椿VS副長
隊士たちの様子を伺いながらすたすたと歩く椿。
辿り着いたその先は呼ばれても行きたくない”鬼の部屋”がある。
新選組副長、土方歳三の部屋だ。
その部屋を前にしても、躊躇うことを知らない椿と副長との攻防が始まる。
そんなやり取りが見たくて、非番の組長たちは忍び足でやってくる。
もちろん遠巻きから見るつもりで。
「椿です!不機嫌なところ申し訳ございません。失礼いたします」
なんとも直球過ぎる挨拶だ。
普通はお忙しいところと言うだろうに。
副長の「入れ」の返事を待たずして障子を開けるのもまた、この女くらいだ。
「ぶっ!」
思わず飲んでいた茶を吹き出しそうになるのをグッと堪え、喉の奥へ流し込む。
そう吹き出すわけにはいかないのだ。
目の前にはやっとの思いで書き上げた書簡がいくつも並べられてあったのだから。
眉間に皺をグッと寄せ、泣く子も黙る鬼の副長の誕生だ!
開かれた戸に目をやると、手を畳に突きぺこり頭を下げた椿が居るのを確認した。
ゆっくりと顔を上げた椿はこれまた臆することなくこう言った。
「山崎さんを知りませんか?」
入室の許可も待たず、挙句の果てにはこの部屋の主の問いよりも先に口を開く始末。
この女に恐れという言葉はないのかっ。
「……」
「副長!無視ですかっ」
ぐっと顔を近づける椿に鬼の副長も「おっ」と後ろへ上体を反らす。
「無視してるわけじゃねえ。お前は許可もなく勝手に入ってきて勝手に喋りやがって、俺が口を開ける暇が何処にあった」
「あ、それは失礼いたしました」
意外と素直なのもこの女の特徴である。
「で、お前は山崎を探しているのか」
「はい、どちらにお隠しですか?」
「は?」
「ですから、山崎さんを隠してないで出してください。もう三日もお顔を拝見しておりません」
先ほどの勢いは何処へやら。三日も顔を見ていないと言って今にも泣きそうな顔をする。
まるで自分が苛めているように見えてくるから困ったものだ。
「おい、そんな顔をするな。今日あたり帰ってくるだろう」
「どこに行っているのですか」
「そいつは言えねえが……」
「そですよね。医者である私が新選組の機密を聞いてはいけませんでした。すみません」
「戻ったら、椿が探していたと伝えておく」
「はい」
素直で相手の立場はきちんと理解する事の出来る女だ。
しかし「はい」と返事はしたものの、山崎恋しさは募るばかりで、体は動かず土方の前に俯いて座り込んだままだった。
「おい」
「……はい」
「下がっていいぞ」
「……はい」
椿の言う「はい」が何故か「嫌です」と聞こえてしまうのは気のせいだろうか。
此処では鬼と呼ばれる土方だが、根は誰よりも優しかったりする。
それを知ってか知らずか、椿はうるうるした瞳で土方を見上げて頷くのだ。
(まさかこの俺がこんな小娘ごときに振り回されるとは。
しかも俺を慕っての行動じゃねえ、山崎恋しさに俺の部屋に飛び込んで来たんだ。意地らしいじゃねえか)
「まったくお前には敵わねえな。気が済むまで居ればいいだろう。その代り邪魔だけはしてくれるな、いいな!」
土方は椿の頭を子供をあやすようにワシャワシャと掻き乱しながら言った。
当の椿はふにゃりと顔を歪め「はい」と儚く笑って見せた。
土方は片手で顔を隠すように覆うと、
「くそっ山崎てめぇ、こいつ可愛いじゃねえかっ!」と心の中で叫ぶのだった。
「見ました?土方さんでもお手上げなんですよ?椿さんには」
「あれが鬼の副長か?人違いじゃねえのか」
「副長があのような……っ、ありえん」
三人は見てはいけないものを見てしまった。
やはり椿は大した女だ。
そんな椿の気持ちを山崎は知っているのだろうか。
椿は山崎のどこがいいのだろうか。
誰にも媚びない、冷静沈着、仕事は抜かりなく上司に忠実な男だ。
しかし、それのどこに女が惚れる部分があるのだろうかと真剣に考える男たち。
「ねえ、どうせ暇ですし僕たちも入りましょうか」
「は?」
この沖田という男も椿に並ぶくらい突拍子もない。
いきなり「失礼しますよ」と臆することなく副長室の障子を開けたのだ。
「なんだお前らっ」
「いや副長一人で椿さんのお相手は大変でしょうと思いましてね」
「沖田さん。あれ?原田さんと斎藤さんもご一緒ですか?」
「俺は忙しいんだ、お前たちの相手をしている暇はない」
「分かっていますよ、邪魔はしませんから。椿さん、僕の部屋へ来ませんか?副長はお忙しいみたいですから。どうでしょう?」
椿は暫し考えた、沖田が言うようにこのまま居座っては忙しい副長の邪魔になる。
でも山崎は報告で必ず土方の部屋に立ち寄る、だから此処に居れば確実に会える。
(どうしよう……)
かと言って新選組の仕事を邪魔してはいけない。
そのために山崎が走り回っているのだから。
でも自分はその新選組の仕事のせいで山崎に三日も会っていない。
(どうしよう……)
「……」
椿は困っていた。
沖田は面白そうに口元を緩ませている。
「沖田さんは意地悪です」
「ごめん、ごめん」
心の中で今日は椿に勝ったと呟く沖田は、椿の頭をよしよしと撫でていた。
そして一番困り果てた男が、副長室の前で障子に手を掛けたまま固まっている。
まだ誰も気づいていないようだ。
そう、山崎烝だ。
「こ、これはどういう状況なのでしょうか……」
椿さんが副長と組長たちに取り囲まれている!!