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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
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非番の楽しみ方~お酒の力を借りてみましょう~

しかし!お風呂の湯は最高だった。

半露天の作りになっており、嵐山の織り成す豊かな自然が目前に広がっている。


「わぁ、綺麗!」


ちゃぽんと湯に浸かると、半日歩きとおして疲れた体が癒されていく。


「はぁぁぁぁ、きもちいい」


先客もいなかったのですっかり気分がよくなった椿はいつものように声が大きい。

まさかこの声が男湯に届いていようとは思わなかっただろう。


山崎が湯に浸かって体を温めていると、聞きなれた声がした。

相変わらずな椿に「ふっ」と笑みが零れた。

物心ついた時から仏頂面で、淡泊に父親の商いを手伝ってきた。

本当はもっとやり甲斐のある仕事がしてみたかった。親に内緒で武術(棒術)を習い、いつか家を出たいと思っていた。

土方に拾ってもらい、隠密のような任務をこなしてきた。

表情を隠し、感情を押し殺し、無慈悲な行いも躊躇うことなくやってきた。全ては新選組の為に、俺と言う人間を認めてくれた副長の為にと。


まさか大阪で出会ったあの娘が自分を追って、新選組に居つくとは夢にも見なかった話だ。

彼女の前だとどうも調子が狂う。

喜怒哀楽という感情に鍵をかけていたはずが、いとも簡単に解錠されてしまったのだ。


「本当に、参る」


ザバッーっと身体を流し、拭き、寝間着の浴衣を身に着けた。

椿はもう少しかかるだろうと、先に部屋に戻った。


「お帰りやす」


部屋に戻ると仲居が夕餉の膳を整えている所だった。山崎は部屋の端に腰を降ろす。

すると仲居に指示を出していた女将が山崎の方を向いた。


「可愛らしいお連れさんですね」


「っ!」一瞬、左の眉がびくりと上がった。自分でも分かるほどだ。

女将は口元に笑みを載せたまま話を続ける。


「ええお嬢さんですね。うちの女中が指を切ったのを見て、すぐに手当してくれました。聞けば医者だとか。女の身でさぞ苦労したでしょうに、何てことはないと可愛らしく笑うんです」


「・・・ええ。彼女はそういうひとです」

「お似合いですよ。お幸せに」


それだけ言うと、女将と仲居は下がって行った。自分たちの事情を知らない他人から「お似合いですよ」と言われて、全く反応できなかった。

自分が椿の隣にいて似合っているなど考えたことがなかった。自分と椿は全く正反対だ。

椿が動なら自分は静、椿が陽なら自分は陰だと思っている。


「お待たせしました」


椿が風呂から戻ってきた。湯で温まったからだろう、濡れた髪は一層艶が増し、上気した頬は赤く、潤った小さな唇は緩く開かれている。


(くっ!まずい。やはり同室はまずい)


「わぁ、美味しいそうですね。さあ、頂きましょう?」


椿はいつもの調子で山崎に語りかけてくる。


「そ、そうしましょう」


手ぬぐいで何度か髪を拭き終わると、山崎と正面になるよう夕餉の席についた。

椿は「おいしい、おいしい」と箸をすすめる。それをちらちら見ながら味のしない夕餉を食べる山崎。

いつも見ない姿を目にしたせいか、心臓が早打し全く落ち着かないのだ。


「あっ、お酒がありますよ。山崎さんどうぞ」


隣に来て酒を飲むかと様子を覗ってくる椿の上目づかいには正直悶えた。

山崎は空いた手で自身の顔を覆い「ふぅぅ」と長く息を吐いた。

(落ち着け、落ち着くんだ。俺はこんなことぐらいで動揺なんかしないっ)


「では、いただきます」

「はいっ」


嬉しそうに、にこりととどめの笑顔を刺してきた。その所為か酒の所為かは分からないが、今思えばいつもより大胆になってしまったのは間違いないだろう。


何杯か飲み進めるにつれ、山崎の様子が少しいつもと違ってきた。


「椿さん」

「はい?」

「俺の事を好いてくれていますか?」

「へっ!ど、どうしたんですか急に」

「急にではありません。どうなんですか?」

「好きに決まっているじゃないですか」

「信用なりませんね」

「な、なぜ・・・」

「君はいつも副長と一緒にいるし、副長とはかなり気が合うのでしょう。副長も何かにつけて椿、椿と側に置きたがる。外に出れば今度は沖田さんです。ちょっとでも暇が出来れば手を出したがる。斎藤さんにしてもそうです。護身術の指南をいいことに触りすぎなんです」


椿は目が点になっている、山崎が・・・酔っぱらった!


