしまったのだ。
前途多難である。




