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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
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変わり者同士だから良いんです

山崎さんどこにいるんだろう。

早くこの事を知らせて、明日からのお仕事に支障がないようにしなければならない。

普段は副長付きの小姓として隊務の補佐をする事になっている。

折を見て医術向上のために勉強もさせてもらえるらしい。

土方さんの側に居れば今まで以上に山崎さんにも会える。

だって報告で必ず副長室に寄るんだもの。


その事を考えると自然と頬も緩むのだった。


「あ、沖田さん!」

「椿さん、どうしました」

「山崎さん知りませんか?」

「山崎くん?さあ。あっ、いっそ彼の部屋で帰りを待ったらどうです?なんだったら僕の部屋でも構いませんけどね」


沖田は何か言いたそうに、ふふっと笑みを見せる。

これは何かを企んでいる時の笑みだと椿は思った。

そう簡単に沖田の罠にはまるものか。


「お気持ちだけ頂きます。山崎さんのお部屋で待ちます」

「そう?残念だなぁ」

(あの姿で待ち伏せされたら山崎くんも驚くよ)



山崎の部屋の前で一応声をかけてみる。


「山崎さん、いらっしゃいますか?」


返事はなかったので、障子を開けて中で待つことにした。

とは言え、いつ戻るのか分からない。

じっと座って待つのも退屈だ、出直すか考えたが入れ違いになってしまうかもしれない。

最近はお互いに忙しくてまともに会話をしていない。


取り敢えず、戸を開け空気の入れ替えをした。

箒で掃いてみたがあまり埃もなく、相変わらず殺風景な部屋だった。


その頃、山崎は土方に今日の事を報告し隊務を終えた。


椿が無事に越してきたと告げられ部屋に向かったが居なかった。

どこに行ったのだろうか。

屯所内を巡察しながら歩いていると原田に会った。


「山崎!今戻ったのか?」

「はい」

「あ、お前椿に会ったか?まだだよな」

「・・・はい」

「驚くぞ。覚悟しとけ」


真剣な表情で原田はそう山崎に告げた。

山崎は眉間に皺を寄せて考える。椿さんがどうしたと?

