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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
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恥ずかしながら医者の不養生に心を乱されました

山崎さん、病人に振り回されるの巻。

斎藤の手短な説明で、全て理解した山崎は土方の部屋に来た。

そこには局長の近藤が椿の側に座って、まさに汗を拭っているところだった。


「局長、すみません。お手間を」

「おお!山崎くんかっ、椿くんの具合がよくない診てやってくれ」

「はい!」


椿は苦しそうに息をしていた。

山崎は椿の脈を確認し、首に手を当てるとかなり熱が高いのが分った。

単なる感冒だと思いたい。

しかし、只の感冒でも命を落とす事も珍しくない時代だ。

山崎の表情が歪む。


そこへ先ほど山崎を呼びに行った土方が戻ってきた。


「椿はどうだ」

「はい、感冒だと思われるのですが。熱がかなり高いので」

「何か必要なものが有れば準備させる。こいつは絶対に失うわけにはいなねえからな」

「ありがとうございます」


山崎は椿の額から流れる汗を拭う。


「あの、俺の部屋に連れて行っても良いでしょうか」

「構わねえ。その方がいいだろう」


山崎は椿を抱えて自室へ戻った。

布団に寝かせ椿の帯を緩め、暫く様子を看ていた。


「椿さん、こんなになるまで貴方は・・・」


苦しそうに口を少し開け、息ははぁはぁと荒い。

山崎はすぐにでも熱を下げてやりたかった。しかし、椿の身体は熱を出すことで病魔と闘っており簡単に下げるわけにはいかない。


「椿さん、すみません。何もできなくてっ」


椿は徐々に汗をかきはじめた。

それを見た山崎は今が頃合いだろうと、椿の半身を起こし白湯を飲ませる。

汗を流した分だけ水分を取らせなければならないのだ。


「着替えを・・・」


汗でびっしょりと濡れた着物はすぐにでも替えないと、今度は体温が下がってしまう。

此処は男所帯だ、女手がない。

しかし迷っている場合ではない、椿の部屋に入り襦袢と寝間着を取ってきた。


熱は頂点に達しきったのか、先程よりも呼吸は落ち着いている。

一頻り汗が出たのを確認すると、もう一度脈を取り首筋に指を当ててみた。


「もうじき(熱)下がります」


山崎は躊躇うことなく椿の腰紐に手を掛けた。

しゅる、しゅる、と解き着物と襦袢を肩からゆっくり抜き、手拭いで汗を拭く。

出来るだけ肌を露出しないように手早く新しい襦袢と寝間着を着つける。

腰紐は緩めに結んだ。


「椿さん、もう少し白湯を飲みましょう」

「ん」


上半身のみを抱え起こした。

椿は薄っすらと目を開けて、じいっと山崎の顔を見つめた。

意識が朦朧としているのか山崎だと認識していないように見えた。


「はぁぁ」と熱い息を大きく吐いた。

そして、「暑い、脱ぐ」と襟元に自分の指を差し込んだ。


「椿さん?」

「んー、暑い」


ぐっと指に力が入ったかと思うと、椿は一気に胸元を寛げた。


「なっ!?」


山崎は狼狽えた。自分の腕の中で椿が自ら寝間着を脱ごうとしているからだ。


「椿さんダメです。今脱いだら体が冷えてしまう」

「あ・つ・い」


部屋は薄暗いとはいえこんな至近距離で、女のしかも惚れた女の肌を・・・

病人なんだと頭では分かっている、分かってはいるが体の芯が勝手に熱を持ってしまう。


山崎だって健康な男子なのだから、それは許してやってほしい。


目を逸らし、自分の中にある理性という言葉を必死で掻き集める。


の肌と思うからいけない!彼女は病人・・だ!)


山崎の脳は戦っている、その間も椿は手を緩めることなく襟元だけでなく腰にまで手を掛けた。


「暑い、これ・・・取って」

「えっ」


苦しいだろうからと敢えて緩めに結んだ襦袢の紐を、椿は取れと言う。

熱のせいで震える椿の指先が襦袢の紐を探っている。

その仕草が・・・その仕草が・・・


たまらなく、色っぽかったーーーーー。



山崎は目を閉じ、必死でその残像を払しょくするように頭を振った。


「っ!だ、ダメです!椿さんっ。紐を解いてはいけませんっ」


先ほど掻き集めた理性がようやく動きはじめ、椿の手に自分の手を重ねその動作を阻む。

すると椿は無意識に反対の手で山崎の手を退かそうと握ってきた。

山崎のもう片方の腕は椿の上半身を支えたままだ、もしこの手を退かされてしまったら。

もう手は、ない!


