椿、屯所へ引っ越す
借りていた部屋を片付け、多くはない医療道具をまとめる。
あとは自分の身の回品を整理することにした。
もともと身一つに近い形で京に上がった為、それほど多くはない。
「新選組の為に・・・女は捨てよう。隊士に女である事で気を使わせたくない。山崎さんの足を引っ張るわけにはいかない」
椿は何を思ったのか、女物の着物は二着ほどに絞り他は売りに出した。
そのお金で白色に近い着物と黒の袴を買った。
井戸場で長かった髪を一束掴むと、一気に切り落とした。
腰まであった髪は肩ほどの長さになった。
それを高く結い上げた。
「ふふっ、馬の尾っぽみたい」
午後には隊士が荷物を取りに来てくれる。
もう一度、忘れている事はないか部屋を見回した。
午後になると外から「椿」と呼ぶ声がした。
「はい」
戸を開けると、其処に立っていたのは原田と永倉だった。
まさか組長が迎えに来るとは思わなかったので、さすがの椿も恐縮している。
「原田さん!永倉さん!お忙しいのにっ、すみません」
「いや、そりゃ構わねえけどよ、椿その恰好は」
原田も永倉も驚いた顔で椿を上から下まで確認してそう言った。
「まるで男じゃねえか!」
「永倉さん!本当ですか?男に見えますかっ?」
「お、おう」
相変わらず椿は距離が近い。
間合が近すぎる、永倉の腹に胸が当たり見上げながら嬉しそうに問うてきたのだ。
思わず永倉が「うおっ」と一歩下がるほどだ。
「椿、髪は女の命だろ?なんで切った」
原田が眉間にしわを寄せて椿の短くなった髪を揺らした。
「馬の尾っぽみたいでしょ?髪はまた伸びます!それに長いと仕事の邪魔になるんですよ。だから思い切って切ってみました。変ですか?」
「変じゃねえよ、むしろ愛らしいとは思うんだが・・・」
原田は納得がいかないようだ。
椿の意気込みは嬉しいが、髪を切るまでさせた自分たちの立場が恨めしくもあり、とても複雑な気持ちになった。
しかし、椿はいつものきらきらした笑顔だ。
憂いなど微塵も感じなかった。
屯所に着くと門番やいつも見る隊士とすれ違ったが、椿と気づかないのか軽く頭を下げて会釈されるだけだ。
椿はいつものように慣れた廊下を歩く。
原田と永倉は椿を部屋に案内し、荷物を置いた。
「隣は新八だ。その隣が俺の部屋になっているから何かあったら遠慮せずに声を掛けてくれ」
「ありがとうございます」
山崎の部屋とは真逆の端だったが、少ない部屋をまるまるあけたのだから仕方がない。
報告を兼ね先ずは土方の部屋へ行くことにした。
「あ、沖田さん。お世話になります!」
「椿さん、こちらこそって・・・何その恰好」
「ふふ、これからは私を男と思ってくださいね」
「え・・・」
沖田は意気揚々と去っていく後姿に何も言えずに見送った。
(嘘でしょ!)
「斎藤さん、また稽古宜しくお願いしますね」
「椿か、あまり根をつめるなっ・・・はっ!」
「では後ほど」
斎藤は開けた口が塞がらず固まっていた。
(椿、何があった!)
