土方VS山崎
椿はいつまでこうしていても仕方がない、自分は子供ではない。
部屋の主を困らせてはいけないのだ。自分に何度も言い聞かせ、土方の顔をもう一度見た。
「お邪魔して申し訳ございませんでした。沖田さんの部屋で待ちますので、戻られたらご伝言お願いしても宜しいでしょうか」
「ああ、必ず伝えるから安心しろ」
「ありがとうございます」
先程までの勢いはもう灯に近く、ガックリと肩を落とした椿が部屋を出た。そんな椿の姿を見ると、さすがの沖田も可哀そうになりそっと椿の手を引いた。
斎藤と原田は「はぁ」とため息を吐き、各々の部屋へ戻ったのだ。
その姿を影から見送っていまのは山崎だ。反射的に身を隠してしまったのだ。いつも元気な椿がとても落ち込んでいるように見えたのが気になった。そしてあの勝気な椿が沖田に手を引かれ、しかも沖田の部屋に自ら行くと言った。
「椿さん・・・」
任務に出る前は太陽のような笑顔で「山崎さん!」と笑いかけてくれたのに。
自分が不在にしていたこの三日で何かあったのだろうか。山崎は椿が去った方を見つめ、眉を僅かに寄せるのだった。
「副長、山崎です」
「おお!山崎か、入れ」
スーッと障子を開けると、音少な目に土方の部屋へ入った。
京の町へは出禁となっているはずの長州の者が夜な夜な会合を開いている事。薩摩と土佐の動きなどを土方に淡々と報告する。
「なるほど、会合の内容まで掴めたら会津藩に報告をする。そして現場を押えて幕府に突き出す!」
「はい、では引き続き潜入をいたします」
「ああ、否。その前にこの書簡を届けて欲しい」
「はい」
「急ぎじゃねえ。明日中に頼む」
「御意」
土方は思った。相変わらず任務遂行においては抜かりがない。眉ひとつ動かすことなく、冷静に客観的に正確な情報を持ってくる。
腕組みをし話を聞きながら、その山崎の一挙一動を観察していた。
椿はこいつのどこに惚れたのか、仕事においては文句のつけようはないが、女が惚れる要素が見当たらねえと。
表情は相変わらず乏しいし、女が喜ぶような言葉は持ち合わせてはいないはずだと。
「うーん・・・」
土方は腕組みをしたまま目を伏せ、つい唸ってしまったのだ。
「副長、如何しました」
「ん? ああ」
そう言うと、じぃっと山崎の顔を睨み付ける。
「・・・」
「なあ、山崎」
「はい」
「笑って見せろ」
「……今、なんと?」
「いや、お前の笑ったところを見たことがねえと思ってな」
「え」
山崎は思った。副長はどうしてしまったのだろうか。忙しすぎて少し、いや、俺の考え過ぎだと山崎の顔がだんだんと難しくなっていく。
「あー、悪い。お前を困らせるつもりで言ったわけじゃねえんだ」
「・・・」
「椿の事なんだが」
「!?」
まさか彼女は新選組の法(局中法度)に触れてしまったのだろうか。
「副長! 椿さんが何かしてしまったのでしょうか? もしそうであれば、責任は俺にあります。俺が京に上がる事を口にしてしまったが為にこうなったのです。切腹ならこの俺がっ」
「切腹? 何の話だ」
「ですから、椿さんが犯してしまった罪は俺が代わりに・・・え?」
土方は何とか堪えていたが、肩を揺らして笑っていた。
「椿はっ、ははっ。武士じゃねえだろ? 何かヤッちまっても切腹になることはねえよ。それにあいつは隊士じゃねえ。くくくっ、ははっ」
「は、はい」
土方の笑いは益々酷くなる。
山崎は自分が何かおかしなことを言ったのだろうかと考える。
「山崎、おまえ何か勘違いをしているぞ。俺は椿が何かヤらかしたと言ったか?」
「えっ」
「まあいい。俺は今のでお前の気持ちはよく分かった。邪魔はしねえよ、だが万が一、椿が泣くような事があったらその時は俺が貰うからな。あいつはなかなか面白い骨のある女の医者だ」
「え、あ、ありがとうござい、ます」
いまいち土方の言いたい事が分からない山崎が発した言葉は、何故か礼だった。
それを聞いた土方が、更にツボにはまって笑い出してしまったのにはかなり驚いた。
「ふ、副長! 大丈夫ですかっ」
手で大丈夫だと制しているものの、大丈夫そうには見えない。山崎は土方が悶えているのを見守るしかなかったのだ。
ようやく落ち着いた土方は表情を戻すと、こう言った。
「この書簡を島原の柳大夫に渡してくれ、あそこでかなりの会合が行われている」
「承知しました」
「椿と一緒に行ってきてくれ」
「椿さんと?」
「ああ、それなりの恰好をさせてついでに探ってきてほしい」
「分かりました」
「それから」
「はい」
「椿がお前に話があるみたいだったから。この後、顔を出してやってくれ。総司の所に居るだろう。以上だ」
「はい」
椿さんと島原に潜入しろと?
それに椿さんが俺に話があると。何だろうか。
山崎は様子がおかしい土方を気にしつつも、沖田の部屋に居るだろう椿のもとへ足を向けたのだった。