鍼灸の指南は恋の指南?
「土方さんっ、お願いします。これで痛みが軽減出来れば、無理なく楽に素早く切開が出来るんです」
「なにっ!?切開だとっ!」
土方は殺される!と云わんばかりの怯えた表情で必死になって「無理だ、他を当たれ」と言う。
「そんなに怖がらかくても大丈夫です。痛くありませんからっ」
「痛い痛くないの問題じゃねえ。なんで俺なんだっ」
土方は後退る、椿はじりじりと迫り寄る。
山崎は土方の怯え顔を初めて見た。
副長にこんな顔をさせるのは、沖田さんと椿さんくらいだと感心しているようだ。
しかし、このままでは埒があかない。
「椿さん、俺が代わりになりますよ」
「え!?そんな、だって痛いかもしれませんよ?」
椿は急に静かになり、心配そうに山崎を見た。
山崎は「大丈夫です」と柔らかく笑った。
「おいっ!椿!そいつはどう言う意味だっ」
「え?」
「え、じゃねえだろ。山崎の時は心配しやがって、俺には大丈夫だって言っただろうがっ」
「あ・・・、はは。いや、ほら。針を打つのは山崎さんですよ。山崎さんが代わりになったら誰が針を打つんですか?と、いう意味です」
「・・・」
土方が椿をギロリと睨む。
(こいつ、あからさま過ぎるだろ!)
「分かりました。私が身を持って体験します。それなら文句ありませんよね?」
「おお、最初っからそうすればよかったんだ」
何故か二人とも睨み合っている。
堪りかねた山崎がすっと立ち上がり、「椿さん」と窘めるように手を取った。
「先ずは鍼灸の基本を教えますから、話はそれからです」
「・・・はい」
さっきまでキャンキャン吠えていた椿だったが、山崎の手に掛るとしゅんと尻尾を折り曲げて大人しくなってしまった。
これには土方も口をあんぐりさせてしまう。
(本当に山崎にしか操れないかもしれねえ・・・)
「失礼しました」と、二人は出て行った。
そんな様子を楽しげに見ていたのは沖田だ。
夕刻からの巡察が億劫で仮病でも使おうと土方の部屋に寄ろうとしたら、この光景を目にしたのだ。
「はぁー。お腹痛いやぁ」
ご機嫌で巡察に出ていったのは言うまでもない。
そして土方の部屋をあとにした二人は山崎の部屋に居る。
鍼灸の基礎を教えると言われたので、その箱をまじまじと見ている。
そんな真剣な椿に「クスリ」と笑みを零す山崎。
「その前に、椿さん女の恰好に戻ったんですね」
「はい、実は・・・」
こうなった理由を山崎に話して聞かせた。
それを聞いた山崎は眉間に力をぐっと入れる。
山崎がこうして感情を露わにするのは珍しい事だ。
「ですから女だと分かれば問題ないかなと思いまして」
「・・・」
「山崎さん?」
「彼が単に男色家なら、ですけど」
「違うんですか!」
「いや、まだ分かりませんが・・・」
山崎は椿を自分の正面に立たせ、じっと見つめる。
さすがに黙ってじーっと見られると恥ずかしいし、居た堪れない。
「椿さん、武田組長は何処に触れたのですか」
静かに問いただす声は怒ったようにも聞こえる。
「えっと、肩と・・・腰です」
ちらりと山崎を見上げると、左眉をビクッと上げる。
そして眉間には皺が刻まれている。
どうしたら良いか分からずに椿は俯いた。
(山崎さん、怒ってる?)
突然、グイッと手を引かれた椿は山崎の胸に倒れ込む。
「ごめんなさっ」と体を起こそうとしたら背中に腕を回された。
抱き締められている!
山崎はぎゅっと一度力をこめて、今度は背中を優しく擦る。
椿が顔を少し上げると、山崎は椿の肩に顔を埋めてしまったので表情を読み取る事が出来なくなってしまった。
椿はそんな山崎がとても愛おしくて仕方がない。
だらりと下げたままだった両腕を山崎の背に回した。
一瞬、山崎がピクッと揺れた気がした。
でも、構わずに椿も山崎がしたようにぎゅっと腕に力を入れた。
暫くそうしていると、山崎が肩口で「ふっ」と笑った。
「山崎さん?」
「すみません、このままで」
「はい」
「本当は俺が椿さんを慰めたくてこうしたのに、何故か俺が椿さんに慰められているような気分です」
「慰める?」
「武田組長に触られて気持ち悪かっただろうと思って。でも実は俺が椿さんが触られて悔しかったんですよ」
ゆっくりと山崎は腕を解いた。
ひどく優しい顔をしている。
「本当に貴女って人は、俺にこれ以上どうしろと・・・」
「あの・・・鍼灸の指南を」
顔を赤く染めて言うような言葉ではない。
しかし、初心過ぎる椿には山崎の言葉に含まれた意味を理解する事が出来なかったのだ。
山崎は目尻を下げて「ははっ」と笑った。
椿は驚いている。
椿にかかれば山崎が培ってきた鉄の仮面は、いとも簡単に壊されてしまう。
でも、椿の前だけならいいと諦めることにした。
「では、基礎をお教えします」
「はい!」
手際よく鍼灸箱を取り出し、道具の説明を始めた。
針の指し方や人の体にあるツボの話も丁寧にする。
椿は真剣に時に紙に書き留めながら学ぶ。
「すぐに覚えますよ。椿さんは優秀なお弟子さんですから」
「ありがとうございます」
山崎は椿の屈託のない笑顔を見ながら、武田は優先監察対象者だと心の中で呟いた。