歩きを進めると、藤堂が巡察から帰って来た。
椿の姿を横目でチラリと見て通り過ぎて行く。
「え、藤堂さん?」
「はい?」
「今日からお世話になります。宜しくお願いします」
「え!」
「あ、すみません。こんな恰好していますけど椿です」
ぺこりと頭を下げて去る椿を藤堂は唖然とした顔で見ていた。
(驚いたぁ)
「土方さん、椿です」
「おお、入れ」
「失礼します」といつものように椿が入ってきた筈だった。
土方は椿らしき姿を見て両目を剥いている。
「おまっ、椿なんだよな?」
「はいっ!」
いつもの元気な笑顔を見て、ようやく椿と確信した。
よく見れば女だが、ぱっと見は男というより少年のようだった。
藤堂よりも若く、美少年と言っても過言ではない。
「なにがどうして、こうなった?」
「新選組で働く限りは皆さんの足を引っ張りたくないんです!女を引き連れているなんて思われたら新選組の名に傷がつきます。それよりもこの方が動きやすいんですよ?何よりも走れます」
そう言って眩しい程の笑顔を土方に向けた。
「椿がそこまで新選組の事を考えてくれていたとは、正直思っていなかった。お前のその気持ちに俺も応えてやるよ」
「はい!」
しかし、土方は椿の姿を見て心配事が二つ増えた。
一つは兼ねてから屯所内で噂になっている『男色』がいるという事。それが椿を襲いやしないかという懸念。
もう一つは、山崎がこの姿を見たらどう反応するか。深海のように深く静かな山崎だが、火山のように噴火したりしないだろうかと。
「しかし、あれだな。参ったな」
「何がですか?」
土方は椿のきょとんとした表情を見て更に頭を抱えた。
(こいつ男色って、知らねえだろうなぁ)
「椿、お前男色って知っているか」
「だんしょく。知りませんっ!」
「はぁ。まあ、永倉と原田の部屋が近くだから大丈夫だと思うが、男を好いている男がいるんだ。襲われねえように気をつけろ」
「えっ!」
そう言えば体は男だが心が女の者がいたり、心も体も男だが男しか好きになれない者がいると。また、女にもそういう者がいると聞いたことがあった。
「分かりました。皆さんが襲われないように見張っておきます」
椿は目をまんまると開いてほんの少し顔を赤らめている。
「おいっ!おまえ・・・」
「?」
土方は椿の腕を強く引く、すると椿は簡単に横に倒れた。
驚きつつも起き上がろうとするのを土方は椿の肩を押す。
今度は仰向けに倒れた。
「えっ」
その上に土方が負い被さるように椿を組み敷いた。
腕を頭の上で一つに束ね土方は片手で押さえつている。
腰の上に乗りかかられている為、脚も動かすことが出来ない。
土方は空いたもう片方の手で椿の胸元に手を伸ばし、顔をぐっと近づけた。
椿は声も出せず、ただ土方の目を睨みつけるだけだった。
「これからは、こいう危険がお前にも伴うんだ。女の姿であろうが、男の姿てあろうがそれは変わらねえ」
「は、い」
声が震えている、瞳は涙が今にも溢れそうだった。
土方は椿をゆっくりと引き起こし、指でその涙を拭ってやった。
ぴくんと睫毛が揺れる。
「手荒な真似をして悪かったな」
「いえ、何も知らない私に教えてくださり有難うございます」
「何かあったらすぐに言うんだぞ?いいな」
「はい」
唇をきゅっと横に引き締め、もう一度土方に頭を下げた。
土方は椿を抱き締めてしまいたい衝動に駆られるが、必死でおさえていた。もしそんな事をしたら椿はもっと混乱するだろう。
「あと、もう一つ」
「はい」
土方はにやりと笑ってこう言った。
「山崎がその姿見たら何て言うだろうな」
「え、あっ!」
「俺は男装して来いとは言ってねえからな」
そうだ、山崎さんこの姿見たら驚くよね?
もしかして怒るかな?
「土方さん、どうしましょう」
「どうもこうも俺にはあいつの感情は読めねえからな。ま、普通は好きな女が自分に相談もせずに男になっちまったら、面白くねえよな」
椿は「好きな女だなんて」と言い頬を染める。
(おいおい、まだその段階かよっ)
医術以外はまるっきしな椿に頭を抱える土方だった。
男色:だんしょく、なんしょく≒ゲイ
修道という言葉を使うこともあったようです。
いつの時代もいらしたんですね。
戦国時代は多かったらしいです!もしかしたら現代より拓けていたのでしょうか・・・
誤字修正




