沖田VS椿
しぶしぶ沖田の部屋に来た椿は言われるがままに腰を下ろした。
本当に殺風景な部屋だ、花だけでは足りないかもしれないと思考を巡らす。
「椿さん、僕の部屋はこのままでいいですから」
「だって寂しいじゃないですか。花でなくとも何か飾りませんか?」
「この部屋の主が不要と言っているのですよ? 気にしないでください。それに僕は寝る時以外は他所に居ますから、飾っても誰も見やしませんよ」
にこりと笑う沖田の顔は、時に女の自分よりも色気があると感じてしまう。一流の剣士でありながら体の線は細く、少年のような幼さも持ち合わせている。気配にも敏感なようだし、他人の心を見透かしているような予感さえする。
一度だけ見たことがある。沖田が刀を握った時の眼光を。いつも何を考えているか分からない沖田がその時は獣のように思えた。気配の読めない椿でさえ、あの時の殺気は凄まじかったと思っている。
「椿さん聞いていますか? 僕の話」
「あ、すみません。違う事を考えていました」
「ひどいなぁ。僕の部屋に居るのに他の誰の事を考えていたんです?」
「いえ、沖田さんの事を考えていました。見た目と中身は違うのかなぁって」
「なんですか、それ」
そう言うと、くくくっと軽く口元を隠して笑って見せる。ああそう言う仕草だ、この男にに敵わない事のひとつ。そう椿は思った。
「沖田さんは好いた女の人はいないのですか?」
「どうしたんですか? 急に」
「沖田さんのような容姿で背も高く、一流の剣士だったら言いよる女性は多いでしょう?」
「はははっ。椿さんは本当に面白いですね」
椿は真面目に話をしたのに、からかわれたことにムッとした。
「怒らないでください。褒めいているんですから」
「それのどこが褒めているんですかっ」
「良く考えてください。僕たちは新選組です。壬生の人斬り集団と恐れられている存在ですよ?そんな男のところに好んで来る女性なんて椿さん以外にいやしませんよ」
「そうでしょうか」
「僕たちは別に女性に好かれたくて此処に居るわけではないですよ。近藤さんや土方さんの手足となって戦うために居るんです」
さっきまでヘラヘラ笑っていたにも関わらず、新選組の話となるとキリッとした顔になる。
この温度差が女心をドキリとさせるのだと椿は思った。
それは沖田だけではない。此処にいる組長たちは皆そうだ。人斬りと恐れられているのは間違いないが、一度彼らの懐に入るとなんと温かい事か。沖田が言うように近藤局長や土方の手足となり武士としての誇りを胸に抱き、明日がどうなるか分からないこの世相を駆け抜けているのだ。
椿は彼らのそういう姿を心から尊敬していたし、惚れていた。
「なんとなく、理解できます」
その中に山崎が居るのだ。
彼の冷淡な表情の中にある柔らかい眼差しを椿は知っている。知ってしまったら、もう他の誰かを知りたいとは思わなくなっていた。
「椿さんにも分かりますか?」
「はい。私は皆さんと戦うことは出来ませんが、最後まで支え続けたいと思っています」
「どんなに悲惨な現場でも?」
「はい! 私は新選組の医者ですからっ」
椿は沖田の瞳を正面から見つめ、力強くそう誓った。沖田は目を細めて見つめ返す。椿があまりにも眩しすぎたからだ。
彼女ならこの新選組と共に合ってもいいと思った。そして、彼女の事はなんとしても護ってやらねばと思ったのだった。
「羨ましいですね」
「何がですか?」
「山崎くんがです」
「どういう意味ですか?」
「山崎くんが椿さんを一番最初に見つけたからです」
「・・・?」
「こんな面白い女性はそうは居ませんよ。僕だったらいつも側に置いて、こんな風に男所帯の所に野放しにしたりはしませんけどね」
沖田は椿との距離を詰め、椿の顎を掴み上向かせ瞳を覗き込む。
この瞳に映っているのはたった一人の男だ。それは僕じゃない、君は気づいているのかな。
「お、沖田さん?」
「ん?」
「近い、ですけど」
「何が?」
「顔が、近いですっ」
そう言って椿はギュっと目を瞑った。あんなに気が強いのに、こんな肝心な場面では、まるで子猫のように挙動不審になる。
そして沖田は顔をゆっくり落とし、椿の耳元でこう囁いた。
「早く、山崎くんに気持ちを告げないと誰かに取られちゃいますよ」
「へっ!!」
ビクッと激しく肩を揺らす。
「もし手遅れだった時は僕が椿さんを貰ってあげますから、そのつもりでいてくださいね」
ゆっくり顔を離した沖田は妖艶にほほ笑んだ。
この男にはやっぱり敵わない!何か言い返してやりたいが、驚きすぎて言葉が出てこなかった。
沖田は静かに障子の向こうに目を落とすと、ふっと笑った。
次の瞬間、
ー ザー!パシッ
勢いよく障子が開かれた。
こんな開け方をするのは誰なのか、腰をひねり振り向いた椿は驚愕した。そこには殺気立ち今にも刀を抜きそうな、怒りに燃えた山崎烝が立っていたからだ。