「藤堂くんもまんざらじゃなさそうですし、永倉さんは部屋が隣です。あ、原田さんには極力近づかないでください。あの人は危険です。側に寄っただけで子が出来ます!」

「ええ!」

「ですからっ。俺の目が届かない所で、他の男と二人っきりにならないでください」


さっきまでの勢いあった口調は最後は懇願するような弱い口調へと変わっていた。


「酔ってますよね?」

「・・・酔っていません!」


ガバっと椿に抱き着いた山崎はそのままの勢いで後ろに押し倒した。

頭を打つかもと、冷静に考え身を構えたがその衝撃はなく、後頭部には山崎の掌が置かれて有った。

ちゃんと椿を庇っていたのだ。

上からし掛かる山崎の重みを感じながら、椿は驚きと同時に嬉しさが込み上げてくる。

自分ばかりが山崎の事を好きで、山崎はそれに頑張って答えてくれていたのだと思っていた。

でも違った。山崎は確かに言った。「俺の目が届かない所で、他の男と二人っきりにならないでください」と。自分も好かれているんだという事が本当に嬉しかった。


椿は山崎の背にそっと両腕を回し、その背中を上下に優しく撫でた。

一瞬「ピクン」と体を揺らした山崎は椿の肩口で「椿さん」と囁いた。


「大丈夫です。私が好きなのは山崎さん一人です。土方さんは口煩い兄のような存在です。沖田さんは近所のお兄さんみたいな存在です。斎藤さんは先生です。藤堂さんは気さくなお兄さんです。永倉さんは親戚のお兄さんみたいな人です。原田さんは・・・気を付けます」


そう一気に言うと、山崎が頭を上げて椿の顔を覗きこむ。その顔の近さに椿は息を呑んだ。


「本当ですか」

「本当です」


まだ、疑っているのだろうか。椿は嘘じゃない、私が好きなのは貴方だけだと見つめ返す。

山崎の瞳には自分が映っていた。自分の瞳にも山崎が映っている。

瞬きをするのも忘れ互いにじっと見つめ合う。

すると山崎が数秒目を閉じ、再びゆっくりと目を開けた。

それと同時に近かった顔が、ぐんと更に近づいてきた。


あっという間に顔の輪郭が見えなくなり、思わず目を閉じた。

「ん!」唇にふわりと何かが触れた。

驚いて目を開けると、潤んだ瞳が目の前に見え再び唇に何かが触れる。


ちゅっ、と軽く当てられたと思ったら、今度は上唇をはむっとされ、その後は下唇も同じようにはむはむされた。(う、うそぉぉぉ!)椿は狼狽した。


口づけをされている!!ど、どうしよう。え?どうしたらいい?

こんな時にまた女将さんの「今夜はお気張りやす」が再び頭の中を駆け巡る。

嫌じゃない、本当は泣きたいくらい嬉しい、すごく嬉しい。

でも、でもその先はまだ覚悟が決まっていない。


「やまっ」山崎さんと言おうと口を開いた瞬間にヌルッっと何かが一瞬・・・

「んぐっ」思わず山崎の背をトントンと叩く。山崎さんちょっと、降参!降参ですっ!と。


すると、スルッと山崎から力が抜けずっしりと重みが増した。


「え?」

「・・・」





ね、寝てるっ!!!


その後、椿は「もうっ!」と中途半端なやり場のない気持ちを抱えながら山崎を引き摺って布団に押し込んだのだった。

寝落ちっ!で、すみません。

山崎さん疲れていたんですよ、枡屋に掛かりっきりで(汗)

許してやって下さいませm(_ _)m

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