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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
19/84

初出動

いつもと変わらずに、椿は土方の部屋で日中を過ごしている。

武田の事件があった日の夜、鬼の副長があんな行動を取るなんて思いもしなかった。


「椿!申し訳なかった」

「え!ええええ!」


なぜこんなに驚いているのか、それは土方さんが私に頭を下げているからですよ!

有り得ないです!有ってはなりませんっ!


「頭上げてくださいっ、何ですか!どうしてっ」

「隊士の不逞は俺の不逞でもある。ケジメだ」

「分かりました。分かりましたから本当に顔を上げてください!」


武田組長は五番組を率いており、今回は未遂だったのと、この件が弱みとなり大変反省しているという理由から切腹は免れたそうだ。

よかった、本当によかった。これで切腹だなんてなったら私は寝ても眠れませんから。


「切腹にしたかったんだが」

「ひぃぃ!止めてください、絶対に」

「・・・そうか」


あれ以来、土方さんは私を側に置き怪我人の手当てにまでついてくる始末。なので怪我をした隊士は「ひいっっ!」と怯える始末。

土方さんが言うには「山崎は忙しいから代わりだ」とか言って、本当に金魚の○ンみたいなんです。

土方さんだって忙しいのに、なんだか申し訳ないです。


「あの」

「ん?どうした」

「ちょっと過保護ではないでしょうか」

「誰がだ」

「土方さんですよっ。もう事件は解決したんですよ?大丈夫なのに」


そう言うと、ギロリと私を睨んで「黙って医術を学びやがれ」と怒るのです。


そんな時、監察方の島田さんが血相を変えてやって来た。

それを見た土方さんは何を察し表情を堅くした。


「何か掴んだか」

「はい、枡屋喜右衛門は何かを隠しています!」

「ほう、その何かとはなんだ」

「長州と密に連絡を取っています。家屋を(あらた)めれば証拠が出るのではないかと」

「山崎は」

「枡屋を見張っています」


椿はどきりとした。山崎は一人で潜入していると?

大丈夫なのだろうかと不安が先に立つ。


(あっ、話を聞いてしまったっ!どうしよう。今更聞こえないふりはできないし。)


