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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
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非番の楽しみ方~直接的な表現がいいでしょう~

土方さんのご褒美、非番。

何話か二人の相変わらずな、進んでそうです進まない恋路になります。

だって非番開けたら忙しくなるんだもの。

という事で、宜しくお願いします。

荷物を手に椿は門へ向かった。

途中、原田や斎藤に「そんなに浮かれてどこに行くんだ」と聞かれたが「さあ、分かりません」と満面の笑みで返したのだ。

答えと表情が合っていないと散々笑われたが、この浮ついた心は抑えることが出来ない。


「明日まで戻りませんから、宜しくお願いします!」

「おい、一人で行くのかぁ?」

「違います、やまっ・・・秘密です!では~」


原田と斎藤は顔を見合わせるとニヤッと笑った。

椿はあれでも隠したつもりだろうか、もう殆ど答えを言っていたのに気付いていない。

そこもまた彼女のいいところなのだろう。

どんよりした空が嘘のように椿の周りはきらきらと輝いて見えた。



門につくと、山崎は既にそこに居た。

椿が側に行くとふっと表情を和らげて「持ちます」と荷物をさっと持たれてしまった。


「そんな重くないですから自分で持ちますよ」

「荷物くらい持たせてください。それに少し遠出になります」

「どこに行くんですか?」

「すぐに分かりますよ。さあ行きましょう。日が暮れる前につきたいので」


二人は揃って屯所を出た。

最初こそは並んで歩いていた椿だが、やはり男と女。歩幅は違うし歩く速さも違う。

女物の着物はこういう時は不便だと椿は思っていた。

特に山崎は普段の仕事柄からか歩くのが早く、これでも緩めているつもりだろう。

それでも山崎と出かけるこが本当に嬉しかった。


「椿さん、あれ?」

「はい、すみません遅れちゃって」


パタパタと小走りになる椿をみて山崎ははっとした。

椿の頬はすこし赤くなり、はぁはぁと呼吸も早い。ずっとこんな状態でいたのだろうか。


「すみません。俺、椿さんの歩く速さを考えていませんでした」

「こちらこそ、すみません。こんな事では新選組と行動を共にできませんね。鍛錬だと思って気にしないでください。あ、袴にすればよかったですね」


と、椿は全く気にも留めていないように笑って見せた。

椿の健気な姿を見ると胸が締め付けられたように疼く、気の利かない不甲斐ない自分に一生懸命ついて来るその姿が愛おしくて仕方がなかった。しかし生憎この男にはそれを上手く表現する術を持っていない。


「・・・山崎さん?」

「すみません。予定より早く進んでいますから少しゆっくり行きましょうか」

「はい」


山崎は歩調を緩め隣の椿を時折気にしながら、道を進んだ。

すれ違う人を避ける度に椿の肩にぶつかり、そのたびによろけながら「すみません」と椿は謝る。

ふと山崎は前を行く夫婦を目にした。男が女の手を引いていたのだ。


(俺はどこまでだめなんだ・・・)


