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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
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歴史を動かす瞬間に立ち向かへ

出陣前に遡る。


新選組の監察隊の報告によると池田屋が一番可能性が高いと見ていた。何故ならば池田屋の主人である惣兵衛が贔屓にしていた客の殆どが、長州弁を話していたからだ。

また、池田屋から少し離れた先には長州藩邸があった。

一方、会津藩の隠密の報告では四国屋だと報告された。

古高俊太郎もこの二つのどちらかだと言っていた。


「歳、どちらだと思う」


近藤は土方に問いかけた。


「俺は池田屋だと思っている」

「そうか、なら私が池田屋に行くよ。歳は四国屋に向かってくれ」

「分かった」


近藤は土方の勘の鋭さを信用している。それはまだ京に上がる前、日野にいる頃から土方が思う事にはずれはなかったからだ。


池田屋だと思うなら皆で向かえば良い。しかし、それも絶対ではない。会津藩預かりの身としては四国屋情報を無下には出来ないのである。

他にも優良情報が二十近くあった。

松原隊には足早にそれらを御用改めさせ、暮れ四つ(22時)までには池田屋へ向かうように伝えてある。

土方隊も四国屋の前に数件の御用改めをし四国屋を改め、池田屋に合流する流れとなっている。

会津藩も応援として、当たりの宿場へ行く手筈になっており、暮れ三つ(20時)頃には出動準備をする事になっている。

伝令は各所に散らばっている会津藩の隠密たちだ。


こう言った作戦の(もと)新選組は出陣したのである。

全ての焦点は池田屋に向けてある。

土方は新選組の監察隊は会津藩の隠密よりも有能であると信じていた。この信頼なくして、この事件は成り立たなかっただろう。



日暮れとともに町へ散った新選組は、近藤隊を除く二つの隊が足速に京の町を駆け巡った。

あの重装備で六月の蒸し暑い中を駆けるのだから、半端ない量の汗が至る所から噴き出している。


「足を止めるな!」

「はい!」


土方は先頭を駆けていた。ザクザクと音をたてながら片っ端から「新選組、御用改めである!」を繰り返した。

数件繰り返し、やはり当たりはなかった。


「次!四国屋だ」

「はいっ!」


この時点でかなり疲労を感じていた。


松原隊も与えられた御用改めは十五箇所あまり。

どんなに池田屋だろうと臆測を立てていても、あくまで臆測だ。

何処に当たりが潜んでいるかは分からない。松原隊もずっと緊張の糸は緩めることはなかった。


「あと二箇所だ。終わったら池田屋に向かう。気を抜くな!」

「おお!」


新選組は大将に値する者は(みな)先頭を走る。

それは大将自らが先頭に立つと立たないでは、士気の高さが異なるからである。


皆の頭では「やはり池田屋か」と思い始めていた。


その頃、屯所守備組は出動準備に追われていた。

刀での戦闘になる為、大量のサラシと濡らした手拭いと消毒用の酒、止血用の紐、仮の縫合用の針と糸そして痛みを和らげる薬。

これらを持って走らなければならない。

しかも、いつ敵から襲われるかも分からない中での作業だ。


椿一人では抱えて走ることは出来ない為、山崎と尾形という男が護衛と救護を兼ねて出動する。

時間は暮れ三つ(20時)を半刻程(1時間)過ぎただろうか。

まだ、伝令は来ない。

この時点で新選組が思う池田屋でほぼ間違いがない事が予測出来た。


「山崎殿」

「分かっています。尾形君、準備を」

「はっ!」


山崎が尾形に指示を出し、荷物を二つに手早く纏めた。

山崎は山南へ現状を報告すると「半刻後に出動」と命令を受けた。


「椿さん」

「はい」

「半刻後に出動です。あなたは何も持たなくていい。足だけを動かしてください。俺が誘導します」


椿は静かに頷いた。

頭の中でもう一度手順をおさらいした。

現場到着後、安全な場所を確保し怪我をした隊士の誘導。壁か塀を必ず背にして処置をする。

助かる見込みの無いものは…手当無用。

怪我の軽いものは手当の方法を指示し自分で処置をさせる、手を施せば助かる中程度の怪我人を重点的に椿が見る。

これは全て土方からの指示だった。


限られた現場での処置を効率よく行うには、かなり進んでいる考えだと思った。しかし、この場合息がある者でも助からないと判断されれば、見捨てなければならないのだ。

それを自分は出来るのだろうか。否、やらなければならない。


「ふぅ。大丈夫、大丈夫、出来る。私は出来る!」


何度も何度もそう言い聞かせた。


「椿さん、間もなくです」

「はい」


静かに立ち上がり、山南敬介のもとへ三人は向かった。


「救護班、準備はよいですか」

「はい」

「椿くんは出来るだけ多くの隊士を助け絶対に生きて帰る事。これが貴方の任務です。いいですね?」

「承知しています」

「山崎くん、尾形くんあなた方は椿くんを無傷で連れて帰る事!」

「御意!」

「新選組、救護班出動願います」



深々と頭を下げ、三人は屯所の門を抜け池田屋へ向けて走った。

灯りのない暗闇の中、前に見える山崎の背をひたすらに追いかけた。


「大丈夫、私は出来る。新選組の為に!」

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