「す、すみませんっ。私、まだここに居ました」

「見れば分かる」


話の途中で声を掛けてしまったからか不機嫌だ。

二人はどんどんこの後の事を話し明日にでも御用改めをしたいと、土方は机に向かって書物を始めた。

島田はじっとそれを見ている。


椿はますますその場を外せなくなってしまった。


「島田、これを近藤さんに渡してくれ」

「はい!」

「それから、椿」

「は、はひっ!」

「出動準備をしておけ。いざという時の予行練習だと軽く構えておけばいい」

「え!」

「なんだ」

「いえ、了解しました」


機密を聞いてはならないと焦っていたが、自分は新選組お抱えの医者なのだ。

機密を知らずして動くことは出来ない。

この事は椿が本当に新選組の一員で、且つ重要な位置にいるという事を否応無しにも思い知らされた瞬間だった。



翌日とはいかなかったが、局長の近藤が会津藩へ申し立てをし、二日後に枡屋こと古高俊太郎ふるたかしゅんたろうを捕らえる事が許された。

あまり大きな騒ぎにはしたくなかった為、出動したのは土方、永倉、島田、山崎そして数名の隊士だった。

椿は土方の指示のもと、袴に着替え髪を高く結い往診道具をもって隊の後方を歩いた。


「番頭はいるか!」

「へい、へい。どちらさんで?」


山崎がこくりと頷くのを確認した土方は「新選組だ、御用改めである!」と告げた。

男は一瞬眉をヒクつかせたが、すぐに笑みを浮かべ「へえ」と返事をした。

椿は隊士一人と一緒に入口近くの土間で柱を背にし、そこで待つ。

柱を背にするのは万が一、刀を持った者が襲いかかっても逃げられるようにだ。

懐には短刀を潜ませてある。


暫くすると「引っ立てろ!」という怒鳴り声が響いた。

先ほどの番頭らしき男が縄につながれて出てきた。

その後ろから数名の隊士たちが、ドカドカと大きな木箱を運んで来る。


「待たせたな。今回怪我人はいない、帰るぞ」

「はい」


小競合うこともなく、あっさりと古高は捕縛され引きずるように屯所に連れ帰った。


本当は土方たちが出てくるまで怖かった、自分の手が震えているのが分かった。

拳を作り誤魔化していたものの、心臓はバクバクと早く打ち、立っているだけなのに息が上がりそうだったのだ。

こんな極限な状況を味わったことはない。

それに本当は今回は自分は必要なかったのだろうと思う。

土方はきっと場の空気を危険の少ない案件で椿に教え込もうとしているのだろうと。

現場に出た土方は正に鬼だった。

厳しい表情を決して崩さず、眉間の皺は濃くなる一方だった。

しかし副長だというのに、自分が先陣を切りぐいぐいと奥へ進んでしまう。その背にみながついて行くように見えた。


「ご苦労だった」


古高はどこかに連れて行かれたが、それはこれから拷問が始まるからだろう。


「副長、私は何をすれば?」

「ああ、今回は特にない。部屋で休んでいろ。気を張り詰めていただろう、緩めておけ」

「はい」


噂に聞いたことがある、拷問は手を抜く事はせず容赦ないと。

それは鬼以上だと。


部屋に戻る途中、縄・蝋燭・五寸釘を持って走る隊士を見かけた。


「っ。あれで・・・?」


椿は想像しブルッと身震いをした。


「椿さんじゃないですか。何をしているんです?」

「あ、沖田さんっ」


思わず、沖田に駆け寄り先ほど目にしたものを聞いた。

「ああ、あれ。土方さんのお得意のやつですね」とサラリと言ってのける。


「やはり、そうですか」

「怖いですか?」

「え、あ、まあ。でも、お仕事ですから仕方がないですよね」

「ははっ。顔が引きつっていますよ。でも、これまだ優しい方だと思うんですよ」

「え!」

「藩や幕府の方がもっと手厳しいって聞きます」


あの道具を見て、もっと手厳しいって・・・想像できないっ。


「まず、縄で縛ります。逆さに吊るしたり、水を入れた桶に頭を浸けたり。あとは棍棒で滅多打ちにすることもあるし、蝋燭に火をともして炙ることもあります。五寸釘は・・・」


椿はゴクリと唾を呑み、もう恐ろしくて沖田から顔を逸らすことが出来ない。

そんな事細かい用途まで聞きたくはなかった、そんな事をされたら人間の体がどう変化するのかを安易に想像できる椿なのだ。自らの体を無意識に摩っていた。


「沖田さん!」


すぐ後ろから叱るような口調で沖田を呼ぶ声がした。

そう、山崎だった。調書の為、彼もまたその現場に入るのだろう。

手には縄を持っていた。


「沖田さん、椿さんを怖がらせるような事は言わないでください」

「え、でも本当の事でしょう?」


一瞬、山崎が「うっ」と詰まるも、すぐに気を取り戻し椿に向かって「大丈夫です」と言った。

沖田は内心、山崎の変化が面白くて仕方がなかった。

仕事一本、土方命みたいな山崎が女に気を遣い、声色も変え、しかも表情までも緩めるのだ。

悪戯心に火が付いた沖田は椿の耳に口を寄せると、

「山崎くんは縛り上げるのが得意です。椿さんもそのうち・・・」と囁いて見せた。


「しばっ、縛るって!」


椿は何を想像したのか、顔を真っ赤にして後ろへ後ずさる。


「椿さん?」


怪訝そうに近寄る山崎。

更に一歩下がる椿。

それを見て肩を揺らして笑う沖田。


「山崎さんっ。その、私はっ、無理です」

「え?どうしたのですか?」

「縛らないでくださいっ」

「え!?」


自室へ逃げるように去っていく椿を唖然と見送る山崎。

腹を抱えてけらけらと笑う沖田の声が廊下に響く。


「沖田さん!あなたはっ!」


手に持った縄を振り上げ怒りに震える山崎の声も屯所内に響いた。


9/30、一部、助詞を変更。


沖田の声【だけ】が廊下に響く。→だけ、を削除

怒りに震える山崎の声【が】屯所内に響いた。

→怒りに震える山崎の声【も)屯所内に響いた。

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