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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
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非番の楽しみ方~好きが増えました~

非番はこの話で終了でございます。

膳を下げに来た仲居がチラリと隣の寝床に目をやる。

椿は手持ち無沙汰で出窓に腰掛けて外を眺めていた。

仲居と入れ替わりで入って来た女将は潰れた山崎とぼんやりした椿を交互に見て、口に手を当て笑いを堪えている。


「ほんに今日はありがとうございました。ごゆるりとお休み下さい」


頭を下げ部屋を後にしようとした女将を椿が呼び止めた。


「あのっ」

「はい、何かご入用ですか?」

「ちょっと教えて欲しい事がありまして」


女将は「なんでしょう」と椿の話に耳を傾けた。

どうも自分は男と女のソレに疎いので、女としてどうしてあげたら良かったのかと恥じる事なく聞いた。

こうなった経緯を話すと女将は「あら、まあ。ふふふ」と笑うばかり。一頻り笑うとこう言った。


「そのままで、ええと思いますよ?」

「えっ?でも、それでは何も」

「次からお酌する時は、急がず相手に合わせてあげたらどうですやろ?他は男の人が上手くしてくれますさかい」

「は、はあ」


女将は去り際にまたこう付け加えた。


「旦那さんは優しい(ひと)やと思います。あんさんを大事に思うてはる。普段は何の仕事をしとるんか知りませんけど、こない疲れとっても此処に連れて来たかったんは好きが勝っとったと言う事ですやろ」

「あ・・・」

「ほな」


女将が出て行ってから、これまでの事を思い出した。

毎日、新選組の為に走り回り最近は特に忙しかったようだ。

枡屋を突き止めるために何日も昼夜問わず、諜報に(いそ)しんでいたに違いない。やっと得た非番も本当は部屋で休みたかっただろう。

椿を喜ばせてやりたいがために、遠出をしたのだ。


椿は眠る山崎にそっと近づくと、額にかかった髪を優しく梳いた。


「山崎さん、ありがとうございます。私、とっても楽しかったです。とっても嬉しかったです」


酒も手伝い深い眠りに落ちている。

これならきっと疲れも取れるだろうと、椿は柔らかく微笑む。


「お気張りやすには答えられませんでしたけど・・・ちょっとだけ失礼しますね?」


椿はもう一組の布団をピッタリと横に付け、自分も布団に入る。

こっそりと手だけを山崎の布団に忍び込ませ、山崎の手を握った。


「お休みなさい。大好きです」


温泉で程良く解れた身体は直ぐに眠りに入った。


*****


ちゅんちゅんと鳥が(さえず)る。朝だ。

日頃の生活の所為で日の出よりも少し早く目が覚める。


「ん?俺はいつの間に寝たんだろうか」


思考を昨夜まで巻き戻す。風呂に入って、夕餉を食べた。

椿はとても喜んでいた。俺の隣に来て酒を注いでくれたのをしっかりと覚えている。その後、俺は・・・どうした?

何か言ってはいけないことを言ってしまったような気がするのは何故だろうか。

「俺の事を好いてくれていますか?」

「酔っていません!」


はっ、これは俺が言った言葉では!?

思わず口に手をやろうとしたが、右手が上がらない。

なにっ!と焦り自分の右手を確認しようとして固まった。


(椿さん!!)


椿が自分の右手を握りしめている。よく見ると布団はピッチリと二組くっついている。しかも、しかも、椿は少し寝乱れているではないか。

胸元が着崩れている。山崎は布団をそっとはぐって確認した。


(っーーー。俺は・・・いや、シていない)


山崎が少し動くと、椿が身じろいで目を開けた。


「あっ、山崎さん。おはようございます」


寝ぼけているのか定かではないが、ふにゃりと笑った。


「白旗を挙げたい気分です」

「え?」


繋がれたままの右手をゆっくり上げてみせると椿はハッとして、顔を真っ赤にする。

聞けば酔い潰れた自分を布団に運び、そのまま自分も寝たのだと言った。なんと不甲斐ない!!

手を繋いだのは、好きを伝えたかったからと。

俺はこのまま死んでしまうのか?

それぐらい幸せだと感じてしまったのだ。



結局、二度寝をすることも無く他愛の無い話をし朝餉を取った。


「すみません。俺、先に寝てしまって」

「ふふふ、いいですよ。疲れていたんですもの。ずっと潜入したり調書取ったりしてあまり寝てなかったでしょう?」

「お陰で疲れは取れました。でも椿さんは」

「私も疲れ取れましたよ。それに、ふふっ」

「それに?」

「山崎さんの事、もっと好きになりました」

「っ!」


椿は山崎の真っ赤に染まった顔を見て「くすっ」と笑う。

山崎は片手で顔を覆い俯きながら「またしてもヤられた」と愚痴る。

それを聞いた椿はこう言った。


「え?ヤられたのは私の方ですけど」


真顔で首を傾け言い返す言葉は決して意図的ではないのだ。

しかし山崎はその一言で狼狽する。


「へ!?」

「山崎さん忘れちゃったんですか?・・・えぇ!」


口元に手を当て驚く椿に更に山崎は慌てた。

「す、すみませんっ!」と土下座をしているではないか。


「俺、断片的にしか覚えていなくて。その、何かしたなら謝ります。許してもらえるまで!」


先ほどまで赤かった山崎の顔は今度は青ざめている。

椿はまた言い方を間違えたのかしら?と思考を巡らせる。


「山崎さん、私は言葉の選び方が下手でいつも山崎さんに誤解をさせてしまいますね。えっと、私、山崎さんの事をもっと好きになったと伝えましたよね?」

「は、はい」

「嫌なことは一つもされていませんから、謝らないで下さい」

「・・・では、俺は何を?」


その問に今度は椿が真っ赤になり、両手で顔を隠してしまった。

もごもごと何かを言っているが聞き取れない。


「椿さん、よく聞こえないのですが」

「山崎さんに・・・」

「はい」

「食べられました」

「えええ!!!!」

「・・・唇を」

「!?」

「口づけされましたっ。その、食べるみたいに・・・」

「・・・」


安堵していいのかよく分からなくなった山崎の表情は、言い表しようのないくらいに困惑していた。

(口づけ、食べる・・・何故覚えていないんだ!くそっ!)


「椿さん、俺・・・覚えてないんです」

「そう、ですか」

「だから」

「はい」


ずりっと椿の前に近づいた山崎は小声で「もう一度」と囁くと、瞬く間に椿の唇を奪った。



時が止まった、気がした。






また、新選組での生活が始まる。

それは今までよりも過酷になるに違いない。まもなく大捕物が控えている。生死を分かつ仕事になるかもしれない。

それでも山崎は新選組の為に走り続けるだろう。

椿はそんな山崎を止めることはしない。共に新選組の為に尽くそうと心に決めているからだ。

自分にしか出来ないことを、己の誠に誓って。


ジリジリと一歩ずつですが、進展しました。よね?

さあ!次回からは池田屋事件突入です。

新選組にとっては重大な事件簿だったと私は思っております。

これがあったから歴史の流れが早まったのではないかと、個人的に考えております。

では、引き継ぎ宜しくお願い致します。

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