池田屋〜救護〜
椿は土方に言われた通り、藤堂の処置を始めるため移動した。
藤堂は血が顔を流れ目を開けていられない状態だった。
近寄ると、藤堂はガチャリと刀を構えた。
「!?」
山崎は直ぐに椿の腕を掴み自分の方へ一旦引き寄せる。
「藤堂さん!山崎です。今から治療します、良いですか!」
「あ、山崎くん?悪い、お願い」
椿は今、始めて知る。この状況下において当たり前のように近寄ったが、藤堂は相手が誰か分からず身を守るために刀を抜く。自分は分かっていても相手は分からないのだ。
此処はいつもの日常ではない。戦場なのだから。
「藤堂さん!椿です。今から額の血を拭います。痛むかもしれませんが、頑張って下さい!」
「椿?・・・頼む」
山崎が往診箱から濡れた手拭いを出し椿に渡す。尾形は周りに目を光らせ浪士の動きを睨む。
額の血を拭うとかなり深く斬られた痕があった。すぐにまた血が流れ始めキリがない。
椿は藤堂を寝かせることにした。
「藤堂さん、私の膝を縦に枕にして仰向けに寝てもらえませんか」
「こう?」
「はい!ありがとうございます」
上から覗き込む形で血を横に流しながら傷を確認する。別の手拭いで目を隠すように覆った。
これ以上血が目の中に流れ込まなようにする為だ。
ごしごしと傷回りを濡れ手拭いで拭く。藤堂は気が高ぶっているからだろうか、痛がる様子は見られない。
化膿止めの薬を塗り込み、更に上から止血薬を擦り込んだ。
その直後、山崎からサラシが手渡された。息はぴったり合っている。
サラシで額をぐるぐる巻にし、強く縛る。
「藤堂さん。終わりました。あくまで仮の処置です。出血が酷いのでこのまま此処で待機願います」
「分かった。ありがとう」
振り向くと刀の音は殆どしなくなっていた。
すると敷地内から誰かが呼ぶ声がする。
「誰か手を貸してくれ!奥沢がヤられた!!」
その声を聞いた瞬間、椿は脳内が沸騰したように熱くなり何かに憑依された如く、口と身体が勝手に動いていた。
「山崎さん、裏庭は入れますか?確認を」
「承知した」
山崎が身軽に手を塀につき、トンっと飛び越え敷地内に入っていった。
暫くして戸が開き手招きされた。尾形と二人走って中へ入る。
裏庭はかなりの数の人が倒れていた。血の臭いがする。
「椿さん!こっちです」
奥沢と言う隊士が胸から血を流し息も絶え絶えだった。
椿は山崎と共に素早く着衣を剥がして行く。
刀傷は右袈裟がけに二本、一本は浅くもう一本は深く長かった。
「奥沢さん!気をしっかり持って下さい!痛むと思いますが頑張って下さいね!」
手拭いの端を丸めて奥沢の口に突っ込んだ。痛みで舌を噛み切らないためだ。消毒用の酒を口の中に含むと、一気に身体に吹きつけた。
「ぬうぁぁぁ!うぅっ、ぐぐぐ!」
肩を押さえつけ二三度繰り返した。
その後、化膿止めの薬を刷り込んでいく。不思議なことに血はそれほど流れていない。
斬り手の腕がかなり良かったのだろう。見事な太刀筋だった。
サラシでキツく巻く。奥沢は気絶してしまった。
「表に、藤堂さんの隣に運んでください!」
「承知した!」
「新選組、救護班!他に負傷者はいませんか!!」
その時、逃げ遅れた一人の浪士が椿の後ろに立った。
椿の少し先に原田がいる。何か叫んでいる。
「椿っ!後ろだ!!」
椿はふっと首を後ろに振った時、男が椿の首を取り刀を前には突出した!
原田の表情が強張ったのが見えた。その瞬間…
椿は身をかがめ踵で男の足の甲を思い切り踏みつけた。
「うっ」と男の声が漏れたのを聞くと、すぐに股間を後ろ足て蹴り上げる。
前のめりになったのを利用して、椿はその浪士に背負投げを見舞ったのだ。
「ぐはっ。いで、で」
すぐに駆けつけた原田が押さえつけ、縄で縛る。
「椿、お前・・・やるな」
椿の憑依状態はまた継続したままだった。
屋内から「沖田が倒れた!」と言う声を耳にするとその方へ迷いなく走った。
「沖田さんは何処ですか!椿です!」
「椿さん、中は危ないっ!!」
戻って来た山崎に後ろから両脇を取られ進入を阻まれる。
「でも、沖田さんがっ!」
「俺が行きます!椿さんは此処に居てくださいっ!」
山崎が真っ暗な部屋に消えていく。その後ろ姿を見てハッとした。
だめ、行かないで!
「山崎さんっ!!」
僅か数分の事がとても長く感じられた。手に汗が滲む。
すると上から三つの影がゆっくりと降りて来た。
真ん中にぐったりと首を下げた沖田とその脇を抱えるのは、斎藤と山崎だった。
椿は「ふうっっ」と長い息を吐いた。安堵の溜息だ。
沖田は意識があるのか分からない。
外に運び出し横たえる。
装備を手早く剥がし、着物の襟元を大きく広げた。
肩、首、胸、背中、腰とどこにも怪我は見当たらない。
沖田に付いた血は誰かの返り血だったのだろう。
「沖田さん!沖田さん!分かりますか?椿です!」
息はある、しかし目は閉じられている。
何処か苦しいのか眉をぎゅっと寄せて口も引き結んだままだ。
なのに手にした刀はどうやっても離そうとはしなかった。
「怪我はない・・・では何?斎藤さん、沖田さんが倒れていたのは何処ですか?状況を!」
沖田は壁を背にして寄りかかったまま立っており、額からは大量の汗が吹き出し身体は震えていたと。
「・・・熱気に当てられた?」
椿は沖田の首筋に指を当てる。熱を持っている、脈も弱い気がする。
「山崎さん、脈を測ってもらえませんか」
「分かりました」
椿は脈を正確に測るのが不得意だった、しかし逆に鍼灸をする山崎は脈や血流に敏感だった。
「一定していますか?」
「・・・十数えるうち、三と四が乱れます」
とっ、とっ、とと、・・と、とっ、とっ・・・と言う感じた。
「両脇と後頭部に濡れた手拭いを敷いて下さい。あと、尾形さん水有りませんか?」
「此処に」
念のためにと竹筒に水を入れていたのだ。沖田の首を持ち上げ水を口の端から少しづつ流し込んだ。
山崎は脈を取り続ける。
沖田の体をを締め付けているもの全てを緩めた。
「山崎さん、どうでしょう」
「弱いですが、安定してきました」
「ありがとうございます」
突入からおよそ一刻(2時間)、気付けば僅か三十四人で池田屋を制圧していた。
一部逃げ回る残党を会津藩と桑名藩が拿捕し、捜査終了。
結局、会合に参加した者の半数以上が死亡。
新選組も救護班の働き虚しく、三名が殉職。ほぼ即死だった。
屯所に帰隊したのは子の刻(午前0時)を大きく回り丑の刻(午前2時)に差し掛かろうとしていた頃だ。
しかし、椿たちの戦いはこれからが本番だ。
寝る暇もなく夜が明けるまで負傷者の手当に当たるのだった。




