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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
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腰巾着には気をつけろ!

椿が屯所生活を始めて七日が過ぎた。

山崎と想いを確かめ合ったとは言え、此処は新選組屯所なのだ。

恋にうつつを抜かしている暇などなかった。

山崎は非番の日以外は外に出ているし、例え非番であっても部屋にじっとしていることはなかった。


椿も然り、土方の補助は想像していたよりも神経を使う。

主に午前は土方の部屋で帳簿の整理や調書などの写し書きをし、午後は屯所内で診療をしながら取り寄せて貰った医学書を読み漁っていた。


「銃弾を取り除くって、どうやって!?」


西洋の医術が記された物だった。

今はまだ刀で負った傷の治療しかしたことがない、しかし薩摩には異国から買った銃が沢山あると聞いた。

銃弾に撃たれた場合の治療法も学ぶべきだろう。


「椿くん、少しいいかね」

「はい、どうぞ」


訪ねてきたのは、五番組組長の武田観柳斎(たけだかんりゅうさい)だった。


「武田組長、どうかされましたか」


彼は常に局長である近藤と行動を伴にしている。

独自の軍事学をひけらかし、人を小馬鹿にしたように話すのであまり好かれてはいない。

具合が優れなければ部屋に呼びつけられるのだか、今回は一人でしかも自ら顔を出すのは非常に珍しい事だった。


「いやなに、君は頑張っているようだから労ってあげようと思ってね。君は小さいのによく頑張っているよ」

「そ、そうですか?ありがとうございます」


武田は椿が女だと知らない。

女の姿の時にあまり接触がなかったからだ。

武田は椿の隣に腰を下ろすと肩に手をかけてきた。


「うっ、な、何でしょうか」

「ん?肩がこっているだろ?解してやろう」

「そんな申し訳ないです。それに私はこったりしませんから」

「自分で気づいていないんだね」


武田は椿の結い上げた髪を指に絡めくるくると回す。

目を細めてジトリと見つめてくる。

鈍感な椿だが、流石に気色が悪くすぐに距離を取った。


(なに、この人。すごく気持ち悪い)