「椿さんっ!」

「・・・ん?」


椿の手がぴたりと止まり、今度はしっかりと目を開け山崎の顔を見上げていた。

じぃっと見つめるその先には山崎の困惑した顔がある。


(あれ、山崎さん?どうして此処に・・・)


「気が付きましたか」

「あのっ、私」

「高熱でうなされていましたよ。まだ辛いですか?」

「熱っ・・・ああ、それで体が痛いんですね。それにとても暑いんです」

「でも脱いではいけません。冷えてしまいます」

「えっ」


椿は自分が置かれている状況を確認しようと身の回りを見直した。

着物ではなく寝間着を着ている。着替えた記憶は・・・ない。

山崎に上半身を支えられ、腰の上に置いた自分の手の上には山崎の手が重なっている。

その手を自分は反対の手で退かそうとしていたような・・・


「あっ、すみません!」


恥ずかしさと申し訳なさが込み上げて来て、また熱が顔に集中してしまう。

真っ赤に茹で上がった椿の顔を見た山崎は、再び椿を布団に寝かせ冷たい手拭いを額に乗せた。


「桶の水を換えてきます」

「待って」


椿は反射的に山崎の袖を握って立ち上がるのを止めてしまった。

山崎は中腰のまま驚いて椿の顔を覗きこんだ。


「どこか痛みますか?」

「いえ・・・えと。早く戻って来て、ください」


体調を崩すと誰だって心細くなるもの、例え自分が医者という立場でも。

今まで倒れるような病気を経験した事のない椿にとっては、計り知れないほど不安だった。

山崎は椿の手を優しく包み込むように握ると、


「もっと冷たい水を持ってきます。すぐに。だから待っていてください」

「・・・はい」


椿が自分を必要としている、頼られている、そのことが更に愛おしさを募らせる。

思わず抱きしめてしまいたくなる。ぎゅっと、めちゃくちゃに、強く!

でも、ぐっと堪えて部屋を出た。山崎はできた男だ。

山崎の本能は理性に打ち勝ったのだ。


他の者(原田や土方)ならこの好機を逃すまいと、椿を美味しくいただくに違いない。



冷たい水を入れた桶を手に部屋に戻ると、椿は待っていたかのように山崎を目で追って迎えた。

山崎はつい「クスッ」と笑ってしまう。


「すみません。椿さんが幼子おさなごのように見えて」

「だって、寂しくて・・・」

「さあ、もう少し寝てください。次に起きた時は熱も下がっています。そしたら何か食べましょう」


椿は「はい」と頷いて見せたが目を閉じようとはしなかった。


「眠れませんか?」

「一緒に・・・」

「え、聞こえません。もう一度」

「・・・一緒に、寝てくれませんか?」

「!?」

「や、やっぱりいいです。うつすといけないしっ、あ、今のは冗談、です。嘘っです」

「・・・」


椿は布団を顔まで被り、山崎に背を向けてしまった。

山崎も椿も言葉を発することはなく、部屋はしんと静まり返ったままだ。


暫くすると、小さな衣擦れの音がした。

椿は目を閉じ眠ろうと必死だが、その音が気になってしかたがない。


「----っ!」



山崎が、布団に入ってきたのだ。

背中から包み込むように椿をそっと抱き寄せた。


思わず声を出しそうになった椿だがなんとか堪えた。


背中から伝わってくる山崎の温もりはなんとも心地よく、椿を心から安心させるものだった。

最初こそどきどきと心臓が煩かったものの、今は二人の鼓動がゆっくりと重なっている。


トクン・・トクン・・トクン 


物心ついた時から奉公に出され、持ち前の精神でここまで生きてきた。

誰かに甘える事、誰かから甘やかされる事がこんなに幸せな気持ちにさせてくれるなんて考えたことがなかった。



だんだん体の強張りが取れ、瞼が重く圧し掛かってくる。

(もう少し、山崎さんを感じていたいのに・・・)


椿はゆっくりと目を閉じた。


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