視線を椿の右手に落とすと、意を決して自分の手を伸ばした。

「あっ」と小声で椿が反応する。気付かない振りをしてぎゅっと握りなおして前を向いた。

椿は突然手を取られて驚いたが、山崎は何も言わずに道を進む。

その横顔はほんのり赤く染まって見えた。「かわいい」と思った。

山崎の不器用な優しさや気遣いが手を伝って届いてきた気がした。


「もしかして、嵐山に?」

「はい、来たことありましたか?」

「ないです!私、こっちに来てから市外に出た事がなくて」

「俺は仕事柄あちこち行くので、ここは景色がいいですよ。食べ物も美味いですし、温泉もあります」

「誰かと来た事があるんですか?」


聞いた後に椿は聞かなければ良かったと思った。

山崎は自分より年上だ、誰か(女の人)と来ることだってあるだろう。


「・・・誰か?」

「詳しいなぁと思って、えと。女の人とか・・・」


後半は声が小さすぎて山崎が「え?」と思わず耳を寄せてくるほどだった。

自分はこんな人間だっただろうか。過去に誰と親しかったか、どんな人と過ごしたのかなど気にするような人間ではなかったはずだ。

医術一筋で男に負けるもんかと前だけ見てきた筈なのに、山崎の事になると過去も未来も気になって仕方がない。そして、その全てに自分が関わっていたいとさえ思う。


「あっ・・・(これが恋煩い)」

「どうしました」


山崎は先ほどから青くなったり赤くなったりする椿の顔をまじまじと覗き込む。

まさか無理をさせてしまったのか。女の足で半日での移動は厳しかったのだろうかと焦る。

今度は顔を真っ赤にしている。


「椿さん?」

「はっ、山崎さん。私、おかしいですね」

「え。どこか具合が悪いのですか!」

「あの・・・」

「はい」


山崎は深刻な顔で椿を見る。椿は口を開けては閉じ、また開けては閉じを繰り返す。

道の端に避け、座るように促すと椿の背をそっと摩った。


「あのっ」

「はい」


全くさっきからこれの繰り返しだ。この場に土方がいたら「さっさと言いやがれ」と叱咤しただろう。

しかし相手は山崎だ。こうやって先の言葉を強いる事はしない。


「私どうも恋煩いみたいなんです」

「え!?」


そりゃ驚くだろう。つい先日お互いの想いを確認し合ったばかりなのに「恋煩い」と言われれば、他の誰かに心を奪われたのかと勘違いをしてしまう。


「椿さん、誰か好きな人が出来たんですか?だったら早く言ってくれれば、こんな遠くまで連れ出さなかった。その、俺は大丈夫ですからその人の所へ」

「えっ!?」


今度は椿が驚いた。

いつ私が山崎さん以外を好きになったのか!何かおかしなことになっている。

山崎は目を伏せたまま、椿の顔を見ようとしなかった。


「ちょっと待ってください。私がいつ誰かを好きといいました?」

「・・・え。さっき恋煩いだって」

「ああ、言いましたね」

「相手は誰なんですか」

「え、言わないと分からないんですか?」

「そりゃ、分かりませんよ。言いたくないなら、言わなくても」

「山崎さんですよ!」

「・・・」

「もうっ。山崎烝と言う人が好きなんです。私の目の前に居ますけど何かっ?」


これでもかと大声で椿は叫んでいた。

道行く人が振り返るほどで・・・

山崎は今までにないくらい顔を赤く染めた。よく見ると耳も真っ赤だ。

思わず両手で頭を抱えて顔を膝に埋める。


(俺は本当にばかだな。椿さんはこういう人じゃないかっ、まったく本当に居た堪れない!)


何故、山崎が悶絶しているのか理解できない椿は先ほどまで自分がされたように山崎の背を摩る。

道行く旅人たちは恐らく連れの具合が悪いのだろうと思ったに違いない。

ようやく気を取り直した山崎が顔を上げた。ちょっと不機嫌な顔で。


「椿さん!」

「はいっ!」

「俺があなたの事を理解不足でした。すみません。それでどうして恋煩いだと思ったのですか」

「山崎さんの事が気になって仕方がないんです。私以外に好きになった人はいたのかとか。嵐山も多分その(ひと)と来たんだろうなって想像したら気持ちが落ち込んで、でもそう言う事はあって当たり前だし・・・とか」

「つ、つまり。俺が椿さん以外の女の人と此処に来た事があるかと言う事ですか?」

「・・・はい」


何故たったそれだけの事でこうも遠回りをしてしまったのか。

椿の考え付いた先が「恋煩い」という少しズレたものだったから致し方ない。


「任務で来たことはありますが一人でした。その時に此処へは椿さんと来たいと思ったんです。椿さん以外で好きになった女の人は、いませんよ」


そう言い終わるとぷいっと顔を背けてしまった。

それを聞いた椿は顔を綻ばせ、山崎の顔の前に体を移動させると手を取ってこう言った。


「嬉しいです!私も山崎さんが初めて好きになった人です!山崎さんとなら何処へだって行きます。だから私の事を嫌いにならないでくださいねっ。私もどんな山崎さんでも嫌いになりませんから」


とサラッと言ってのけた。

心の中で、やっぱり椿さんには敵いませんよとぼやくしかない。


「分かりました。俺も椿さんと同じ気持ちです。だから恋煩いではないですよ」

「あらっ、私間違えていましたね」


その笑顔と声を聞けば勇気が湧いてくる、逆に涙を見れば護ってやりたいと力が湧いてくる。怒った顔ですら愛らしいと思うのだ。

ツバキとはこんなに中毒性のあるものだったのだろうかと、訳の分からない事を考えてしまう。


山崎には今まで感じたことのない感情が溢れてきた。

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