軽く会釈して山崎は廊下を進んだ。

途中、斎藤とすれ違う時に小声で「驚くぞ」と言われた。

斎藤にまで言われるとなると本当に何かあったのだと確信した。

足早に先を進む。しかし、椿は何処にも見当たらない。


「あれ、山崎くん。何か探しものでもしてるの?」

「お、沖田さんっ」


山崎は先日の事を思いだしたのか気まずそうに俯く。


「沖田さん、先日はすみませんでした」

「くくっ、君らしくないよね。それだけ彼女に惚れているんだぁ。羨ましいよ君が」

「俺は別にっ」

「部屋で待ってると思うよ?僕の部屋、じゃなくて君の部屋で」

「え」


沖田は口元をくっと上にあげ目を細めている。

山崎はぼっと顔を赤らめてしまう。

顔を隠すように俯くと「ありがとうございます」と早口で言い自室に足を向けたのだった。


山崎は自室の前に来ると障子に手を掛けた。

が、何故か開けるのを躊躇ってしまう。

どんな顔で会ったらいいのか、最初になんと声を掛けたらいいのか、考えれば考えるほど分からなくなってしまったのだ。


「俺は何を意識しているんだ」


自分の部屋なのだから何も考えずに開ければよいのだ。

椿が居たら、労いの言葉を掛ければいい。

ただそれだけの事なのに・・・

決心がつかない自分に呆れながら障子を見つめていた。


「山崎さん!お戻りですか?」


椿の澄んだ声がしたのと同時に、障子が開いた。


「っ!」

「山崎さん!お帰りなさいっ」


椿のいつもの笑顔が間近で自分を見上げている。

声が出なかった。

椿の身体と自分の身体が触れていたからだ。


「椿さん。あの、取り敢えず部屋に」


椿が「はい!」と素直に部屋に戻っていく。

その時初めて気づいた、椿が袴を穿きそして髪が高く結い上げられている事に。


「はっ!椿さん!」


椿はビクッとし、山崎の方に素早く振り向いた。

山崎は口を開けて何か言葉を発しようとしているようだが、待てども言葉が紡がれず時間が過ぎてゆく。

椿はようやく山崎が自分の姿に驚いている事に気づいた。


「あの、山崎さん?驚いていますよね?その、この恰好」

「・・・」

「これは自分の身を守るためでもあるんですよ。髪は長いと何かに引っ掛けたりして危険ですし、袴にしたのは走れるからです。ほら、逃げやすいでしょ?それに、見た目がこれだと女って分かりにくいですよね?新選組が女を連れて歩いていると知れたら、名前に傷か付きます。だから、そのっ・・・」

「椿さん」

「はい」


山崎は椿の手を両手で持ち上げ、愛しむように包み込んだ。

真激な眼差しを受け、椿は身動きが出来なくなってしまった。


「貴女って人は・・・もっと自分を大事にして下さい。新選組よりも女としての幸せを」


山崎が何を言いたいのかは分かる。

しかし、椿は女としての普通の幸せは自分の気持ちを殺して生きるという事だと思っている。

それは絶対に嫌だと心が叫んでいた。


「山崎さん!女の幸せって何でしょうか?」

「えっ」

「適齢期になったら好きでもない男の人の所へ嫁いで、子供を産んで歳を取って死んでゆくことでしょうか?黙って与えられた仕事だけをして、静かに家に閉じこもっている事でしょうか!」


椿はいつになく激しい口調で山崎に問いかけた。


「椿さん」


山崎は決してそう言うつもりで言った訳ではない。

好きな女が明日の保証もない場所にいるのが辛かったからだ。

しかし、そう言われてしまうと何も返せない。


「私は自分の意志で生きて行きたいのです。それが自分の命を縮めている事になっていてもです」

「俺はただ貴女に傷ついてほしくないんです」

「分かっています。山崎さんは私の事を想って言ってくださっているってこと。でも私は新選組のお役に立ちたいし、いつだって山崎さんの近くに居たいんです!それが私に取っての幸せなんです!」


いつも椿は自分に対して真っ直ぐな気持ちをぶつけて来る。

自分はどうなのか?

彼女の事を思うと本当は新選組から離れてほしい、自分に関わらない方がきっと彼女の為になると言い聞かせていた。

本当は自分が傷つきたくなかったのかもしれない。


山崎は目を瞑り頭の中を整理していた。

椿と自分の新選組に対する思いは同じだ、そして恐らく互いの事を想う気持ちも同じだと。


「椿さん、分かりました。俺も正直にお話しましょう」

「はい」


「俺は、椿さんに惚れています」


その瞬間、椿は息を呑んだ。

確かに山崎は自分に惚れていると言った。


「これから新選組は険しい道へと進みます。戦も起きるかもしれない。沢山の人を殺したり、殺されたりするかもしれない。俺だっていつ死ぬか分からない。それでも今の一瞬、一瞬を椿さんと共に過ごしたいと思っています。いいですか?」


椿はぽろぽろと涙を流しながら頷いた。


「俺は貴女に何もしてあげられませんよ?」


念を押すかのように、山崎は椿に言い聞かせる。

それでも椿はうんうんと何度も頷いたのだった。


「本当に椿さんは変わった(ひと)ですね」

「どうしてですか」

「俺の事を好いているからです」


椿は顔を真っ赤にして山崎の顔を見上げた。


「そう言う山崎さんも変わった(ひと)です!」

「なぜ?」

「わ、私の事を好いているからですっ!」


山崎は一瞬顔を椿から背ける。

耳まで真っ赤にして反論した椿が可愛くて仕方がなかったから。


「俺の負けです」

「へ?」

「俺は一生、椿さんに勝てる気がしません」


首を傾げる椿に苦笑しつつ、これからの事を考える山崎だった。

やっとお互いの気持ちを確認し合いましたね。

でもこれからが大変なんです。

何故ならば、ここは泣く子も黙る新選組なのだから。

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