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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
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池田屋〜死闘〜

椿たちが屯所を出たちょうどその頃、近藤達は痺れを切らしていた。

会津・桑名藩の応援が来る気配が全くない。

幕府側の隠密は何をしているのか!

その頃、土方隊は四国屋の御用改めを終わろうとしていた。松原隊もあと一か所を残すのみ。

しかし近藤は待てなかった。間もなく刻限は暮れ四つ(22時)を過ぎるだろう。

このまま夜も更けて、話がまとまり解散されてしまっては堪らない。


「もう待てん!行くぞっ」


近藤が先陣をきり池田屋の戸を開け「主人はおるか」と叫んだ。

池田屋の惣兵衛はすっかり油断しており「へい、お二階でお待ちです」そういい頭を上げた。


「ひ、ひぃっ」

「御用改めであるぞ」


惣兵衛は遅れて会合に来た者だと思い込んでいたのだろう。目の前に立つ近藤たちを見て一気に顔が青くなった。と、同時に二階を振り返り駆け上がった!

その姿を見て間違いないと確信した近藤は沖田と二人で追うように階段を上がる。


「御用改めであるぞ!手向かい致すものは容赦なく斬り捨てる!」


二階は天井が低く、これ以上の人数で上がるのは難しい。事前に監察方から聞いていた通りだった。

永倉と藤堂が階段下で待ち伏せることにした。


「他の者は裏庭を押さえろ!」


永倉の指示のもと、他の隊士たちは裏口と裏庭へ回った。

二階からはすぐに刀が交わる金属音と怒声が聞こえてきた。

わらわらと二階から転がるように浪士たちが落ちてくるのを、永倉と藤堂が待ち伏せる。


沖田は部屋から廊下に飛び出してきた者を、一人、二人と舞うように斬った。

近藤は一階へ逃げる者を追った。沖田なら一人でも大丈夫だと判断したのだろう。

追い込まれた浪士たちの殆どが二階の窓からバタバタと裏庭へ飛び降りる。

それを待ち伏せていたのが、谷、奥沢ら数名の隊士だ。

この裏庭が一番の激戦区となりつつあった。次から次へと浪士たちが落ちてくる。


キン、キンッ! 「うあぁぁ!!」 「おのれぇ!!」

ズシッ、ブシャッ!----。 「うわぁ!」




逃げる浪士を一階の奥の間まで追い詰めた近藤は、二人の浪士を目の前に置き、刀を上段に構え直す。


「貴様らの不逞はこの新選組が許さん!」


近藤の凄まじい気迫に押され手も足もでない浪士二人は、あっけなく近藤の袈裟斬りでこと切れた。

一階では沖田の刀からすり抜けた浪士たちが滑るように降りてくる。

永倉と藤堂が出口を塞ぎ、右から左からと迫りくる者を順に斬り捨てる。

この時点で数名の人間を斬ったのだ、刀が次第に用を成さなくなりつつある。


「くそっ」


藤堂が一瞬、自分の刀の刃零れに目をやった。その時、キン、ズシュッ!


「ぐはっ!」

「平助!!危ねぇ!」


間一髪のところで藤堂にとどめを刺そうと振りかぶっていた男の背を永倉が後ろから斬った。

永倉が藤堂の側に行くと、額から大量の血を流している。

鉢金をしていたにも関わらず、その隙間を縫うように斬られてしまった。

流血は止まらず視界が血の色で塗り替えられていく。


「外に出ていろ!」


藤堂、戦線離脱。

永倉も左手に怪我を負っていたが幸い深くなく、なおも立ち向かっている。


締め切られた屋内は血の臭いが充満し、湿った暑苦しい空気が全体を覆った。

気をしっかり持っていないと、この空気圧に意識を持って行かれそうだ。

二階にいる沖田の足取りがふらつく。今になってこの重装備が体に響いてきたのか。


「どうして、こんな、大事な時に限って」


沖田は壁を背に凭れ掛け、唇を噛みしめ何とか踏みとどまる。


裏庭は戦場と化していた。互いに斬り合い誰が見方で敵か判断がつかなくなっていた。

ばたばたと倒れる人、それが敵なのか見方なのか・・・


「裏口から逃げろ!」誰かが叫んだ。


裏口から長州藩邸まで走ればすぐの距離。浪士たちの目が裏口へと向けられた。

これ以上ここに留めさせるのは難しい。


この池田屋にいる全員が少しずつ限界を迎え始めたのは、の刻を半刻過ぎた頃(23時)。


「原田!裏口へ回れ!斎藤、武田、島田、正面から近藤さんたちを加勢しろ!後は裏庭へ回れ!」


土方隊の到着だ。

形勢は少しずつ新選組へと傾き始めた。

この時点で「斬り捨て」から「可能な限り拿捕」へと作戦が変更される。

するとバタバタと十二名の隊士が池田屋の四方を固める。

松原隊の到着だ。これで形勢は完全に逆転した。


「松原、恐らくのんびりと構えたお役人たちが我が物顔でやって来るだろう。絶対に中に入れるんじゃねえ。いいな!」

「はい」


土方が全体を見渡すと表で藤堂が倒れ、裏庭からは大量の血の臭いがした。

裏口は原田が押さえている。


「椿は、まだか」


この状況で自分たちが救護班より先に到着した事に安堵した。

土方は正面から中に入る。

めちゃくちゃに物が散乱しており、此処でどれ程の死闘が繰り広げられたのかが目に見えた。


「土方さん、あんた近藤さんの所に行かなくていいのか」


永倉が奥の広間を見ながらそう言った。


「斎藤が行ったから大丈夫だろう。なに、近藤さんなら心配はいらない」


これも土方の野生の勘なのだろうか。ちらりと奥を見ただけで外に出た。

夜目の効く土方は目を細め遠くを見つめる。

三つの影がこちらに向かった走って来るのが見えた。


「来たか」


先頭を山崎が走り、その後ろを椿ともう一人の隊士、尾形が続く。

まずは藤堂からだなと頭の中を整理した。


「ただ今到着しました!」

「ご苦労、なかなか良い頃間だ。椿、先ずはそこの藤堂を見てくれ。刀の音がする間は此処から動くな」

「承知、しま、したっ」


ずっと走ってきたのだろう。椿は肩で息をしている。

山崎に目で合図を送るとこくりと頷いた。


「さて、お役人様のご登場か」


ザクザクと悠長に幕府の部隊が到着した。

土方は隊士の間をすり抜け、会津・桑名藩が率いる数百名の部隊の間に立ちはだかった。


「新選組か。其処をどけ」

「ここから先は近づかない方がいい。中は既に地獄絵図だ、今から入ったのでは気が立った隊士どもが間違えてあなた方を斬りかねない。万が一残党どもが逃げ出した時は処理の方お願い申す」


丁寧に相手を思いやった物言いだが、本音を言えば「近づくな。遅れて来ておいて何様だ、手柄は譲らない」だろう。


苦虫を噛み潰したような表情で会津藩のかしらは黙って土方を睨んでいた。


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