「女のような名前だね。ツバキ・・・可愛いよ」


手がゆっくりと椿の腰に伸びてくる。


「ひっ」 


その時、外から声がした。


「椿、怪我人だ。頼めるか?」

「はい!すぐに参ります」


武田に軽く頭を下げ、その場をあとにした。

慌てて外に出るとそこに居たのは原田たった。


「どなたかお怪我を?」

「ん、いや誰も」

「え?」


原田は椿を人気のない場所に連れてくると、声を潜めてこう言った。


「さっきの武田だろ?」

「はい」

「あいつは要注意だ。男色の()がある」

「へっ!?」


それを思うと先ほどの行動は納得出来る。

自分の事を男だと勘違いしているようだったし。


「はい、ありがとうございます。気をつけます」


原田は椿の頭をぽんぽんと撫でると「じゃあな」と去って行った。


別に女である事を隠しているわけではない、だったら屯所内は女の姿に戻ればいい。

出動がかかったら袴に着替えればいいのではないかと椿は思った。

この事は副長にも一言いうべきだろうと土方の部屋へ向かった。


先ほどの武田の手つきを思い出すだけで身震いがする。

気持ち悪い、気持ち悪いと脳と体が同時にそう訴えていた。


「土方さん、椿です!入りますっ」


追われているわけでもないのに逃げるように土方の部屋に素早く入った。


「ぶっ、ゴクッ。げぼっ、げほっ」


土方はお茶を口に含んだばかりだったようだ。


「大丈夫ですか?お背中摩ります」


椿は自分のせいだとは気付かず、土方の背を摩ったりとんとん叩いたりしている。

ようやく落ち着いた土方はいつものように眉間に皺を寄せる。


「椿っ。いきなり入ってくるんじゃねえ。危なく茶を吹き出すところだっただろうが!」

「すみません。ちょっと焦っていて・・・」


椿のどこか落ち着かない表情と口調、自分の体をすりすりと撫でる仕草に違和感を覚えた。

気のせいか顔色があまり良くない。


「おい、どうした。何かあったのか?」

「・・・はい」


椿は先ほどの武田の奇怪な行動を土方に話した。

原田に呼ばれなければその先どうなったのか分からないし、相手は組長で近藤局長のお気に入りと見えるので、どう接したらよいか分からないと伝えた。


「私は女である事をこの屯所内では隠しているわけではありませんから、普段は女の恰好の方がよいですよね?あらぬ誤解を招いてしまいますし、外出時だけ着物を着換えることにしようかと」

「まあ、それでも構いやしねえが・・・」

「すみません、やっかいな問題を起こしてしまって」


椿が悪い訳でもない。

たまたま男色家が椿を間違えて気に入っただけで、他の隊士が同じ目に合う事だってあるのだから。

しかし椿はがっくりと落ち込んでいる。


「そんなに落ち込むな、たまたま椿だっただけだ。他の隊士にだって起こりうる事だからな」


土方は椿の頭を優しく撫でてやった。


「しばらくは俺の部屋で診療をしろ。どうぜ隣の部屋は使ってねえんだ。な?」

「え、いいんですか?迷惑じゃ・・・」

「いや俺も隊士の健康状態は把握する必要があるからな。そうしてもらった方が助かるんだ」


椿は自然と笑みがこぼれた。どうしてこんなに優しいのだろう。

誰が鬼と名付けたのか、こんなに思いやりがあり頼りがいのある副長なのにと椿は思った。


「はい。では早速、荷物を持ってきます」

「おう、そうしてくれ」


椿の背を見送りながら、土方は考えていた。

(武田か、あいつをどうするかな・・・本当にただの男色家なのか?)

土方は島田を呼んだ。


島田魁しまだかい。山崎と同じく監察方だが、彼は潜入などはしない。

恰幅の良い体格の為か人当たりがよいため、誰からも好かれやすい。

山崎と島田は正反対なやり方で土方の手足となっていた。


「悪いが、暫く武田観柳斎と仲良くしてくれ」

「承知しました」


どこかで化けの面を剥ぎたいと土方は考えていた。

(あの腰巾着め、さっさと本性を出しやがれっ)


その後、椿は医療道具を持って土方の部屋に入ると黙々と医学書に読み耽っていた。

土方はそんな椿の姿を微笑ましく思いながら、自分も勘定整理などをするのだった。



一日の終わりに山崎が必ず報告に立ち寄る。

それを楽しみにしているはずの椿だが、異国の医学書に夢中で気付かない。

「麻酔」ってどうやって作るのだろう。切開しても痛まないってすごい!

でもそんな薬がこの日本で手に入る訳がない・・・


ふと、視線を感じてその方向へ顔を向けた。


「あれ!山崎さんっ。お帰りなさい」

「っ、はい。戻りました」

「おい、そんな笑顔を俺にもよこしやがれっ」

「え?」


山崎は顔を一瞬で赤く染め「土方さんっ」とばつが悪そうに言うと、土方はふんっと鼻で笑った。


「あ!針で痛みが和らぐかもしれない!」


突然椿が叫んだ。

土方も山崎も目をまるめて椿を見ている。

お構いなしの椿は医学書を片手に二人の間に入るとこう言った。


「山崎さん、鍼灸で体の痛みを抑える事ができましたよね?」

「ええ。多少なりとは」

「土方さん!患者になってくださいっ」

「は?」


椿は二人の腕をがっちりと掴むと「お願いいたします!新選組の為にっ」と言ったのだった。

二人は口を開けて固まっている。


「ちょと待て、患者ってなんだ。俺はどこも悪くわねえぞ」


椿は本気だった、「これなら楽に銃弾も取り除けることが出来るかもしれない」と。

土方の反論にただ笑顔で返すだけだった。


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